湯浅和夫の物流コンサル道場「ロジスティクス編」

『月刊ロジスティクス・ビジネス』連載第51回 (20067月号)

「どうしたの、突然?」事務所にやってきた 物流部長に聞いた

 大先生事務所の窓から見えるイチョウの葉が夏の陽 射しを受け、きらきらと輝いている。ようやく梅雨も明けて、夏らしい陽気になってきた。大先生はいつものことながら自席でまどろんでいる。美人弟子と体力 弟子の二人は外出していて、事務所は大先生と女史の二人だけだ。昼下がりの静寂に包まれている。

 突然、その静寂が破られた。事 務所の扉が勢いよく開けられ、「ちわー、お暑うございます」といつもの元気な声が響いた。いま大先生がコンサルをしている問屋の物流部長だ。

 声は元気がいいが、顔は何となく不安げだ。無理も ない。みずから用事があって来たのではなく、大先生に突然呼び出されたからだ。何を言われるのかという怯えが顔に出ている。

 女史の応対する声に目覚めた大 先生が、物憂い感じで立ち上がり、物流部長に声を掛けた。

 「どうしたの、突然?」

 物流部長が怪訝な顔をしながら、気を取り直したよ うに答える。

 「いえ、あれ、先生から来るように、とメールをいた だいたものですから‥‥」

 「おれがメー ルしたって? そうだっけ? 覚えてない。暑さで見間違えたんじゃないの?」

 大先生の言葉に物流部長が何か 言おうとしたとき、給湯室から女史が顔を出し、笑いながら物流部長に目配せをした。かまわれていると知った物流部長が口を尖らせて答える。

 「私が見間違 えたのか、先生が健忘症にかかられたのか、わかりませんが、せっかく来たのですから、ちょっと休んでいってもいいですか?」

 「ああ、いい よ。ビールでも飲む?」

 「それ、それ ですよ。先生のメールに『ビールでも飲もう』ってありました」

 「まあ、いい さ。せっかく来たのだから、雑談でもしよう」

 大先生はそう言って、会議テー ブルに座るよう促した。物流部長は頷きながら、気になっていることを確認した。

 「はい‥‥それじゃ、とくに、なにか問題があったと か、私が怒られるとかっていう話じゃないのですね?」

 「何か怒られるようなことでもしたの?」

 大先生の言葉に物流部長は慌てて首を振り、安心し たように椅子を引いた。

 

「ビールを飲みに来ないか」大先生からメー ルが入っていた

 その二時間ほど前、物流部長の 会社では大騒ぎが起こっていた。物流部長が遅い昼食を終えて、自席に戻り、なにげなくメールを開いたら、なんと大先生からメールが入っていた。社内での騒 動の発端はこの一通のメールだ。

 大先生からのメールはたった一行。「一人でビール でも飲みに来ないか?」という内容だった。これを見た途端、物流部長の目が釘付けになり、「グェー」という奇声があたりに響き渡った。 周りの社員たちが何事かと物流部長を見る。物流部長はパソコンの画面を凝視したまま固まっている。

 ちょっと離れた席から営業部長 が、「変な声出して、何があったの?」と声を掛けるが、物流部長は声が出ない。呪縛にとりつかれたようにメールに見入りながら営業部長を手招きする。傍に 来た営業部長に「これなんだけど‥‥」と言って大先生からのメールを見せる。営業部長が覗き込む。一体何があったのかと、周りの目が興味深げに営業部長に 注がれる。

 「なんだ、 ビールを飲みに来いって誘われているだけじゃないの?」

 営業部長の言葉に室内に「なーんだ」という拍子抜 けした雰囲気が漂う。物流部長だけが真剣な顔で反論する。

 「そんなことじゃないだろう。これはきっと何かあっ たんだ。一人で来いってあるし…。まずいよ。まさか、中部支店が倉庫を借りて、そこに出荷したことにして在庫を減らしたのがばれたんじゃないかな?」

 「はぁ?」

 「それとも、 東京支店が、顧客別処理量を操作して、特定顧客の採算を見栄えよくしたのが知られてしまったのかな?」

 「なに?」

 「あ、それとも‥‥」

 「ちょっと待てよ。何なんだ、それは。何ばかなこと やっているんだ。おれは、そんなこと聞いてないぞ」

 営業部長の表情が曇っていく。

 「ん?あんたが知らないってことは、先生が知るわけ ないか」

 「そんなことより、その中部や東京の話は何なんだ? そのこと、社長や常務は知ってるの?」

 「まさか、そんなこと言えるわけないよ。そんなこと 社長が知ったら、支店長は首だよ」

 「じゃ、彼らは首だ。いま、この部屋にいる全員が聞 いてしまったから‥‥」

 営業部長の言葉を聞いて、物流部長は我に返った。 慌てて立ち上がり、周りに声を掛けた。

 「聞かなかったことにしてくれ。な、聞かなかったこ とに」

 「まあ、明日 あたり社長に呼ばれることを覚悟しておいた方がいいな。その前に、早く先生のとこに行くことだ」

 冷たくそう言い放って、営業部長は自席に戻って いった。

 物流部長は小さく頷き、「何で おればかりこんな目に‥‥」などとぶつぶつ言いながら椅子に座り込んだ。しばらくして意を決したように立ち上がり、重い足を引きずりながら大先生事務所に 向かった。

 

「辞表を持って社長に会えばいいさ」大先生 は楽しそうに物流部長を励ます

 大先生事務所では、女史もまじえて宴会の真っ盛り だ。大先生が全試合の七割は生で見たというワールドカップの話で盛り上がったが、物流部長はいつもより飲みっぷりが悪い。興味深そうに大先生が声を掛け る。

 「どうした? 今日は元気がないようだけど‥‥」

 「はぁー、実 は明日、社長に怒られるかもしれないんです」

 物流部長の正直な答えに、大先 生が楽しそうに、物流部長を励ました。

 「社長に怒られるのは慣れっこだろうに。それとも、 なにか首になりそうなことでもやらかしたの?」

 「いえ、やらかしたのは何人かの支店長なんですが、 私がその事実を隠蔽してたんです‥‥」

 「隠蔽?その 字書ける?」

 「えっ、い え、書けません」

 「書けもしない言葉使っちゃだめだよ。そういう安易 な態度が会社をだめにする。わかる?」

 「はー、ちょっとわかりません」

 「だろうな、凡人にはわからん真理だ」

 大先生にかまわれても、物流部長の反応は鈍い。女 史に焼酎を持ってくるように言って、大先生が続ける。

 「それで、支店長たちは何をしたの?」

 物流部長が大先生を上目遣いに見ながら、返事を躊 躇する。大先生は黙って物流部長を見ている。その沈黙に耐えられなくなったのか、物流部長が口を開く。

 「あのー、社 長には黙っていていただけますか?」

 その言葉に女史が給湯室で思わず笑い声を上げた。 大先生が苦笑しながら頷く。物流部長はそれを見て、安心したように、支店長たちの所業を洗いざらいぶちまけた。大先生が楽しそうに感想 を述べる。

 「しかし、いろいろ考えるもんだな。在庫減らしの裏 技やABCは、こうすればいい結果が出ますテクニックが満載じゃないか。大したもんだ。おたくの支店長たちは意外に 頭がいいな。頭の使い方を間違っているだけだ」

 大先生の妙な感想に物流部長は 複雑な顔をする。しかし、話してしまって気が楽になったのか、女史が作った焼酎の水割りを美味そうに飲んでいる。それを見ながら、大先生が物流部長をかま う。

 「その話は、いまごろ営業部長から社長に伝わってい るだろうな‥‥」

 「はあ、あいつは冷たいやつですから。嬉々として社 長に言いつけていると思います」

 「いや、違うな。これは隠しておかないほうがいい問 題だ。だけど、あんたから社長に言うのは支店長の手前まずいだろ。営業部長が言ってくれたほうがいいのさ」

 「はぁ、それ はたしかに‥‥」

 「さて、そこでだ。あんたは、明日、辞表を持って社 長に会えばいい」

 「えっ、やっぱりそういうもんですか?社長はどうす るでしょうね」

 「まあ、躊躇なく受理するだろう。あんたの辞表は受 け取って、支店長たちは譴責処分かな」

 「ちょっと待ってください。やったのは彼らですよ。 私がやらせたわけでは‥‥」

 「だめ。そういう悪行を平気でやってしまう安易な態 度を放置したあんたの責任は大きい。そこで、あんたを首にすれば、社内に激震が走り、みんな態度を改める。どう、あんたが辞めることで、一気に社内の悪し き風潮がなくなる。すばらしいだろ。ロジスティクスを導入する責任者としてこれ以上の働きはない。うん、いい考えだ」

 大先生の言葉に、つい物流部長も頷いてしまう。大 先生が楽しそうに笑っているのを見て、慌てて抗議する。

 「先生、私のこと、かまってますね」

 「わかった? 半分本気で、残り半分も本気」

 大先生の話を真面目に聞いていた女史が、思わず吹 き出した。電話が鳴り、女史が慌てて自席に飛んでいく。その後ろ姿を見ながら、物流部長が観念したように大先生につぶやく。

 「わかりました。一応、辞表を懐に社長のとこに行き ます」

 「うん、そうした方がいい。おれから社長に電話して 受理するように言っとくから」

 「だめですよ。社長には内緒にするって言ったじゃな いですか?」

 「おれとしては、いまの発言の方が問題は大きいと思 うけど、まあ、いい。内緒にしておこう」

 「はあ、どうも。なんかすっきりしました」

 物流部長が晴れ晴れとした顔で 焼酎を手に取った。大先生が首をひねる。

 「すっきりする要素なんかなーんにもないと思うけ ど‥‥まあ、それはいいとして、それじゃ、あんたが首にならなかった場合、これからどうするかという話をしようか」

 大先生の言葉に物流部長が嬉しそうに反応した。

 「はい、それそれ、その話、いいですね」

 「支店長たちが、なぜ姑息な手段を使うのか。素直に 考えれば、ABCや在庫管理が何なのかわかってないからだよ。なんかよくわからんけど、会社がこれをやれというから導入してみたけど、都合の悪い結果にな りそうだから、その結果を歪曲するようなことをしているだけさ」

