湯浅和夫の物流コンサル道場 第66

〜大先生の日記帳編・第1回〜

物流部門は黒子に徹する

──旭化成の教訓

  本号から新しい形での連載を開始する。これまでのように特定のコンサル対象企業を舞台にするのではなく、大先生の日常を追いながら、物流に関する様々なテーマについて話を展開していく。引き続きご愛読をお願いしたい。(湯浅)

■ ファンの作った「大先生語録」

 大先生の古い知り合いから突然電話が入った。あるメーカーの元物流部長で、その後物流子会社の役員をやっている人だ。二人の最初の出会いは、大先生が新進気鋭などと言われていた頃で、大先生の講演をその人が聞きに来て、講演後に大先生に声を掛けたのが馴れ初めである。

 その人はその後ずっと物流部に在籍し、最後に物流部長をやり、その後物流子会社に転じた。近々その会社の役員を辞めるということになり、大先生に会いたいと言ってきたのである。

  そこで、役員を退任した数日後、大先生御用達の焼き鳥屋の小部屋でささやかな宴席が設けられた。集まったのは、その友人氏と彼の後輩である新任の物流部長、部長の部下の女性である。友人氏が言うには、その物流部長と女性部員は大先生のファンで、大先生との懇親の話をしたら是非同行させてくれと熱望されたという。その熱意にほだされて、やむなく連れてきたということらしい。

 大先生は「ファンねー」と言いながら二人の顔を見た。大先生に睨まれ、物流部長と女性部員はからだを固くした。

 それ以上何も言わず、大先生が「まあ、乾杯しましょう」と言って、友人氏の退職を祝って乾杯した。ビールを口にしたせいか、座の雰囲気がちょっと緩んだ。退職する友人氏を気遣ってか、大先生としてはめずらしく自分から話を切り出した。

 「この人はね、若い頃、それは勉強熱心で、私の講演を見つけると何度も聞きに来てたんだよ」

 そう言われて、物流部長がひざを乗り出して応じた。

 「はい、専務は、私ども以上に先生の大ファンのようです。先生のご本は全部持っています。二十三冊になるそうです」

 旧い肩書きで呼ぶ物流部長の顔を見ながら、そうか専務だったのか、二十三冊かとぼんやりと大先生は思った。そこに、女性部員が言葉をはさんだ。

 「専務は、ご自分で先生の語録を作って、それをずっと持ってるんです。見せてくださいとお願いしても、これだけは見せていただけないんです」

 「へー、それはいまも持ってるんですか?」

 大先生の問い掛けに友人氏が頷き、かばんから小さな手帳のようなものを引っ張り出した。ルーズリーフ式で、結構分厚い。物流部長と女性部員が興味深そうにそれを見る。大先生が手を出すと、友人氏は慌てて引っ込めた。大先生が苦笑しながら言う。

 「それじゃ、そこでぱらぱらとめくってみせて」

 友人氏が大先生に言われたとおりにする。そこには小さな字がびっしりと並んでいる。大先生が呆れたように言う。

 「すごいな、そんないっぱい何が書いてあるの? おれは、そんないっぱい語録になるようなことは言ってないけどな。あなたの批判なりコメントが多いんじゃないの」

 根っから真面目な友人氏が真剣な顔で反論する。大先生もこの人だけはかまうことはしない。

 「批判なんてとんでもないです。どんな場所でどんな状況でのお言葉なのかとか、私の思いも書いてありますが、全部先生が話されたことです」

 「へー、講演とか本だけじゃなくて?」

 「はい、こういう宴席や立ち話でお話されたことも、はっと思ったことは書いてます」

 「まいったな。それじゃ、今日なんか変なこと言うと書かれちゃうんだ?」

 「はい、私も書いちゃいます。私も専務に倣って先生の語録を作ろうと思ってます」

 女性部員が元気に宣言する。大先生が首を振り、ビールを口にする。そのとき大先生の目が光った。楽しいことを思いついたようだ。

 「それじゃ、別に見せてくれなくてもいいけど、ちなみに、その語録の最初の方にはどんなことが書いてあるの?」

 大先生の言葉に物流部長と女性部員が興味津々といった顔で友人氏を見る。一瞬戸惑った顔を見せた友人氏は、それでも拒むようなことではないと思ったのか、前の方のページを開いた。