 大先生の言葉に思い当たるところがあるのか、物流 部長が大きく頷き、自分の見解を述べる。

 「はい、実験導入だから、その結果で評価したりする わけではないと何度も言っているのですが

‥‥」

 「まあ、そうは言っても、ABCや在庫管理の本質を 理解していなければその意味もわからない。だから、まず、それらがどんなものか知らしめる必要がある。在庫管理なんて言葉としてはよく使うけど、それがど んなものか理解している人は意外に少ないというのが実態だ。ここは、もうしばらく一緒に支店回りを続けるしかない な」

 「一緒にですか? はい、はい、行きます、一緒に」

 そこにまた電話が鳴った。電話 を取った女史が神妙な声で大先生に取り次ぐ。黙って相手の話を聞いていた大先生が「いいですよ。どうぞ」と言って、電話を切り、物流部長に告げる。

 「おたくの社 長からだけど、一緒にビール飲んでもいいですかってさ。すぐに来るぞ」

 慌てて立ち上がろうとする物流 部長を大先生が手で制し、慰める。

 「どうせ怒られるなら、早いほうがいいんじゃない の」

 大先生の言葉に物流部長が観念したように頷く。そ れを見て大先生が女史に声を掛けた。

 「おーい、紙と万年筆持ってきてくれ。部長が辞表を 書くってさ」

 

湯浅和夫の物流コンサル道場「ロジスティクス編」
『月刊ロジスティク ス・ビジネス』連載第52回 (20068月号)
コンサル先の問屋 メンバーと高層ホテルで納涼会を開いた
 昼間の灼熱を覆い隠すように夜の帳がおり始めた頃、大先生たちは高層ホテルのレストランの個室にいた。大きく窓がとられた眺めのいい部屋 だ。眼下に都会の夜が眩しく瞬いている。
 大先生がコンサルをしている問屋の社長の発案で、納涼を兼ねた懇親会が開かれている。大先生側は弟子たちと女史の四人。一方、問屋側は社 長と常務、それに営業部長、物流部長といういつもの面々だ。
 テーブルに並んだ和洋折衷型の懐石料理は社長が特別に注文したものだ。見事に嗜好に合っているようで、大先生は「うまい」を連発し、とて も機嫌がいい。その様子を見て、社長も満足そうだ。ひとしきり雑談が続いたあと、大先生が物流部長に軽口をたたいた。
 
「そう言えば、ここに部長がいるということは、結局、部長はクビにならなかったんだ?」
 大先生が「部長」と呼ぶのは物流部長のことだとわかっていながら、部長と呼ばれて一瞬、営業部長がぎくっとする。当の物流部長は、きっと 話題にされるだろうと覚悟していたのか、結構落ち着いて返事をする。
 
「はい、おかげさまで‥‥」
 そのケロっとした物言いに営業 部長が、楽しそうな顔でいちゃもんをつけた。
 
「正確に言うと、首の皮一枚つながっているって状態だろ。ちょうどブラジル戦前の日本代表のような状態かな」
 物流部長が「余計なことを」という顔で営業部長をにらむ。それを見て、常務が付け足す。
 
「保留ってことにしてあります。ロジスティクス導入の成否を見て、判断しようということです」
 
「なるほど、 まあ、ロジスティクス導入程度なら、そのブラジル戦は前半四五分ちょうどで終わるよ」 
 大先生が訳のわからないことを言うが、物流部長は嬉しそうに頷き、余計なことを口走る。
 
「それでは、私が一対〇で勝つということですね。一番美しい勝ち方で‥‥」
 すぐに、営業部長がちゃちゃを入れる。
 
「なーに、あんたは早いうちに交代になるんじゃないの?」
 楽しそうな営業部長の顔を見て、物流部長が口を尖がらすが、特に言い返さずに、話題を変える。
 
「この料理、うまいですね」
 物流部長の素直な表現に大先生 も素直に応じる。
 
「うん、たしかにうまい。食べていて気分が高揚する。社長はいいセンスをしている」
 
「えっ、でも、社長が作っているわけじゃないですよ‥‥」
 
「どこまで脳天気なんだ、あんたは」
 営業部長の呆れた声に、社長が何か思い出したらしく、身を乗り出した。
 
「在 庫管理とは何かがわかった?」大先生が物流部長に聞く
 
「先生、最近 おもしろいことがあったんです」
 社長の意味深な発言に、大先生一行が興味深そうに社長を見る。物流部長は何かを予感したのか、ちょっと身構えた風に社長を見る。社長がお もむろに話し出す。
 
「ちょっと前のことですが、私のところに書籍購入の申請書が回ってきたのです。勉強するのはいいことですから、誰がどんな本を 買うのだろうと、申請者の名前を見たのです。その名前を見て、私、びっくりして椅子から転げ落ちてしまいました」
 社長の話に、弟子たちや女史が 興味深そうに物流部長を見る。物流部長が頷いて社長に苦言を呈する。
 
「やめてください、そういう話は。椅子から転げ落ちただなんてオーバーですよ」
 
「おまえが本を買うなんて、会社に入って初めてのことじゃないか?」
 常務の問い掛けに物流部長が素 直に頷く。
 
「どんな本だったんですか?」
 思わず、弟子たちが声を揃えて聞いてしまう。社長が声をひそめる感じで答える。
 
「在庫管理の本です。それも一〇冊です」
 
「へー」
 弟子たちがまた声を揃えて、感心した風に頷く。それを見て、社長が続ける。
 
「そこに先生のご本がなかったので、この人を呼んで、『先生のご本は?』って聞きましたら、『とっくに読んでいます』って胸を 張ってました」
 
「へー、日頃の言動からすると、読んでいるとは思えないけど‥‥」
 黙って話を聞いていた大先生が、ここで口を挟んだ。物流部長が慌てて言い訳をする。
 
「はぁー、ですから、もっと勉強しようと思ってですね、先生が勉強するならそのテーマに関する本を一〇冊以上読まなければダメ だっておっしゃってたのを覚えていたものですから」
 
「そう、10冊読めば、理論については何となくわかるようになる」
 
「はい、それで10冊読みました」
 物流部長の言葉に大先生がびっくりした顔をしたが、すぐに嬉しそうな表情に変わる。楽しい話題ができたと思っているようだ。
 
「へー、ほんとに読んだのか‥‥それはすごい。在庫管理なんて無味乾燥なものをよく10冊 も読んだな。お世辞抜きでえらい。それで在庫管理とは何かがわかった?」
 ストレートな質問が飛んだ。いよいよ大先生劇場の始まりだ。主役の物流部長は結構舞台慣れしているようだ。大先生相手に言い逃れはできな いことを知っているため、率直に語り始めた。
 
「はぁ、それが‥‥読めば読むほどわからなくなる感じでした。著者によって主張していることがずいぶん違うように思いました し、結構いい加減な本もありました。そうそう、ある本に、『在庫が増えてきたら、出荷を増やし入荷を減らす。在庫が減ってきたら、出荷を減らし、入荷を増 やす。これを在庫調整という』って書いてあったんですが‥‥」
 一瞬の間を置いて、社長をはじ め問屋側の全員が吹き出した。弟子たちはこの本を知っているため、苦笑するだけだ。営業部長が感心したように呟いた。
 
「なるほど、在庫が増えたら顧客への出荷を増やし、在庫が減ったら出荷をやめればいいのか。たしかに、顧客相手にそんなことが できれば、言っていることは間違っていない」
 
「冗談じゃないよ、そんな。先生、そんな本が世の中に出てるなんてこと許されるんですか?」
 物流部長が大先生に率直に疑問 を呈する。
 
「許されない。でも、その手の、日本の在庫管理をだめにしたり、遅らせたりする本は現実にある。在庫管理に限らず物流管理の本 も同じ。物流だけじゃなく、ビジネス書 にはその手の本が結構あるな。まあ、いい加減な本が少なくないと見抜いた部長は大したもんだってことさ」
 社長が頷きながら、さっきから 聞きたいと思っていた質問を投げた。
 
「それで、玉石混交の本から得られた在庫管理についてのあなたの結論は何?わからなくなったとは言いながら、あなたのことです から、それなりに答えは出したんでしょ?」
 
「発注のタイミングと量に尽きる」物流部長が在庫管理論を展開した
 訳がわからなくなると「えーい、面倒だ」といって自分勝手な答えを出してしまう物流部長の性格を熟知している社長は、物流部長の答えに興 味を持っている。物流部長の自分勝手な結論が 結構ポイントをついていることが少なくないことも社長は知っている。意を決したように、物流部長が話し始めた。
 
「はぁー、10冊も本を読んで、いまさらそんな分かりきったことに気づ いたのかって笑われてしまいそうですが、実は、最後に、先生の本を読み返してみてわかったんです。先生の本にはたった一つのことしか書いていないんです。 と言いますか、たった一つのおっしゃりたいことをいろんな角度から主張されていることに気づきました」
 長い前置きだが、この前置きには、そこにいる全員が興味を持ったようだ。窓の外を見ていた大先生が物流部長にちらっと目をやる。全員の視 線を浴びて、さすがの物流部長も戸惑いを隠せない。営業部長が話の先を急かす。
 
「それで、何に気づいたわけ?」
 
「いや、別に、大したことじゃないんだけど‥‥」
 
「もったいぶらずに言いなよ」
 
「別にもったいぶっているわけじゃ‥‥あ、そうだ、営業部長、あんたは在庫って一体何だと思う?」
 急に矛先が自分に向かってきて、営業部長は一瞬戸惑った表情を見せたが、素直に答える。
 
「将来の販売に備えた商品、じゃないの」
 
「そう、おれもそう思う。となると、在庫を管理するというのは、その在庫を過不足なく持つことということになる。違います か?」
 突然、物流部長が弟子たちに確 認を求める。弟子たちが頷くのを見て、物流部長がまた営業部長に聞く。
 
「在庫を維持するために必要なことは?」
 
「えーと、在庫がなくなりそうになったら補充することなんて言ったら当たり前すぎて答えにならないか」
 
「いや、そういうことなんだよ。あんまり当たり前すぎると、そんなばかなって不安になるよな」
 営業部長が神妙に頷く。ここで 物流部長は、咳払いを一つした。社長の問いに対する自分の答を言う準備のようだ。
 
「結局、在庫管理というのは、いつ、どれくらいの量を発注するのかに尽きるのではないかと思います。発注のタイミングと量、こ の二つを決めればいいと理解したのですが‥‥」
 10冊も本を読んで、そんな分かりきった結論を言うのが恥ずかしいという思いがあ るのか。最後は消え入りそうな声だ。そこに大先生から声がかかった。
 
「それでいいんだよ。それ以外にない。10冊読んだ在庫管理の本には、 そのタイミングや量の決め方がいろいろ解説してあったんじゃない?」
 
「はぁ、それじゃあ、それでいいんですか。先生の本には、それが大きな柱としてあって、あとはそれを解説するという構造になっ ていることがわかったものですから、はぁ、自信を持ったのですが‥‥」
 
「おれの本が簡単な中身で悪かったな」
 大先生の拗ねたような返事に物 流部長が慌てて付け足す。
 
「いえいえ、非常にわかりやすいってことを言っているんです」
 
「この前、在庫管理の本を書いたとき、何に一番困ったかというと、一冊の本の分量にすることだった。なんたって、在庫管理の基 本構造は簡単だから、一冊の本にするのは大変だった。まあ、自慢じゃないけど、在庫管理の本で一番薄いのはおれの本だな」
 大先生が妙な自慢をする。大先生の話に自信を持ったのか、物流部長の口が滑らかになる。
 
「そう言えば、在庫管理の本を読んでいて、これは在庫管理とは関係ないんじゃないかと思われることがいっぱい書いてあるという 感じを受けました。あれは、本にするための水増しだったんですね」
 
「水増しだなんてそんな失礼なこと、おれは言わんよ。まあ、閑話休題的な話が少なからずあることは事実だな。ところで、その簡 単極まりない在庫管理をおたくではやっているの?」
 大先生の問い掛けに物流部長が きっぱりと即答する。
 
「いえ、やっていません。発注のタイミングは、なくなりそうになったときとかメーカーとの約束で週一回とかいろいろです。量 も、売れそうだから多めに頼んでおけとか メーカーの言うままとか、まあ適当です」
 自信を持った物流部長の発言に 社長が一喝する。
 
「そんなこと自信を持って言うことじゃないでしょ。とにかく早く在庫管理を入れなさい。あと半年もすれば、うちの在庫は過不足 ない水準になるのね。期待していますよ」
 物流部長が大きく頷き、弟子たちに「よろしくお願いします」と大仰に頭を下げる。社長が苦笑しながら、弟子たちに丁寧に頭を下げる。納涼 会も物流部長の一人舞台に終わりそうだ。


湯浅和夫の物流コンサル道場「ロジ スティクス編」
『月刊ロジスティクス・ビジネス』連載第53回 (20069月号)
梅雨明け後のあまりの暑さに 大先生は事務所にこもりきり
 梅雨が例年よりも長引き、夏の 始まりが遅かったせいか。九月に入っても厳しい暑さが続いている。夏になった途端、夏バテしてしまった大先生は、「温暖化にはかなわん」と訳のわからない ことを言って、外出を拒否している。事務所に篭って、かなり前から頼まれていたにもかかわらず、放っておいた本の執筆にいそしんでいる。担当の編集者から 「今月中ですからね」と厳命されたのだ。
 
「コーヒーにしますか。お茶にしますか?」
 女史が席から立ち上がり、大先生に声を掛けた。
 
「ん?」と大先生が答える。
 
「まあ、居眠りなさっていたのですか?」
 
「目をつむって考えていたんだよ」
 
「それでは、コーヒーにしますね?」
 大先生の抗弁を意に介さず、女史が給湯室に向かう。その女史の背中に大先生が声を掛ける。
 
「今日は、弟子たちはどうした?」
 
「何をおっしゃっているんですか。やっぱりぐっすりお休みだったんですね。お二人は、問屋さんに行かれてますよ。おれは暑いか ら行かない、二人で行って来いっておっしゃったのは先生ですよ」
 
「そう言えば、そんなことがあったな」
 
「先生が行かれないことを問屋さんの物流部長さんにご連絡しましたら、『そうですかー』って喜んでいました」
 
「そういうのをぬか喜びっていうんだよ。浅はかな奴だ」
 
「出荷に合わせて仕入れましょう」 美人弟子が問い掛けた
 その頃、件の問屋では弟子たち と物流部長、営業部長に、東京支店の営業担当者、仕入担当者、システム担当者を数人加えた会議が行われていた。テーマは在庫管理システムの導入である。
 
「いままでのお話ですと、これまではとにかく欠品を出さないために多めの発注をかける傾向があったということですね。営業が 『これはおれの在庫だから手をつけるな』と言って触らせない在庫もあれば、メーカーの安くするからという言葉につられて大量に仕入れてしまう在庫もあると いうことですね」
 美人弟子の言葉に全員が神妙に 頷く。それを見て、美人弟子が続ける。
 
「要するに、出荷に合わせて必要最小限の在庫を維持しようという考え自体がなかった。在庫責任も明確ではなかったということで すね」
 
「はい。欠品が出ると営業がギャーギャー騒ぐくらいで、在庫がどのくらい残ったかについては誰も関心がなかったというのが正直 なところです。支店長でさえ気にしてなかったのですから。まあ、返品できるものはどんどん返品しろ、といった程度ですね、対策は。なあ?」
 あっけらかんと答えた物流部長 が突然、隣の営業部長に同意を求める。適切な答ではないと思いながらも、営業部長もつい頷いてしまう。
 
「言うまでも ありませんが、これまでのやり方を云々するつもりはありません。ただ、これからは出荷に合わせて仕入れるという考えを全員が共通認識として持ってもらうこ とが必要です。それが在庫保持の大原則です。これについてはよろしいですね」
 美人弟子の言葉にみんなが頷 く。それを見て、体力弟子が続ける。
 
「メーカーから安くするからと言われて、まとめて仕入れたものは売り切れているんですか?」
 
「いえ、まあ、ずいぶん前は、売り切って、たしかに『利は元にあり』ということもあったのですが、もうここ10年以上はそんなこともないですね。大体残ってしまって います」
 物流部長が、また素直に答え る。頷く体力弟子の顔を見ながら、物流部長が次の質問を予測したかのように続ける。
 
「それらの在庫を処分するときに、支店長や部長を集めた会議などで社長に怒られますが、みんな他人事のような顔で聞いてます。 そして、性懲りもなく、また同じことを繰り返してます。はい」
 物流部長の率直な物言いに営業 部長が困惑した表情を見せるが、たしかに事実なので何もいえない。営業担当や仕入担当は、楽しそうな顔で頷いている。
 
「それについてはどうしますか?」
 
「はい、メーカーとの関係もありますから、全廃というわけにはいかないかもしれませんが、基本的にやめることにします。まとめ て仕入れたい場合には、常務の承認が必要といったルールにしておけば、まあ、あまりやらんようになるでしょう。そうだろう?」
 体力弟子の質問に物流部長が自 分の考えを述べ、みんなに同意を求める。みんなが大きく頷く。
 
「それでは先ほどの出荷動向をベースに在庫を持つという大原則を徹底して行うということですね」
 体力弟子の念押しに全員が大きく頷く。それを見て、美人弟子が話題をかえた。
 
「営業さんが在庫を確保してしまうという、いわゆるつばつけ在庫はどうしますか?なぜ、そんなことが起こるのですか?」
 物流部長が、答えを促すように 営業担当を見た。のんびりと構えていた営業担当の年長者が慌てて座り直して答える。
 
「はぁ、要するに、お客さんから事前に、いつ、こういうことでこれだけの在庫がいるから押さえておいてくれと頼まれたものを押 さえているのです。そのときになって欠品なんか起こしたらえらいことですから」
 美人弟子が頷き、さらに質問する。
 
「営業自らが押さえるということは、他に誰もその在庫を責任持って押さえてくれる人がいないということですね?」
 
「そうです。仕入に任せるのはちょっと不安がありますし、仕入だって頼むよって言われたら、おれたちと同じように、すぐに押さ えてしまうよな?」
 先ほどの営業担当の隣に座って いた若い営業マンが、そう言いながら仕入担当に念を押す。問い掛けられた仕入担当が小さく頷く。何か言いたそうな顔をしているが、代わりに物流部長が口を 挟む。
 
「それはわかるけど、結局出荷しないままの在庫や余ってしまう在庫も出るだろう?押さえ方がいい加減ってとこもあるな。自分の 経験から言っても‥‥」
 そう言って、物流部長がにっと 笑う。それを無視して営業部長が自分の意見を述べる。
 
「まあ、誰が 押さえるかは別にして、押さえておいたほうがいいという場合はたしかにある。ただ、この場合も当分の間は事前に誰かの承認を得ることが必要だな。これまで のようないい加減なやり方ではだめだぞということを認識させるには、承認という手続きを新しく入れることがいいと思う」
 この営業部長の提案に物流部長 が同意する。
 