■ 旭化成に学ぶ物流組織のあり方

 「えーとですね‥‥」

 友人氏が大先生語録を披露し始めた。

 「はじめの方は講演のときのお話で、たとえば、物流コストは物流をやらなければ発生しないとか、物流コストは因果関係を明示できなければ管理に使えないとか、あるいは物流サービスと物流コストはトレードオフの関係にあるなんていうのは物流を知らないやつのたわ言だとか‥‥」

 「えー、そんな言葉が書いてあるの?」

 「はい、先生の言葉を忠実に書いてます。初めの頃は物流コスト関係のお話が多いです。当時物流コスト管理がはやりでしたから」

 「それから、どんなことが書いてあるんですか?」

 大先生が苦笑するのを見ながら、女性部員が先を促す。

 「えーと、現場の話を聞くのはいいが、それをベースに物流を考えるなとか、あっ、これは先生が繰り返しおっしゃってますが、物流管理は突き詰めれば在庫管理に至るとか、あっ、これもそうですね、社内で物流について話すときは必ず数字で語れ というのもあります」

  ここで友人氏は語録から目を離し、ビールを口に運んだ。それを見ながら、大先生は「いろいろ書いてあるのはいいけど、実際それらを実践したの?」と聞こうかと思ったが、せっかくいい雰囲気になっているのを壊してはいけないと配慮し、口に出さなかった。ビールを飲み、焼き鳥を口に運んだ友人氏が目を語録に戻した。なんか自分の世界に入ってしまっているようだ。

 「あっ、そうそう、これです、これ」

 ページを繰った友人氏が突然独り言を言った。

 「これって何ですか? おもしろいことのようですが‥‥」

 隣から物流部長が語録を覗き込むようにして聞いた。友人氏が頷き、大先生に確認する。

 「先生、覚えておいでですか? 旭化成型という言葉を?」

 大先生が頷く。女性部員が先を促すように聞く。

 「何ですか、それは? 物流のやり方ですか?」

 「これは、物流組織のあり方というか、物流部門の一つのスタンスを指したものだよ。昔は、というか今でもそうかな、こういうことが重要だったんだ。この話には私もいたく感じ入って、自分の書き込みが結構してある」

 友人氏は自分の書き込みを感慨深そうに読んでいる。完全に自分の世界に入ってしまった。物流部長と女性部員が聞きたそうに友人氏をじっと見ている。それを見て、大先生が話し出した。

 「それじゃ、ちょっと昔話をしてやろうか‥‥」

 大先生の言葉に物流部長と女性部員が嬉しそうに、目をきらきらさせながら大先生を見た。友人氏も顔を上げて、大きく頷いた。

 「もうずいぶん昔の話だけど、そう昭和五〇年代前半、西暦で言うと七〇年代後半かな。まあ、日本の物流事始の頃と言っていい。旭化成という会社、もちろんいまもあるけど、この会社がその頃、結構熱心に物流合理化に取り組んだ。そう、昔は合理化という言葉が常套句だった。この言葉はいいよな。理に合わせるという意味だから‥‥」

 聞き手の三人が同時に頷く。三人とも興味深そうに大先生をじっと見ている。

 「旭化成は事業部制をとっていたんだけど、これとは別に物流合理化を担当するチームを作った。このチームが、ある事業部に入り込んで物流合理化に取り組んだ。そして、成果を上げた。そしたら、どうなったと思う?」

 大先生の質問に物流部長と女性部員が首を傾げる。二人の顔を見ながら、大先生が続ける。

  「物流チームがあげた合理化効果は、言うまでもなく無駄を排除したってこと。その結果を見て、トップが、これまで事業部はそんな無駄を温存していたのかと叱責した。たしかにそのとおりなんだけど、その事業部からすればおもしろくない。物流チームのおかげで非難されてしまったんだから。ひとの粗探しをして成果を誇るなんて許さん、もう物流チームには協力しないっていう風潮に全事業部がなって しまった。わかるだろ?」

 物流部長と女性部員が大きく頷く。ここで、大先生がたばこを手に取り、友人氏の顔を見た。友人氏が話を引き取った。



■ 物流合理化の正道とは

 「そうなると、そのチームはまったく何もできなくなった。そこで、合理化の進め方について大きな決断をした‥‥らしい。どういう決断かというと、物流チームは黒子に徹するという決断だった‥‥そうだ」

 なんか話しづらそうな友人氏に代わって大先生が続ける。

 「つまり、物流合理化は、部外者である物流チームなんぞがやるのではなく、物流を発生させている生産や営業部隊を抱える事業部がみずからの課題として取り組むのが正道で、自分たちはそれを陰から支援するという立場を取ったのさ」