「そう、それそれ。これまでは何の制約もなかったから、みんな勝手にやっていたけど、誰かの承認が必要だとなれば、ちょっとは 真剣に考えるはずだ。いまのつばつけ在庫は営業部長の承認が必要ということにしよう。どうだ?」
 物流部長の問い掛けに営業担当 の二人が頷く。在庫を押さえることが否定されたわけではないので、反論のしようがない。さっき何か言いたげだった仕入担当もすっきりした表情で頷いてい る。
 
「リードタイムはどうやって数えるの?」営業部長が物流部長に聞いた
 
「さて、それでは在庫管理の本論に入りますが、このシステムは基本的にいつ発注するか、どれだけの量を発注するかという二つか ら成り立ちます。いつ発注するかということですが、いまは毎週一回とか定期的に発注していますか。それとも随時、在庫がなくなりそうになったときです か?」
 美人弟子が話題を本題に振った。
 この質問に控えめな感じの仕入 担当者が答える。
 
「どちらかと言えば、随時と言っていいと思います。メーカーによっては週一回何曜日というように決められているところもありま すが‥‥」
 
「一般には、在庫がリードタイム日数分くらいに減ったときに発注をかけますが、それほど厳密にやってるわけではないですよね。 リードタイムは把握していますか?」
 体力弟子の質問に物流部長が妙 な言葉遣いで追い討ちをかけた。
 
「大体、リードタイムを正確につかんでいないのとちゃうか?リードタイムの管理なんかしてないだろう」
 
「はー、仕入先によって、きちっとしているところもありますが、いい加減なところもあります。大体これまでの経験でいつ頃入る というのをつかんでいますけど、当てが外れることもあります」
 
「それは、先方に在庫があればきちんと入るけど、在庫がなければ、当たり前ですけど、いつになるかわからないということです か?」
 体力弟子の質問に仕入担当が首 を振った。
 
「在庫がない場合は、向こうから連絡があって、いつ頃になると言われますので発注残で残しておきますからいいんですけど、在庫 があってもリードタイムが振れることが結構あります。それが困った問題で・・・」
 
「困っていたら、向こうに言って、正確に入れてくれるよう交渉すればいいじゃないか。それをやってないんだろう」
 物流部長が即座に確認した。物 流部長の勢いにおされて仕入担当がすぐに何もしていないことを認めた。
 
「それでは、リードタイムについていい加減なメーカーとは交渉して確実性を高めるってことにしよう。あ、この交渉はおれがやっ てもいいよ」
 物流部長の言葉に仕入担当が ほっとしたような顔で「お願いします」とお辞儀する。
 
「リードタイムはそういうことでよろしいですか?」
物流部長が弟子たちに確認する。 弟子たちが頷くのを見て、物流部長が余計なことを言う。
 
「いやー、どんどん決まりますね」
 
「これまで何もなかったところに当たり前のルールを持ち込むわけですから、それは決まりますよ」
 美人弟子の一言に営業部長が 「おっしゃるとおりです」と相槌を打つ。
 
「たしかに、これまで何のルールもなかったということでした。喜ぶことではなく恥ずべきことでした。すんません」
 物流部長も認める。素直な性格 が物流部長のいいところだ。その物流部長に営業部長が質問した。
 
「ところで、物流部長に聞きたいんだけど、リードタイムはどうやって数えるの?」
 営業部長は物流部長が困るので はないかと予想していたが、案に相違して、物流部長が嬉々として答える。
 
「はいはい、 任せてください。基本的には、発注してから、それが入荷して出荷に使える状態になるまでの間に、うちの出荷が何日あるかという日数だよ。例えば、今日午前 中に発注して明日の朝に入荷し、明日の出荷に使えれば、うちの出荷は今日一日しかないからリードタイム一日。ところが、明日の午後に入荷して明日の出荷に は使えないということなら、うちの出荷は今日と明日の二日あるから、リードタイムは二日ということになる。どう、わかった?」
 
「それは誰に 教わったの?」
 
「先生方に‥‥」
 
「なるほど、だからわかりやすい説明だったわけだ」
 物流部長と営業部長のやりとり を、美人弟子が遮った。
 
「よろしいですか。それでは、発注のタイミングはリードタイムが安定しているということを条件に、在庫量がリードタイム日数分 に近づいたときにかけることを原則とします。それから、発注日が決められているメーカーに対してはこれからもそれでいくということでいいですね。定期発注 と不定期発注を同居させるということです。そういうことでいいですか?」
 美人弟子の確認に全員が「は い」と答える。それを受けて美人弟子が次の重要なテーマに話題を移した。
 
「それでは、次に、発注量をどう決めるかという、もう一つの話に入りたいと思います。在庫管理において最も重要なテーマです」
 そう切り出したとき、物流部長 が「その前に、もっと重要なテーマがあります」と美人弟子に声をかけた。
 
「そうでした。休憩にしましょう」
 物流部長の言いたいことを察した美人弟子が休憩を宣した。


湯浅和夫の物流コンサル道場「ロジスティクス編」
『月刊ロジスティクス・ビジネス』 連載第54回 (200610月号)
「おかしなことが書いてあるんです」  仕入担当が本を取り出 して質問した
 
休憩後、全員が席につくのを待って、物流部長が会議の再開を宣し、弟子たちに振った。
 
「次のテーマは仕入の量ですね。よろしくお願いします」
美人弟子が頷き、休憩前の言葉を繰り返した。
「それでは、発注量をどう決めるかという、もう一つの話 に移りたいと思います。在庫管理において最も重要なテーマです」
そう言って、全員を見回し、一言付け加えた。
「でも、答えは単純明快です」
  その言葉を聞いて、物流部長が大きく頷く。最近、物流部長は在庫管理に自信をもっているようだ。そのとき、これまで一言も口をきかなかった仕入担当が、恐 る恐るという感じで手を上げた。それを見て、物流部長がびっくりしたような声を上げた。
「おっ、なんだ、どうした?」
「ちょっと聞いてもいいですか?」
予期していなかった事態に物流部長が怪訝そう な表情を崩 さず、小さく頷く。それを見て、仕入担当が手元に置いてあった本を取り出して、「実は、いまこの本を読んでいるんですが・・・」と言って、みんなに見える ようにかざした。表紙には「在庫管理」という言葉が見える。
「それは、おれがまだ読んでいない本だな。いつ出た本 だ?」
物流部長が、妙な質問をする。
「最近出たばっかりの本です。どうせ読むなら 新しい方が いいと思ったものですから・・・」
物流部長が納得したように頷いて、自慢たらしく余計なことを言う。
「おれは在庫管理の本を10冊も読んだから な。その後に出た本だな」
「あ、部長が10冊本を買ったって話は聞きました。社内で評判になっています。あ、私は、この本は自分のお金で買いました」
「余計なこっちゃ。それで何が聞きたいんだ?」
仕入担当が苦笑しながら本を開いて、話を切り出した。
「実は、最初読んだときは、なるほどって感じで、すらすらと読んでしまったんですが、在庫管理のプロジェクトに入れって言われて、改めて じっくり読み返してみたら、納得できないところがたくさん出てきたんです。それで、仕入量について検討する前に納得しておきたいなって思ったものですか ら・・・」
仕入担当はそう言って、みんなを見回した。みんな興味深 そうに彼の顔を見ている。物流部長が「そうか、いいよ。それで?」と先を促す。仕入担当が頷いて、開いたページを読み始めた。
「ここに発注方式は四つあるって書いてあるんです。先ほど先生がおっしゃったように、定期か不定期か、それに定量か不定量かの組み合わせで 合計四つです。ところが、実際に使われるのは、定期不定量と不定期定量の二つだけで、定期定量は量が安定していないと使えない。不定期不定量は必要なとき に必要なだけ買えばいいので在庫管理は必要ない。だから発注方式は二つだけだと書いてあるんです」
ここまで言って、仕入担当が顔を上げた。物流部長が「なるほど、それで?」とさらに先を促した。自分の意見を述べたいけど、彼が何を言いた いかを確認してから答えようと構えている風だ。仕入担当が続ける。
「定期不定量と不定期定量の二つしかないなんておかしくありません? 不定期というのはある基準に達したら発注しろって書いてあって、不定量は必要量をそのつど見積もれって書いてあるんですよ。それなら、ある基準に達したと き必要量を見積もって発注する不定期不定量というやり方があってもいいじゃないですか?」
「うん、いい。お前の言うとおりだ。それは、 その本がおかしい」
物流部長があっさりと即答した。質問した仕入 担当が怪訝そうな顔をする。それを見て、物流部長が付け足した。
「おれは、10冊読んだけど、おかしい部分が いっぱい あった。先生もおかしな本が少なくないって言っていた。だから、おまえの疑問が正しい」
 
「発注点を個数で固定するからダメ」 物流部長が解説した
仕入担当が「そうですか」と言いながら、別の ページをめくった。
「これもわからないんですが・・・。こんなこと言っているんです。えーと、あ、これです。不定期の発注基準なんですが、50個とか100個 といった発注点となる数を明確に決めておくことが必要だって書いてあるんです」
こう言って、仕入担当は首をひねった。
「それはおかしい。これまで発注点を固定的に 決めてきた から、在庫管理がうまくいかなかったのだから」
物流部長が、またすぐに答えを出した。物流部 長の一人舞 台だ。仕入担当が「そうですよね」と言って、さらに疑問を呈した。
「そ の後に、こう言っています。この基準は注文したものが納入されるまで、50個とか100個持っていれば大丈夫だということが前提になるって言うんです。こ れもおかしいですよね。注文したものが納入されるまでって、これはリードタイムのことでしょ。リードタイムに該当する個数はどんどん変わるはずです。それ を固定して発注点は何個にするなんて基準として決めてしまうなんてできないと思うんです。部長が言うように、やっぱりおかしいです、この本は。なんか腹立 つなー」
気をよくした物流部長が、発注点の解説をはじ めた。
「発 注点法というのは、一日当たり平均出荷量を移動平均で毎日出して、その数値で毎日の在庫残を割って何日分になるかを出し、それがリードタイム日数とぶつ かったときに発注するということだ。あるいは、一日当たり平均出荷量をリードタイム日数に掛けてリードタイム日数に該当する在庫量を出し、それをいまある 在庫量とぶつけてもいい。いずれにしろ、お前の言うように、発注点を固定して決めるなんてありえないってことだ」
みんなが頷くのを見て、物流部長が満足そうな 顔をする。 調子に乗って物流部長がまた何か言おうとするのを美人弟子が遮るように仕入担当に質問した。質問に何か狙いがあるようだ。
「不定期定量の場合、その本では、定量はどう決めるって 書いてありますか?」
美人弟子に質問され、仕入担当が慌てて該当する箇所を探す。
「あ、ここです。えーと、あ、そうでした、こ れも納得いかないのですが、経済的発注数量を計算しろって書いてあります」
美人弟子が頷く。物流部長が答えようとする前 に、今度は、体力弟子が解説した。
「そ れは、一定期間の需要が読めることが前提で、一定期間は毎回それを発注することになります。需要が極めて安定しているときは、定期的に定量で発注すること になるのですが、それを需要が変動しているときに不定期発注に使うと、出荷量が増えているときは短期間の発注が繰り返されることになります。まあ、それを 使うのは間違っているとは言いませんが・・・」
体力弟子の言葉を聞いて、仕入担当がすぐに反 応した。
「それが困るんです。発注間隔が変わるのが。 万一、毎日発注なんてなったらメーカーさんから文句が出ます。できたら、一週間に一度くらいの発注にしたいんですが・・・」
その言葉を聞いて、美人弟子が待ってましたと いうように大きく頷いた。
「はい、その考えはいいと思います。発注量を どうするかの答えがいま出ました」
仕入担当が何かに気がついたように小さく頷いた。そして、何か言おうとするが、うまく言葉が出ない。それを見て、体力弟子が代弁した。
「一週間に一度くらいの発注にしたいということは、一週 間分の発注をしようということですよね。つまり、在庫としては一週間分を持つということになります」
「あっ、そうですよね。そういうことになります」
仕入担当が、自分に確認するように答える。今度は、物流 部長が弟子たちに質問をする。
「不定期とはいえ、定期発注に近いかたちで運用するということですね?」
「はい、発注のタイミングを発注点でやりますから不定期と言っていますが、発注間隔は、基本的に一定間隔を保とうという考えです。もちろ ん、一週間ごとといっても、出荷が増えているときは前倒しで発注がかかり、出荷が減れば発注が先延ばしされます。そうやって、出荷動向に在庫量を合わせよ うというのが本来の狙いですから一定間隔というわけにはいきませんが・・・」
美人弟子の説明に頷きながら、物流部長が自分に確認するように補足した。
「出荷の変動に発注間隔で対応するというのが不定期発注 のポイントですよね。それほど大きな変動がなければ、在庫日数が発注間隔になるということですね」
 
「おっしゃるとおりです。よく理解されています。在庫管理の先生ができますね」
 美人弟子の褒め言葉に物流部長が嬉しそうに、また余計なことを言う。
 
「いやー、先生なんてとんでもないです。でも、依頼があったら、先生やってみようかな・・・」
 問屋側の全員が苦笑する。営業部長が呆れた顔でシビアな意見を吐く。
「やめておいた方がいいよ。こういうやり取りの中ではときどき良いことを言うけど、体系的に理解しているわけではないだろうから」
「そんな、痛いとこ突くなよ。冗談で言っているんだから」
「あんたは冗談が冗談でなくなることが多いから、親切に忠告してやったのさ。なあ?」
営業部長に振られて、問屋側の全員が大きく頷いた。分が悪くなった物流部長がすぐに話を本題に戻した。
「それでは、発注量は原則一週間分ということでいいな。 一週間分の在庫で運用するということだ。さっきの事前承認を別にすれば、これでいけるな」
「いけるな、じゃなくて、これでいくというの がわが社の在庫方針だということで決定しよう」
営業部長の言葉に物流部長が大きく頷き、結論 を出した。
「よし、それでは、これについて社長の承認を 取って、全支店に通達する。ところで、このシステムを組まなければいけないんだけど、細かい計算法については後で打ち合わせをすることにして、在庫管理の 考え方については理解できたよな?」
物流部長の念押しにシステム担当の二人が大き く頷いた。自信を持った物流部長の仕切りに弟子たちが感心したような表情を見せた。
 
 その頃、大先生事務所では・・・
大先生事務所では、大先生が原稿書きに飽きたのか、会議テーブルでタバコを片手に本を読んでいた。女史が、お茶を入れに立ち上がり、給湯室 から大先生に声を掛けた。
「問屋さんでの会議は、もう終わる頃ですか ね?」
大先生が顔を上げ、壁の時計を見る。
「あれ、もうこんな時間か。会議ねー。もう終 わったろう。物流部長は叩かれて、今頃シュンとしているんじゃないか・・・」
「先生の原稿は進んでいますか?」
「原稿? そうか、原稿があったんだ。気分転換に、そこに置いてあった在庫管理の本を読み始めたら、おもしろくてとまらなくなってしまった」
「へー、そんなにおもしろい本なんですか」
「まさに抱腹絶倒ってやつさ。いや、立腹絶倒 かな。よくもまあ、こんないい加減なことを書けるもんだ」
「あっ、最近買った本ですね」
 
「在庫管理の本の著者を集めて、在庫管理とは何かっていうテーマでパネルディスカッションでもやったら、おもしろいだろう な。おれは絶対に聴きに行く」
「あら、先生は出ないんですか?」
「おれの本は薄いから、パネリストには選ばれないな」
 大先生と女史の会話はまだまだ続きそうだ。


湯浅和夫の物流コンサル道場「ロジスティクス編」
『月刊ロジスティクス・ビジネス』 連載第55回 (200611月号)
メーカーの担当者を連れて物流部長が事務所を訪ねてきた
 まだ十一月初めだというのに、やけに寒さが 厳しいある日、いま大先生がコンサルをしている問屋の物流部長が、取引先であるメーカーの物流センター長を連れて大先生事務所にやってきた。
 問屋で補充システムを構築する過程で、その メーカーの納期が不安定なことが問題となり、物流部長は解決のため交渉に出かけた。ところが、逆にそのメーカーのセンター長に相談を持ちかけられてしま い、「それなら先生を紹介しましょう」という話に発展したようだ。
  物流部長は大先生事務所に「もしかしたら先生のお客さんになるかもしれません。こんど連れて行きますから。やー、先生事務所の営業マンってとこですかね、 私は」などと調子のいい電話を掛けてきたが、応対に出た女史に「先生にはそんなことを口が裂けてもおっしゃってはいけませんよ」と釘を刺された。「はい、 わかってます。絶対に言いませんので日程調整をお願いします」というやり取りを経て、今日の訪問が実現した。
 弟子たちは外出していて、今日の応対者は大 先生一人である。大先生と向かい合い、センター長はかなり緊張しているようだ。物流部長もいつもと違った状況に緊張を隠せない。
 
「それで、今日は何?」
 初対面のセンター長の名刺を見ながら、大先 生が物流部長に聞いた。突然、用件に切り込まれて、物流部長は慌てた。
 
「はぁ、えーとですね、こちらのセンター長が在庫に困っておりまして
‥‥。えー、相談を受けたものですから、私ではなんです から、先生にご相談したらということになりまして。はい、それで伺いました」
 
「聞くところによると、すでにあんたは在庫管理の達人の 域にあるようだから、十分対応が可能なんじゃないの」
 
「また、そんな。誰がそんなことを言っているんですか」
 
「弟子たちだよ」
 
「へー、そうですか。先生方が。へー」
 物流部長はなぜか嬉しそうだ。それを見て、 大先生が呆れた顔をする。
 
「妙な人だ。それにしても、よく、こんな妙な人に相談したね」
 大先生に問われて、センター長が苦笑しながら、緊張気味に答える。
 
「はい、部長さんにはご迷惑をお掛けしていますので、私 どものセンターの実情を隠さずお話ししまして、見ていただきました。そしたら、部長さんの会社でいま進めておられる『理に適った物流センター』のお話をお 聞きしまして。大変感心いたしました」
 センター長が話している途中から、物流部長 がしきりに自分の顔の前で手を振っている。それを見て、センター長が話をやめた。
 
「いや、それは先生の受け売りですから
‥‥
 言い訳する物流部長に大先生が聞いた。
 
「理に適った物流センター? それは何だったっけ?」
 かまわれているかもしれないと思いながら、 それでも物流部長は素直に答えた。
 
「はい。市場が必要とする在庫しか置かない、意味のない物流サービスはやらない、センター内作業から徹底して無駄を省くという 三要素をベースとした物流センターのことです。いま先生からご指導いただいて作っている最中です」
 
「そういう物流センターに興味を持ったってわけだ?」
 大先生の問い掛けにセンター長が大きく頷いて、話を続ける。
 
「はい。私どもには本社に物流部がありまして、そこの部長が、これからの当社の物流をどうすればいいのか、どこに切り口を見出 せばいいのか悩んでおりました。 そこで、理に適った物流センターの話をしましたら、『物流センターを切り口にするのはいい。それならできそうだ』と大変興味を持ったようです。本当は今 日、一緒に来たいと言っていたんですが、前から入っていた用事がどうしても外せなくて、残念がっていました。先生にくれぐれもよろしくお伝えしてくれと言 われてきました」
 センター長が一息つくと、物流部長が口を挟んできた。
 
「本当は、先生にお会いするのがこわいので、まずセンター長に様子をみてこいということなんじゃないの?」
 
「また余計なことを。おれがこわいわけないだろう。もともと、おれはやさしい。コンサルでは教育しているだけさ」
 大先生と物流部長のやりとりを聞いて、セン ター長が申し訳なさそうな口調で間に入った。
 