 「はー、なるほど!」

 物流部長が大きく頷く。女性部員が先を急ぐように質問する。

 「具体的には、どのような立場に置いたのでしょうか?」

 いつもだったら、「どのような立場だと思う?」と逆に質問する大先生が、素直に質問に答えた。

  「まあ、いろんなやり方があるんだろうけど、いわゆる委員会制を取ったのさ。事業部内に物流合理化のための委員会を立ち上げ、事業部のトップを委員長にして、メンバーに生産や営業の人たちを入れた。物流チームは事務局となり、物流合理化のための情報提供などをやった。このやり方だと合理化の成果は事業部みずから生み出したことになる。まあ、無駄を温存していたことには変わりないんだけど、 事業部みずからがやったというところがポイントだな。事業部にとっては利益増になるし、結構前向きに取り組んだ」

 「なるほど、そういう黒子に徹するという進め方を旭化成型というんですか」

 物流部長が納得したように頷く。

 「そう。旭化成はこれを徹底して物流合理化で大きな成果を上げた。物流部門は作ったけど、生産や営業に関われず、輸送や作業の無駄探しに終始した他の会社とは大きな格差が出たことは間違いない。まあ、昔話さ」

 「いえ、とんでもありません。いまでも通用するお話です。先生がよくおっしゃる物流発生源とどういう関係を作るか、どう発生源に切り込むかというのは物流管理の大きなテーマだと思います」

 物流部長が真剣な顔で主張する。友人氏が恥ずかしそうに事情説明をする。

  「実は、当社におきましても、つい最近ようやっと物流センター在庫の配置と補充を物流部がやるようになったんです。それまでその業務をやっていた営業サイドの発注担当からは『欠品を出すなよ。出したら責任取ってもらうからな』なんて脅かされてますし、工場からは『工場倉庫に置ききれない在庫をどうしてくれるんだ』と責められてます。置ききれないほど作らなきゃいいんだと遠回しに言ってますが、この部長がいま苦労しているところです」

  「ふーん、しかしまあ、そこが踏ん張りどころだな。物流部が周りから責められるのはいいことだ。それが存在感ってものさ。周りの苦言がトップに届いて、一体どうなってるんだと問われたら、それが物流というよりもメーカーとしての正しい方向なんだってことを堂々と主張すればいい。周りからなんだかんだ言われるってことは物流にとっては願ったりの状況だと思って楽しめばいい」

 この大先生の言葉に物流部長が大きく頷いた。

 「はい、そうします。着任してからまだ間がないのですが、どうしたもんかと悩んでいました。でも、もう悩みません。矢でも鉄砲でも飛んで来いって心境でやります」

 「まあ、その心意気やよしだけど、でも、あまり意気込まないで、泰然自若でいけばいい。理に適ったことをやっていれば何もこわくないさ」

 大先生の言葉に物流部長が声を詰まらせる。それを見て、なぜか女性部員が涙を浮かべている。なんか妙な方向に行ってしまった。場の雰囲気を変えようと大先生が友人氏に声を掛けた。

 「それで、ほかにそこには何が書いてあるの?」

 友人氏が頷いて、次のページを開いた。

 

 

湯浅和夫の物流コンサル道場 第67

〜大先生の日記帳編・第2回〜

 

物流子会社は設立3年が勝負

 

 定年退職を迎えた物流子会社役員が手作りした「大先生語録」。そこには物流子会社経営に関する一節も記されていた。いわく“物流子会社は設立3年が勝負だ”。その理由はなぜか。3年以上たっても自立の道が拓けない物流子会社には変革の望みはないというのだろうか。

 

■ 物流子会社をめぐる大先生の苦い思い出

 大先生の旧い友人の退職を祝う会は、その友人氏が作った「大先生語録」で盛り上がっている。友人氏が語録を見ながらつぶやいた。

 「そうか、この頃は物流子会社がブームになっていたんですね」

 「この頃っていつごろですか?」

 女性部員が興味深そうにたずねる。

 「七〇年代半ばから後半ってとこだ」

 「私は、まだ生まれてません」

 その言葉に友人氏が苦笑しながら続ける。

 「この頃、先生は物流子会社研究の第一人者ってことで、講演に引っ張りだこでしたね?」

 「第一人者というか、物流子会社を研究してたのはその頃おれ一人しかいなかったわけだから、たしかに第一人者だ。なっ?」

 大先生に確認を求められ、物流部長が困った顔で「はぁー」とつぶやく。大先生が友人氏に聞く。

 「おれは、どんな格好いいこと言ってる?」

 友人氏が頷きながら、語録を読み始める。

 「はあ、えーとですね。あちこちで言われてるのは、一言で言うと『物流子会社は親離れをせよ』っていうことですね。あっ、それから『物流子会社は設立三年が勝負だ』ということもよく言われてました」