「あのー、こわいとかじゃなくて、ほんとに用事があった んです」
 
「在庫がセンター をだめにしている」 物流部長が楽しそうに話す
 センター長は、根っから真面目な性格のよう だ。大先生が苦笑しながら、先を促す。
 「いいから。彼の言うことはいちいち気にし なくていい。ところで、在庫が問題だとか言っていたけど、まずは在庫にメスを入れたいわけ?」
 センター長が「はい」と言って説明しようと するのを物 流部長が遮った。
 
「それはもう、在庫は多いです。在庫が物流センターをだめにしている感じです。先生が見たら『ここは物置か』って言いますよ、 きっと」
 物流部長の言葉に大先生は何も反応しない。 まずいという顔で物流部長が続ける。
 
「在庫が、通路はもちろん隙間があればどこにでも置かれているって感じでした。出荷場所にも在庫が置かれていて、出荷の邪魔を してました。倉庫の外にトラック が何台も止まっていて、なんか物流センターに向かうトラックらしいですけど、出荷場所から結構な距離をフォークリフトが走って積み込みをしてました。あれ は、作業効率悪いですわ。テントを張って、そこを仮の積み込み場所にすると、いつの間にか在庫置き場になっているんだそうです」
 そこで、物流部長は一息ついた。それを待っていたかのように大先生が口を挟んだ。
 
「そんな批判的な物言いができる立場にはないんじゃないの、自分の会社のセンターと似たり寄ったりだろ」
 
「はぁ、たしかに、どっかで見た光景だなとも思いました。すんません」
 物流部長の言葉にさすがの大先生も思わず 笑ってしまった。センター長も笑っている。物流部長がセンター長に向かって「すんません」を連発している。大先生が確認するように聞いた。
 
「工場の外にも倉庫を借りている?」
 
「はい、二カ所ほど借りてます。倉庫の借り賃や横持ちの トラック代など明らかに無駄としかいいようのないコストが発生してます」
 センター長が正直に答える。
 
「物流側で在庫の補充をしたい」 センター長が改革の構想を披露した
 
「なんか、データを持ってきたんじゃなかったっけ、在庫の?」
 突然、物流部長がセンター長に確認した。
 
「はぁ、でも今日の段階ではお役に立たないと思うんです が
‥‥
 そう言って、センター長がカバンから在庫表 のようなものの束を取り出した。
 
「入出庫と在庫残の動きを一覧表示したものです」
 在庫アイテム別に一枚ずつになっていて、日付と入庫 量、出庫量、在庫残が並んでいるだけの簡単なものだ。物流部長がしげしげと眺めている。突然、感心し始めた。
 
「すごいな。出荷に合わせて入庫されている。出荷量が大きいから、事前に情報をつかんで、その出荷に合わせて在庫を手配したん ですね。大したもんだ」
 しきりに感心する物流部長に大先生がぼそっ とつぶやいた。
 
「たしかに、出荷に合わせて手配したのなら大したもんだけど、その逆かもしれないぞ」
 大先生の言葉にセンター長が即座に反応した。
 
「はい、おっしゃるとおりです。逆です。大量に入荷したので、溜まっていた受注残を出荷しただけです」
 センター長の説明に物流部長が何か思い出し たように、大きく頷いている。
 
「そう言えば、おたくは結構欠品が目立っていたな。そうそう、うちでも、あそこは欠品するかもしれないから多めに頼んでおいた ほうがいいなんて言っていたことがある。困るんだよな、それでは」
 
「申し訳ありません。ご迷惑をお掛けしています
‥‥
 物流部長に頭を下げるセンター長に大先生が確認する。
 
「それは、全社欠品?」
 
「いえ、うちには九カ所のセンターがあるんですが、どこかのセンターには余った在庫があるんです。在庫が偏在しているんです。 それに困っています。補充担当者が営業サイドの人間なものですから」
 
「各センターがそれぞれ工場に発注している?」
 大先生の問い掛けに、ちょっと恥ずかしそう な顔でセンター長が頷く。
 
「うちは変則的なのかも知れませんが、主管支店ごとにセンターを持っていて、主管支店の発注担当者が営業の情報や要望を加味し て在庫の補充をしています。補充 システムがあって、発注点なども設定してあるようですが、営業の予算に合わせて在庫を確保したり、売れそうだと思うものは多めに取ったりしています。それ らが在庫として溜まってしまっています」
 
「別に変則というわけでもないよ。どっかの問屋さんも同じさ」
 
「はい、たしかに、うちも同じことやっています」
 大先生の皮肉に物流部長が素直に応じる。セ ンター長が苦笑しながら、続ける。
 
「そこで、在庫補充を物流側でやれないかというのが部長の考えです。幸か不幸か、うちの発注担当者はそんな仕事やりたくないと 思っていて、『そっちでやるなら やってもいいよ』なんて言っていますので、まず私のセンターで先行して成功事例を作って、それから全センターにそのやり方を展開したいと部長は考えていま す」
 
「一点突破、全面展開ですな。かっこいい」
 なぜか物流部長が嬉しそうな顔をする。セン ター長は戸惑った表情だ。
 
「先生は頼まれると断れない性格」 物流部長の指摘に呆れ顔の大先生
 突然、センター長が座り直して、意を決した ように話し出した。
 
「ただ、物流側で補充をやるといっても、実際どんな仕組みでやればいいのかわかりません。そこで、この補充システムの導入のご 支援をいただけないかということで、今日お願いにあがったわけです」
 突然お願いされて、今度は大先生が戸惑った 表情を見せる。物流部長がすかさずセンター長に妙な助け舟を出す。
 
「私がお願いするのもなんですが、困っているようですので、なんとかお願いできないでしょうか。先生は頼まれると断れない性格 ですよね」
 
「また、余計なことを。ほんと口数が多いな、あんたは。 まあ、おたくはあんたがしっかりしているから、もう手間はかからないな。それでは、こっちの会社もやってみるか
‥‥
 大先生の言葉を聞くなり、物流部長が身を乗 り出した。
 
「また何てことをおっしゃるんですか。私のところも、まだまだ手間がかかりますよ。手間だらけです。ですから、私どものご指導 の合間を縫ってやっていただくということでお願いします
‥‥はい」
 パーテーションの向こうで女史が笑いを堪えている様子が伝わってくる。大先生は呆れた顔で何も言わない。最近は、大先生も物流部長にはか なわない様子。これからも物流部長の一人舞台が続きそうだ。

湯浅和夫の物流コンサル道場「ロジスティクス編」
『月刊ロジスティク ス・ビジネス』連載第56回 (200612月号)
体力弟子と 物流部長が風邪でダウン 「今年の風邪は妙だ」と問屋の社長
 
「今日は寒いなー」
 いつも通り午後になってから大先生が 事務所に顔を出した。外は木枯しのような風が吹いている。美人弟子と女史が大先生を出迎えた。いつも勢いよく飛び出してくる体力弟子がいない。大先生が、 あれっという顔をする。
 
「風邪を引いたかもしれないので、用心のため家で仕事するそうです」
 女史が、大先生の怪訝そうな顔を見 て、すぐに事情を説明した。
 
「寝冷えでもしたのか?」
 
「はい、会社で寝冷えしたようです」
 
「そうか、寝冷えか‥‥なに、会社で?」
 
「はい」
 
「ふーん。よく寝るやっちゃ。今度、 会社で腹巻買っておいて、仕事する前に着けさせろ」
 女史が「はい、そうします」と言いな がら、けらけらと笑っている。体力弟子が腹巻を着けた姿を想像しているようだ。
 
「まあ、会社ならいい。お客の前で寝なければ‥‥」
大先生が体力弟子の話を終わらせようと したら、女史が何かを思い出したようだ。
 
「あっ、それがですね」と言いなが ら、また一人で笑っている。大先生がまさかという顔で聞く。
 
「お客と話をしながら寝てしまったのか?」
 
「いえ、お客様ではなく電話しながら寝てしまったんですよ。ねぇ?」
 美人弟子に念を押す。美人弟子が 「あー、あれ」と言いながら、苦笑する。大先生の興味深そうな顔を見て、美人弟子が説明する。そのときのことを思い出したのか、女史は笑いをこらえるのに 必死だ。
 
「あれは、電話で話をしながらという か、電話があって、メール差し上げた件でと言われて、まだ見てなかったようで、慌ててメールを開いたそうです。それが、やたらと長いメールだったらしいん です‥‥」
 
「なるほど、それを読みながら寝てしまった?」
 大先生が確認する。女史は苦しそうにお腹を抱えている。美人弟子が「まあ、あり得ること」という風情で続ける。
 
「はい。なんか遠くから、もしもしって声が聞こえるので、隣を見ると、机に突っ伏して眠っていたんです」
 
「それでどうした?」
 
「電話ですよって起こしたら、慌てて受話器を取って、はい、わかりましたって言って切ってしまったんです」
 
「それで、何の電話だったんだ?」
 
「原稿の依頼だったそうです‥‥」
 
「それなら、別に問題ないな」
 
「ところが、メールをよく見たら、あまり書きたくない原稿だったらしく、受けてしまって失敗したって、いまも言っています」
 
「なに言ってんだ。失敗したのは、受 けてしまったことじゃなく、その前に寝てしまったことだろ。もっと論理的に考えないとダメだ」
 その場にいない体力弟子に大先生の説 教が始まったとき、事務所の扉が開いた。
 
「こんにちは。お邪魔します」
 そう言って、いまコンサルをしている 問屋の社長が顔を出した。後ろから営業部長と若い男が続いて入ってきた。入った途端、大先生と顔を合わせ、社長がびっくりしたように立ち止まった。それに 合わせて営業部長も止まったが、最後の若い男は、止まれず営業部長の背中にぶつかった。営業部長が邪険に振り払う。
 
「あっ、すみません」
 明らかに緊張している様子だ。顔もからだも強張っている。大先生が、なんか珍しいものでも見るように興味深そうな顔で、その男を見てい る。社長が、その男を紹介しようとしたとき、大先生が聞 いた。
 
「あれ、物流部長は?」
 そう言えば、いつも元気よく先頭で入ってくる物流部長がいない。社長が、慌てて説明する。
 
「あっ、申し訳ありません。物流部長は、風邪で寝込んでしまって、今日は失礼させていただきました」
 
「へー、ほんとに風邪ですか?」
 美人弟子が思わず聞いてしまう。社長 が、待っていましたという感じで大きく頷く。
 
「それが、ほんとに風邪を引いたらしいんですよ。これこそ、まさに鬼の撹乱です。もう、社内で大変な話題になっています。 ねぇ?」
 
「はい、一昨日ですが、なんか具合が悪そうでしたので、熱をはからせたら、なんと四〇度近い熱 があったんです。慌てて家に帰しました。ですから、ほんとに風邪です」
 社長に促されて、営業部長が楽しそう に説明する。美人弟子が、体力弟子も風邪で休んでいることを告げると、社長がびっくりした顔で感想を述べる。
 
「今年の風邪は妙ですね」
 美人弟子と女史が大きく頷いた。
 
「営業部長が嫌いになったの?」 大先生が意地悪な質問をした
 
「ところで、この人は誰?」
 会議テーブルについた途端、大先生が 営業部長の隣にちょこんと座っている若い男を見ながら、社長に聞いた。若い男は、大先生に見られたせいか、顔を真っ赤にして、もじもじしている。物流部長 と同じように小太りだ。丸顔にかけた丸い眼鏡が似合わない。社長が頷いて説明する。
 
「ご紹介が遅れました。今度、彼を物流部長の下につけました。以前は営業を担当してまして、営業部長の部下であった時代もあり ました。歳は三〇です。物流をやりたいって自分から申し出て きたのです」
 黙って下を向いたままの彼に営業部長 が肘で突っつく。慌てて立ち上がり、名前を名乗り、「よろしくお願いします」と言って、ぺこたんと頭を下げた。
 
「そうか、営業部長が嫌になって、物流部長に走ったのか?」
 大先生が意地悪な聞き方をした。そんな質問をされるなど予期もしていなかった物流部の新入部員は、答えに窮し、ただ顔をゆがめている。よ せばいいのに、そこでつい大先生の顔を見てしまった。 大先生が優しく頷くのを見て、思わず一緒に頷いてしまった。
 
「そうか、おれが嫌になって、物流をやりたいだなんて言いだしたのか?」
 今度は、営業部長に意地悪な質問をさ れ、新入部員は、もうパニック状態で、ただ首を振るだけだ。それまで笑って見ていた社長が助け舟を出した。
 
「先生の講演をお聞きして、物流に興味を持ったんでしょ」
 そう言って、社長は、彼のたっての願 いで美人弟子の講演を受講させたことを話した。大先生が、また意地悪な質問をした。
 
「たっての願いって、彼女に会いたかったの、それとも話を聞きたかったの?」
 美人弟子がニコニコしながら新入部員 の顔を見ている。今度は、美人弟子の視線を受け、新入部員は依然としてパニック状態から抜け出せない。声が出ず、目があちこちさまよっている。それを見 て、美人弟子が助け舟を出すように本筋の質問をした。
 
「物流の何に興味を持ったのですか?」
 ようやく答えられる質問に出会ったのか、新入部員は、安心したように頷いた。ひとつ大きく溜息をつき、うつむき加減で話し出した。
 
「実は、前はですねー、物流なんかつまらない仕事だと思っていたんです。すみません。正直言うと‥‥」
 
「別に謝る必要はありませんよ。それで?」
 美人弟子が先を促す。大先生をはじめ 社長も営業部長も興味深そうな顔で新入部員の言葉を待っている。
 
「お客さんに、あれ持ってこい、これ持ってこいって言われて、はいはいと言って商品を揃えて、届けるだけの仕事に思えたんで す」
 大先生が何か言いたそうな顔をした が、何も言わず、先を促すように頷いた。それを見て、新入部員は、安心したように続けた。
 
「もちろん、そのような物流の現場が重要なことはわかっています。いくら格好いいことを言っても、現場がだめだったら、何にも ならないことも承知しています」
 今度は、大先生が、安心したように頷いた。新入部員が続ける。
 
「でも、正直なところ、私は、物流の現場には関心がありません。物流の現場に入りたいとは思い ません」
 新入部員が、物怖じせずそう言ったとき、大先生が、にっと笑った。大先生の顔を見て、一瞬、新入部員は怯んだような様子を見せた。大先生 が、気にするなというように頷く。新入部員が、恐る恐る話を続ける。
 
「実は、先月のはじめ頃、物流部長と一杯やったんです‥‥」
 その一言を聞いて、社長が身を乗り出した。営業部長が身構えた。新入部員はただならぬ雰囲気を察したのか、言葉が続かない。大先生に「そ れで?」と促され、ようやく続ける。
 
「物流部長の言葉に衝撃を受けた」 新入部員が告白する
 
「そのとき、実は、理に適った物流っていう話をお聞きしたんです。部長もこの話がお好きらしく、ビールをがっぱがっぱ飲 みながら、楽しそうに話していました。実は、この話は、自分にとって衝撃でした。頭をガツンと殴られたようでした。なんというか、とても新鮮でした。いま まで自分は何をしてきたのかと‥‥そんな気持ちにまでなりました」
 
「物流部長はがっぱがっぱで、あんたはしんみりか? これまでの自分の世界とは対極の話だったから?」
 大先生の言葉に新入部員が嬉しそうに 頷いて、堰を切ったように話し出した。意外に、話し出すと雄弁なやつだ。
 
「そうなんです。在庫も物流サービス も物流作業も理に適った存在になっているかという視点から見直すという話は、自分にとっては想像だにできない発想でした。会社の中にそんなことを本気で考 えたり、やろうとしているところがあるのに驚きました」
 
「そうだったの。それで、それを自分でやりたいと思ったのね」
 社長が、納得したように言葉を挟んだ。それに頷きながら、新入部員は勢いよく話を続けた。
 
「はい、これまで営業をやっていて、自分は、売り上げをあげるためには、在庫はできるだけたくさん持っていたいし、それが残っ たって気にしませんでした。物流サービスは、ごちゃごちゃ言わないで、お客さんが言うとおりに提供すればいいんだよと思ってました。物流作業なんて眼中に ありませんでした。とにかく、売り上げをあげれば文句はないだろう。物流なんぞにがたがた言われる覚えはないって思っていたというのが正直なところです。 営業といっても、自分だけかもしれませんが‥‥」
 
「いや、営業の連中は、大体同じようなもんだ。 おれも、前はそうだった」
 営業部長が素直に同意した。そして、 気になっていることを確認するかのように質問した。
 
「そんなおまえが、物流部長の弁舌に感動したってわけか?」
 
「いえ、弁舌にというわけではなくて、自分でも不思議なんですが、理に適ったっていう言葉なんです。その言葉を聞いた途端、条 件反射みたいに自分が反応したんです。これまで理不尽な世界にいたせいか、その言葉を聞いたとき、理に適った仕事をしてみたいと無性に思ったんです」
 
「それで、先生の講演を聞きたいと思ったの?」
 社長の確認に新入部員が格好よく答える。
 
「はい、理に適った存在にするためには在庫管理と物流ABCが必要だと部長から聞いたものです から、是非お話を聞きたいと思いました。そして、お話を伺って、たしかに理に適っていると確信しました。そして、会社に戻って、すぐに社長に異動のお願い に行ったのです」
 社長が大きく頷く。営業部長は感心し たような顔で新入部員を見ている。美人弟子は、半信半疑といった顔をしている。大先生は、不安気な表情を隠さない。そして後日、この大先生の不安は遠から ず当たることになる。



湯浅和夫の物流コンサル道場「ロジスティクス編」
『月刊ロジスティクス・ビジネス』連載第57回 (20071月号)
問屋の全支 店の幹部を集めて ロジスティクス導入会議を開催
 
「もう始まりましたでしょうか?」
 女史が大先生に声を掛けた。大先生事 務所は、大先生と女史の二人だけだ。大先生は、出版社の担当者に叱咤激励され、脅され賺されて、ようやく懸案だった本の原稿を書き上げたばかり。会議テー ブルでたばこを喫いながら、のんびりムードに浸っている。
 女史に声を掛けられ、雑誌を眺めていた大先生が物憂げに答えた。
 
「始まったって何が?」
 
「えっ、決まってますよ、問屋さんの会議です」
 
「そんなの決まってねえよ。そうやって勝手に決めつけるなよ。大体、何時からなんだ、それは?」
 
「二時って言ってました」
 
「なんだ、もう二時を過ぎているんだから、始まっているさ。わかりきったことだ」
 相変わらず、大先生と女史の会話はかみ合っていない。今日は、大先生がコンサルを担当している問屋で、ロジスティクスの根幹をなす在庫管 理システムができあがり、それをベースにこれから仕入れを行うことにするため、全支店から支店長や営業、仕入れの責任者が集められた。
 これまでの売り方や仕入れ方が否定されるらしいという噂が、会議の開催前から各支店に広がっていた。そのため、何となく重苦しい雰囲気が 会議室を覆っている。
 大先生事務所からは、弟子二人がオブ ザーバーとして参加している。会議を仕切るのは物流部長だ。大先生は、自分が出たらみんな畏れをなして意見を出さないだろうから出ない、といって参加しな かった。
 
「今回は、途中からスポットライトを浴びて突然登場するという趣向はないんですか?」
 女史が、可笑しそうに聞いた。前回の 全社会議のとき、問屋の社長と示し合わせて途中から大先生が突然登場し、場が騒然となったことがあった。
 