 「そういえば、そんなこと言ってたな。しかし、誰も言うこと聞かなかった。だから、物流子会社は正しく成長しなかったんだ。それからしばらくして、ばからしいから、もう物流子会社について話すことは止めてしまった」

 大先生が、しみじみした口調で言う。その顔を見て、友人氏が何か思い出したように大先生に語りかける。

 「そうそう、思い出しました。ある団体の物流子会社懇話会っていうような研究会で、先生が主査をされてましたよね。私もメンバーで参加していたんですが、そこで、ある子会社の社長と先生が激しい議論をしたことがありましたね? 覚えてますか?」

 「そうだっけ。いろいろやり合ったからな、あの頃は。その激しい議論ってどんなもの?」

 「はい、その社長は『子会社は親会社のために存在する。親会社の物流だけを一生懸命やればいい』と言って、先生の親離れ論に真っ向から反対していました。メンバーのみんなにも『そうだろ、先生の言うことには納得できないよな』って同意を求めてました。誰も返事しませんでしたけど」

 大先生が思い出したように頷き、ビールを口にする。空になったグラスに女性部員が注ぐのを見ながら、大先生が懐かしそうに話し出す。

 「そう、思い出した。あの社長は親会社一筋だった。それはそれでいいのだけど、あれでは、あの会社の社員のモチベーションは上がらない。それ以前に何のために子会社として独立したかわからない。子会社だから親会社のために存在するってのはわかるけど、その『親会社のため』ってとこで理解が違ってたんだな‥‥」

 「先生は、自立することが親会社のためなんだってしきりに言われてましたね。それが親会社のためにも社員のためにも最善の道だって」

 そう言う友人氏の顔を見て、大先生が突然、物流部長にからむ。

 「そう思わない? そんなの当たり前のことだろう。あんたのとこだって、いま物流子会社が重荷になってるんじゃないの?」

 そう大先生に言われて、物流部長が大きく頷いてしまった。そして慌てて友人氏に「済みません」と謝る。友人氏が笑いながら認める。

 「たしかに、そうだよ。うちの会社は正直、親会社にとっての存在価値がわからなくなっている。前部長から『うちの子会社にも困ったもんだ』って引継ぎでも受けたの?」

 物流部長が困った顔をしながら、それでも正直に答える。

 「済みません。実はそうなんです。だから、先生から問われて、つい頷いてしまいました」

 「まあ、この人が物流子会社に転出したときには、あの会社の路線は決まってしまっていて、この人一人でどう頑張っても変えることは無理だったんだろうさ」

 

 ■ 物流子会社の存在が親会社の物流を遅らせる

 友人氏を慮って大先生が友人氏の弁護をする。友人氏が複雑な顔をする。本人としては忸怩たる思いがあるようだ。場の雰囲気を変えるように、物流部長が大先生に聞く。

 「そのお話と関連するかとも思うのですが、ちょっとお聞きしてよろしいでしょうか?」

 「ああ、何でもお聞きな。お祝いの場だから、何でも答えるよ」

 時間が経つにつれ、いつもの大先生になってきた。物流部長が頷き、身を乗り出した。

 「さきほど親離れしろ自立しろというお言葉がありましたが、自立というのはどういう方向性が考えられるのでしょうか? また、設立三年が勝負だというお言葉がありましたが、これは自立と関連しているのでしょうか? 何か子供っぽい質問でお恥ずかしい限りですが‥‥」

 「たしかに他愛もない質問だ。で、あんたは関連していると思うの?」

 「はい、三年以内に自立の道を作らないと、結局自立できないということかと思うのですが‥‥」

 「そのとおり。それで、自立の道というのはどんな道だと思う?」

 物流部長は首をかしげて考え込んでしまった。そこで、大先生が女性部員に聞いた。

 「あなたはどう思う? 推理してごらん?」

 「はぁ、推理ですか‥‥」

 女性部員も考え込んでしまった。大先生と友人氏は、休憩時間ができたとばかり、ビールを注ぎ合い、焼き鳥をつまんでいる。そのとき、女性部員が「あのー」と言って何か言いたそうな顔をした。大先生が発言を促すように頷く。

 「推理と言われて、考えたんですが‥‥」

 言いよどむ女性部員を「なんでもいいから」と友人氏が意味のない言葉で勇気づける。女性部員が思い切ったように早口で自分の考えを述べる。

 「自立に三年以内という期限をつけたということは、三年過ぎると自立の原資というか基盤のようなものが失われてしまうということかなと推理したのですが‥‥」

 「うん、いい推理だ。君は推理小説が好きなのか?」

 友人氏が感心したように聞く。女性部員が頷く。「それで、その失われてしまう原資って何?」

 友人氏がさらに問い掛ける。女性部員が首を傾げながら小さな声で答える。

 「親会社との人脈のようなものでしょうか? それとも、親会社の理解とか支持でしょうか?」

 「なんでそう思った?」

 大先生が女性部員の答えに興味を持ったのか、すぐに聞いた。

 「はい、親会社とのつながりが切れた子会社は苦労すると思うからです。うちは、設立当初から社長や役員の一部を派遣しているようですので、子会社としてはやりやすいと思います」

 「そのやりやすさが子会社をだめにする」

 大先生がつぶやく。女性部員がはっとした顔をする。大先生が物流部長の顔を見て聞く。

 「物流部長は、多分社内で子会社への不満や批判が出ていると思うけど、その是正を子会社に指導したり、コスト削減を強く要求したりできる?」

 「いえ、正直なところできないと思います。子会社の社長はうちから出ている雲の上の人ですし、先輩方もいらっしゃいますし‥‥」

 物流部長はそう言って、申し訳なさそうな顔で友人氏を見た。友人氏が何か言おうとする前に大先生がさらに物流部長に問いかけた。

 「親会社が満足できない、何も言えない子会社にどんな存在価値がある? それ以前に、あんたがいる物流部ってのは一体何をするところ? 敢えて言えば、物流子会社があることで、あんたの会社の物流は進歩が止まっているんじゃないの?」

 

■ 物流子会社は物流管理を売るべし

 大先生の言葉に座が固まってしまった。たばこを喫いながら、大先生が三人を見ている。しばらくして、大先生が話題を変えた。

 「それはいいとして、物流部長は、設立三年以内に物流子会社がやるべきことは何だと思う?」

 「はー、ちょっと思い出したんですが、『物流子会社は物流管理を売るべし』という先生のご主張を前に何かで読んだことがあるように思うんですが、その意味で言いますと、物流子会社は、その前身である親会社物流部時代に蓄えた経験やノウハウが生きているうちに、それをベースに子会社の方向性を決めるべきだということになるのではと・・・三年というのはそれが生きているうちという意味ではないかと」

 物流部長の意見に大先生が頷く。友人氏が語録を見ながら補足する。

 「これまで物流管理をやってきたんだからそれを売り物にしろ、親会社の物流活動を担うだけだったら物流業者と同じじゃないか、しかも物流のアセットを持たない子会社は物流業者にとってはいい迷惑だということをおっしゃられてます。あっ、これが極め付きかと思います。『物流子会社は、他社の物流を取り扱うことができるというところに存在価値がある。親会社の物流を徹底的に合理化し、そこで生まれた経営資源の余力を他社の物流合理化に回す。それが本来の物流子会社の行き方だ』というものです」

 友人氏の言葉を聞いて、思い出したように大先生が嘆いた。

 「しかし、なかなかそうはいかなかった。物流管理をやってきた風土を生かし、それを持ち続けることが重要だったんだけど、親会社の仕事を拡大することだけで収入を増やそうとしたり、グループ企業の物流に手を伸ばしたとこもあったな。ただ、それは単なる量的拡大。合理化とは無縁だった。そうそう、親会社に物流合理化を提案すれば自分たちの収入が減ってしまうなどという世迷言を言うやからもいたな。嘆かわしいこった」

 大先生の言葉に物流部長が、思い当たることがあるのか、大きく頷き、質問する。

 「最近、3PLなどといって、物流管理を代行しようなどという動きがありますが、それは、もはや物流子会社には無理ということでしょうか?」

 「まあ、無理といったら身も蓋もないので、そこまでは言わないけど、物流活動を担うことしかやってこなかった子会社の社員たちは物流管理などと無縁に育ってきたはずだ。運んだり保管したり作業をしたりという活動を管理することしか知らなければ、物流の仕組みそのものを変革することなどできはしない。いまそこにある物流活動を担うという発想と物流をやらないためにどうするかを考える物流管理の発想との間には相当な距離がある。これをどう埋めることができるかが3PLの成否を握っている‥‥」

 大先生の話を聞きながら、物流部長の目が光った。大先生の話が終わると同時に思い切って質問した。

 「物流活動だけをやってきて、もう長い年月が経った子会社に変革の望みはないのでしょうか?」

 大先生がにっと笑って、友人氏を見た。友人氏が興味深そうに頷く。

 「変革の可能性はどんな会社にもある」

 大先生がこともなげに言う。大先生の次の言葉を待って三人とも身動きせず大先生を見ている。しかし、大先生は何も言わない。物流部長が何かを言おうとして身を乗り出したとき大先生が口を開いた。

 「そのためにはどうしたらいいか、を聞きたいわけ?」

 物流部長が大きく頷く。大先生がそっぽを向いてつぶやく。

 「そういうのを実務の世界では愚問というんだよ。要するに誰かがその変革に向かって走り始めればいいのさ。社内的にどういう手続きを取るか、策を弄するか、誰を味方につけるか、錦の御旗に何を持ってくるか、エネルギーのいる仕事だけど、要は、誰かが走り始めなければ展望は開けない」

 そう言って、大先生が物流部長を見た。物流部長が口を真一文字に結んで大先生を見る。

 「いまのままじゃ、物流部長といったって何もすることはないのだから、あんたがそれをやってみたらどう? 多分この二人は味方になるだろうから」

 大先生の言葉に友人氏と女性部員が頷いた。そのあと物流部長が意を決したように頷いた。友人氏の退職を祝う会は妙な展開でお開きを迎えた。

 

 

湯浅和夫の物流コンサル道場 第68

〜大先生の日記帳編・第3回〜

 

先人に学ぶ正しい物流管理

 

 大先生にも駆け出し時代はあった。日本の物流の黎明期、当時無名の新人研究員だった大先生はヒアリングのため大手メーカーで在庫問題に取り組む実務家を訪ねた。後にロジスティクス研究者として長野大学学長まで務めた北澤博氏だった。氏の訃報に接し、大先生は物流改革に奔走した当時の侍たちの姿を思い返すのであった。

 

■ 大先生が初めて訪問した企業

 ようやく秋らしくなったある日の午後、突然大先生の事務所に知り合いの記者が訪ねてきた。彼は、ある物流関係の雑誌の記者をやっていて、大先生と懇意にしていたが、やりたいことがあるとか言ってその会社を辞めて独立したのである。独立以来、何度目かの訪問であるが、大先生は、いま彼が何を仕事にしているのかは知らない。

 「近くに来たものですから、もしおられたらと思いまして、お顔を見に伺いました。お忙しいでしょうから、ご挨拶だけですぐに失礼します」

 「会社は忙しいけど、おれは忙しくないよ」

 大先生が意味深な答えをする。

 「あっ、そうでした。お忙しいのはスタッフの皆さんでしたね、先生じゃなく。それで、お二人は?」

 「いま出掛けてます。夕方には戻ると思います」

 大先生に代わって女史が答える。「どうぞ」と言って、女史が元記者氏を会議テーブルに促す。大先生が「まあ、ゆっくりしていきなよ」とたばこを片手に座る。大先生と向かい合った途端、突然思い出したように、元記者氏が話し出した。

 「そう言えば、ご存知だと思いますが、先月、元長野大学学長の北澤博先生がお亡くなりになりましたね?」

 大先生が小さく頷くのを見て続ける。

 「北澤先生とのお付き合いはおありになったんですか?」

 「おありもなにも、北澤さんとは長い間お付き合いさせていただいてきた。そうだな、初めてお会いしたのはおれが学校を出て、前の会社に入社した次の年あたりだから、それは長い」

 「へー、そんな昔からなんですか? それじゃあ三〇年以上のお付き合いってことですね」

 大先生が何か思い出すような顔で頷く。それを見て、元記者氏が興味深そうに質問する。

 「それは、どんな出会いだったんですか?」

 「おれが、教えを請いに北澤さんの会社を訪問したのさ」

 「会社というと、たしか当時北澤先生は三菱電機におられたんでしたよね。先生が、教えを請いに、ですか?」

 記者魂を揺さぶられたのか、元記者氏の声が弾んでいる。興味津々といった顔をしている。元記者氏のそんな顔を見て、大先生も乗ってきた。

 「その頃、おれはまだ先生じゃないから。物流の研究所に入ったばかりの若造ってとこだ。そうそう、おれがこの世界に入って初めて訪問した企業の物流部が北澤さんのとこだったんだよ。すごい出会いだろ。その意味では、おれにとって忘れられない方だ、北澤さんは」

 「先生が初めて訪問した物流部ですか。記念すべき出会いだったんですね。ところで、なぜ最初に三菱電機に行かれたんですか?」

 そう言いながら、元記者氏はメモ帳を取り出した。インタビューの態勢に入っている。大先生が首を傾げながら答える。

 「そうさなー、直接のきっかけは覚えていないけど、その頃、おれは企業の物流に興味を持ったので、荷主の物流部門とやらを徹底的に回ってみようと思って各社の物流部詣でをやった。その最初が三菱電機だったってわけだ」

 「へー、企業の物流に興味を持たれたんですか。それは、何か理由とか原因があったんですよね?」

 大先生が元記者氏の顔を見て、からかうような笑顔を見せる。

 「うーん、それは、まあ今日はやめておこう。語るも涙の長い話になるから」

 「えー、そう言われると余計聞きたいですね」

 元記者氏はねばるが、大先生は話題を変えてしまった。

 「聞きたいといわれると却って秘密にしたくなる。おもしろい話だぞ。まあ、それはそれとして、当時数年掛けて百数十社の物流部を訪問し、いろいろ話を聞いた。このときの経験がおれの物流管理についての考え方の原点になっている。格好よく言えば・・・」

 「へー、でも、そんなによく回りましたね。どうやってアポを取ったんですか?」

 「アポ? あー、おれがいたとこは研究所だから、自主研究ってのをやったのさ。当時はそんなに仕事もなかったので、自分で調査票を作ってアンケートをやった。そして、回答してくれたところにヒアリング調査を申し込んだんだよ。そうそう、それ以外にも、たとえば物流コスト何割削減なんて記事が業界紙に出たりすると、すぐに、話を聞かせてくれとその会社に電話したりした」

 「すぐに会ってくれました? まだ先生は有名ではなかったですよね」

 「そう、まったく無名。でも、ほとんど断られることはなかった。まあ、当時は、物流部ができたばかりのところが多く、物流管理といっても暗中模索的なところがあったから、むしろ向こう側でも物流の研究所の人間に興味があったんだろうな。どの会社も快く会ってくれた。そうだな、おれも自分の意見を述べたりしたから、ヒアリングというよりも物流談義みたいなものだった」

 元記者氏が間を置かずに質問を続ける。その頃の話に興味を持ったようだ。

 「その頃は、ちょうど物流の黎明期ですよね。黎明期ならではのおもしろい話がいっぱいあったんでしょうね。それを知っているのは先生くらいでしょうか、もう?」

 「はぁー? おれだけが生き残ってるってこと?」

 「いえ、そういう意味ではなくて、いろんな会社を回られて、日本の物流の黎明期の動向を知っているのは先生しかいないということです。あっ、ところで、北澤先生ですが、そのときどんなお話をされたか覚えておいでですか?」

 

■ 在庫管理なくして物流管理なし

 元記者氏がようやく話を本題に戻した。大先生が大きく頷く。

 「もちろん、よく覚えてる。わが意を得たりの話だったから。そもそも、あの会社に興味を持ったのは、正確じゃないけど、たしかシステム物流部というような名称の部門だったと思うけど、その名称だな」

 「システムというのは情報システムということですか?」

 「そう、北澤さんは情報をベースにしない限り物流管理はできないとしきりに強調されてた。そこで、話されたのが在庫問題に悩んでいるということだった」

 在庫という言葉に元記者氏は敏感に反応した。

 「えっ、在庫問題ですか。そんな時代に?」

 「そんな時代って何だよ。いつの時代だろうが、正しい物流管理をしていれば、必ず在庫に突き当たる。北澤さんは正しい物流管理をしていたってことだよ」

 「わが意を得たりというのは、先生もその頃から在庫に関心があったんですか?」

 「関心があったというか、そもそも物流は在庫を動かしているわけだから、その在庫をコントロールできなければ物流はどうにもならないのではないかと思っていた。倉庫の中の在庫の山を見れば、黎明期だろうが何だろうが、物流担当者なら誰だってこれを何とかしなければって思うさ」

 元記者氏が大きく頷き、早く聞きたいという感じで質問をする。

 「そこで、北澤先生の話にぴんときたってわけですね。ところで、具体的に在庫問題っていうのはどういう内容だったんですか?」

 大先生が思い出すようにちょっと間を置く。たばこに火をつけて、ゆっくりと話し出す。

 「うん、たしか、こんな話だった。あの頃、えーと年代で言うと七〇年代ってとこかな。北澤さんのとこでは、全国に何カ所かの配送センターを作って、そこにメーカー在庫と代理店在庫を集約して持った。すごいのは、各地の代理店と物流部とをオンラインで結んでたってことだ。つまり、代理店から小売店への売上情報をもらって小売店に直接届けるという先端的な物流をやっていたわけだ。さらにすごいのは、在庫を集中的に管理して、それを生産に反映することで在庫を削減しようとしていたってこと」

 「へー、その頃オンラインシステムをもっていたんですか? それでシステム物流部だったんですね。オンラインシステムのはしりですか?」

 「はしりもはしり、その頃はまだ電気通信回線の企業間オンラインシステムへの利用は禁止されていた時代だから」

 「禁止? それを認めさせたってことですか?」

 「そう、北澤さんがオンライン自由化運動の闘士となって、あちこちの関係先に動いて、ようやく期限付きで許可を取ったそうだ」

 

■ 担当者の熱意が物流格差を生む

 「すごい熱意ですね」

 元記者氏がいかにも感心したような声を出す。

 「それそれ、その熱意だよ。黎明期の物流担当者の一つの特徴が不可能を可能にするくらいの熱意に溢れていたってことだな。そんな例は北澤さん以外にも結構あった」

 「へー、その話も聞きたいな。ところで、それで、在庫は減ったんですか?」

 「そこそこ、北澤さんが悩んでいたのは。当時は、三菱電機に限らずどこのメーカーも量産効果を上げるために同一機種を大ロット生産するというのが当たり前だったから、市場への販売動向を取って、必要在庫数をはじき出しても、なかなか受け入れてもらえなかった。だから、結局、在庫データは取ったけれども在庫管理はできなかったわけだ。そこんとこをしきりに残念がっていた」

 「なるほど。でも正直なところ、物流の黎明期に、在庫を本気で管理しようとして、オンラインシステムまで構築したなんて驚きです。それってロジスティクスですよね」

 「小売店への販売データをもとに生産をしようとしていたんだからSCMと言ってもいいな」

 「すごいなー、そんな時代に」

 元記者がしきりに感心する。

 「だから、そんな時代もあんな時代もないんだって。物流を突き詰めていけば、必ずロジスティクスやSCMに至るのさ。黎明期だからと言って、物流の無駄省き程度に終始していたんじゃないかって思うのは浅はかな考えさ。結構大掛かりな取り組みもあった」

 「そうですか。ちょっと認識を誤っていました」

 「そうそう、その数年後だったと思うけど、おれが初めてメーカーの物流コンサルにかかわったとき、依頼されたのが在庫管理の導入だった。分厚い出荷伝票を借りて、電卓で品目別の動向を集計したり、簡易の計算機で標準偏差を出したりした」

 「へー、パソコンなんかない時代ですね。電卓か・・・先生の在庫管理は筋金入りですね」

 元記者氏が妙な関心の仕方をする。

 「いや、在庫問題抜きに物流管理はないという認識が当たり前だったってことさ。資生堂とか学研という当時物流で話題になっていた会社が在庫に取り組んだのもその頃のことだし、結構効果をあげていた」

 「へー、そういう会社の話も聞きたいですね。そうすると、北澤先生は先生の先生みたいなものですね?」

 「うん、おれの先生のお一人であることは間違いない」

 「でも、いまだに、物流センターに置く在庫なのに、自分たちは関知できないなんて言って、活動の効率化ばっかりやってる物流部もありますね」

 「それはいつの時代でもある。企業間の物流格差というのはそこでつく。関知できないじゃなく、関知しようとしないだけ。為せば成るさ。やってる会社はいっぱいあるんだから。結局、熱意の問題かな。オンラインの自由化と比べればセンター在庫の管理なんか難しいことじゃないけどな」

 「しかし、昔の話はおもしろいですね。まさに古きをたずねて新しきを知るですね。いや、驚きました」

 「別に古きをたずねなくてもいいし、知るのは新しいことでもないさ」

 「いやー、でも正直驚きました。あっ、先ほど名前を出された資生堂や学研という会社はどんな取り組みをしてたんですか?」

 大先生がちょっと休もうという感じで、女史にコーヒーを頼もうとしたとき、事務所の扉が開いて、弟子たちが帰ってきた。美人弟子が元記者氏の顔を見て、ちょっと驚き、「あら、いらっしゃいませ」と声を掛ける。

 元記者氏が立ち上がり、二人に挨拶をする。元記者氏と弟子たちの近況報告を聞きながら、大先生がほっとしたように立ち上がり、用もないのに自席に戻っていった。