「前回だって行きたくなかったんだけど、社長に是非と頼まれたからな。今回は、最初から絶対に 出ないと言ってあるから、大丈夫。あっ、それに、別にスポットライトが当たっていたわけじゃない。あれは後光が射していたのさ」
 なんだか大先生は、楽しそうだ。女史 が呆れて「コーヒーでも煎れましょう」と言って、給湯室に向かった。
 その頃、問屋の会議室は、緊張した雰 囲気に包まれていた。はじめに社長が、「これから新しい仕入れのシステムを提案しますので、よく聞いてください。それを全社に導入するかどうかは、この会 議で決めますので、率直に意見を出してください」と簡潔に会議の目的を述べた。
 ウォームビズで暖房の温度を落として いるにもかかわらず、五〇人近い人で埋まった会議室は、熱気に包まれていた。社長の挨拶が終わると、多くの出席者が上着を脱いだ。中には腕まくりをしてい る者もいる。手ぐすね引いて物流部長の報告を待っているという雰囲気だ。
 弟子たちが物流部長をそっと見た。物 流部長は楽しそうに、みんなの様子を見ていた。妙に落ち着いている。そんな物流部長を見て、弟子たちは、すぐに数日前のことを思い出した。
 
支店長からの言い掛かりに物流部長が挑発的に答える
 数日前、物流部長が、この会議の事前 打ち合わせのために大先生事務所を訪れた。物流部長が、事前に何人かに根回ししておいたほうがいいか、大先生に意見を求めた。いつもの大先生なら、そんな 質問には答えないが、物流部長の不安げな様子を見て、大先生が発破をかけた。
 
「ここはぶっつけ本番だな。あんたは、終始一貫、理を通せばいい。理という刀は切れ味鋭いぞ。 理不尽な言い掛かりなど一刀両断にすればいい。何十人切ろうが、刃こぼれしないから大丈夫だ」
 大先生にこう言われて、物流部長は腹 が据わったようだ。追い詰められるほど、物流部長は強くなるタイプだ。支店長たちが、今日の敵である物流部長をちらちら見るが、物流部長は泰然自若の風情 だ。自信ありげな物流部長を見る支店長たちのほうが、むしろ落ち着かない様子だ。
 社長の合図で物流部長が立ち上がり、 配布資料をもとに説明を始めた。その内容は、基本的に出荷の動きに合わせて仕入れ、それによって必要最小限の在庫を維持するということだ。以前、弟子たち の指導で社内の関係者を集めて意見を聞き、まとめた内容である。
 物流部長は、この説明を三〇分ほどで 済ませてしまった。そして、最後に妙な締め方をした。
 
「簡 単に説明しましたが、要するに、当たり前なことをやろうということです。ですから、考え方も原理も単純明快です。あまり説明することがないのです。以前、 先生が『おれの在庫管理の本は日本で一番薄い本だ。その原理はあまりにも単純で、書くことがないからな』っておっしゃってましたが、今回、資料を作ってま して、それを実感しました。えー、さて、それでは、質疑に入りたいと思います。ご意見をどんどん出してください」
 物流部長が座って、みんなを見回す。 誰も口火を切ろうとしない。みんな、同じように俯いて資料を繰っている。ただ、みんなの目が、ちらちらとある人物に集中している。こういう場でいつも口火 を切る東京支店長だ。この支店長は役員でもある。みんなの目を意識したかのように、件の支店長が「ちょっといいかな」と物流部長に声を掛けた。物流部長が 頷く。
 
「この不定期何とかっていう方式は、言いづらいから、名前を変えたほうがいいな‥‥」
 会場に苦笑が広がった。物流部長は何 も言わない。ちょっと白けた空気が流れる。それを振り払うように、東京支店長が大きな声を出した。
 
「それはいいとして、その方式で出荷の動きに合わせて在庫を持つとか言っとったけど、急激に需 要が増えたら、追いつかないんじゃないか?」
 想定内の質問だったのか、物流部長が すぐに答える。
 
「私どもの試算では、週に二倍弱くらいの増加なら何とか対応できます」
 
「それなら、三倍、四倍になったら欠品になってしまうじゃないか。お客さんに迷惑を掛けてしま う。どうするんだ?」
 
「支店長のところでは、いままでそんな急激な需要増に欠品を出さずに対処できてきたんです か?」
 今度は、物流部長が逆に質問した。慌 てて支店長が隣に座っている支店の営業部長に何か聞いている。営業部長は首を振っている。物流部長は、答えを待たずに、さらに追い討ちをかける。
 
「大体、そんな商品、めったにないでしょう? あったとしても、それは事前にわかるのではない でしょうか。その場合は新しい方式でも、当然別途に対処します。それでいいのではないでしょうか?」
 物流部長のダメを押す言い方に支店長 が小さく頷いた。それを見て、別の支店長が、軽く手を上げた。物流部長が頷く。
 
「先ほど、安全率を九八%にするという話があったけど、これは二%も欠品が出るということだ ろ? そんなに欠品が出たら、お客さんが納得しないと思うけど‥‥」
 この質問に物流部長は顔をしかめて、 挑発的な答えをした。
 
「支 店長は、いま、どれくらい欠品が出ていると思いますか? 私どもが調べた結果では、大体どの支店でも五%を超えてますよ。ちなみに、支店長のとこでは、返 品が八%を超えてます。つまり、五%を売り損じて、八%の売り上げを消しているわけです。欠品を二%程度に抑えれば、お客さんはむしろ喜ぶと思います が‥‥」
 質問にない返品まで入れた物流部長の 話に、この支店長も隣にいる支店の営業担当に何かを確認している。隣の営業担当が小声で答えるが、その答えが気に入らなかったのか、支店長が声を荒げた。
 この様子を見ていた常務が身を乗り出 して何か言おうとするのを社長が手で制した。ここで常務が一喝でもしようものなら、もう誰も何も言わなくなってしまう。社長が、みんなに声を掛けた。
 
「これまでのやり方は、発注点を固定的に決めていて、発注量は適当に決めていましたね。その結 果、欠品が出たり、在庫が余ったりしていました。それをリードタイム日数という枠で発注点を知り、一週間という在庫日数分を発注しようというものです。こ の原理はわかりますね?」
 社長の言葉に全員が頷いた。社長が続 ける。
 
「先 ほど、物流部長が言ったように、この仕組みは単純明快です。原理が頭の中で理解できるからこそ、安心できるのです。人間の判断が入るとそうはいきません。 人間の判断をできるだけ排除しようというのが、今回のやり方なのです。いいですね。その結果、これまでとは違ったルールがいくつか入ってきます。それらに ついてはどうですか?」
 社長に促されて、別の支店の営業担当 が手を上げた。社長が頷く。
 
「こ の方式については理解できます。ただ、やっぱりメーカーさんと交渉して安く仕入れるということも現実的にはあると思います。その場合、ある程度まとめて仕 入れることも必要になりますが、この場合は、先ほどのご説明では、本社の承認が必要だということですが、これは例外なしにすべてが対象ですか?」
 物流部長が隣の営業部長を見た。営業部長が頷く。
 
「旧方式で ちゃんとやれるのか?」 常務が支店長たちを一喝した
 
「はい、例外はありません。すべて私に報告してください。私が常務と相談して、承認するかどうかを決めます」
 この答えに、質問者の隣にいた支店長 が異論を挟んだ。
 
「そうなると、支店の自主性というのはどうなるのでしょうか。われわれは、支店の収支に責任を 負わされているわけですから、それを縛るということになるのではないでしょうか?」
 常務が社長の顔を見た。社長が仕方な いという顔で頷いた。常務が身を乗り出した。質問をした支店長の顔がこわばる。常務が一喝した。
 
「さっきから聞いていると、君らの質問は、表面的な言葉尻をとらえたようなものばかりだ。いま までのやり方と、この新しいやり方を比べてみれば、いままでの何が悪かったのか、わかるだろう? もっとも、いままでのやり方をわかっておらん支店長もい るようだが‥‥」
 こう言って、常務は全員を見回した。 目が合ってはかなわんという感じで、みんな下を向いている。常務が続ける。
 
「な ぜ、当社に、この新しいやり方を入れなきゃならんのか、よく考えることだ。いままでのやり方のほうがいいのだったら、誰も新しいやり方なんぞ入れん。大 体、メーカーからまとめて仕入れて、その在庫が仰山残ってしまっているのは支店長の責任だぞ。支店の自主性とやらを尊重して、その判断を支店長に任せても いいが、ちゃんとやれるか? やれるなら、やりなさい。ただし、結果責任は取ってもらう。これからは、すべて数字で結果があらわれるから、責任を果たして いるかどうかもすぐにわかるぞ。どうする?」
 常務に問われて、質問した支店長は固 まってしまい、声が出ない。沈黙が続く。この重苦しい雰囲気を営業部長が破った。
 
「こ のまとめ仕入れについて、どうしても自分が判断したいという支店長がおられたら、申し出てください。それを否定するようなことはしません。ただし、常務が おっしゃられたように、結果責任は負っていただきます。それから、先に知っておいていただきたいので言っておきますが、本社の考えとしては、まとめ仕入れ は原則として認めない方向ですので、承知しておいてください」
 この営業部長の言葉に会場がざわついた。隣同士で、小声で話が交わされている。社長と常務が短い言葉を交わし頷き合っている。
 ひとしきりざわめきが収まったとき、 会場から「よろしいでしょうか」と声が掛けられた。声の主を見つけて、社長が笑みを浮かべた。社長が抜擢したあの大阪の若い営業部長が手を上げている。社 長が興味深そうに大きく頷いた。 

湯浅和夫の物流コンサル道場「ロジスティクス編」
『月刊ロジスティク ス・ビジネス』連載第58回 (20072月号)
■「支店の自主性は 一切封印してほしい」 大阪の営業部長が言い放った
 仕入れ価格の低減を狙っ たメーカーか らの大量仕入れは認めないという本社営業部長の発言に、場が騒然とする中、他の出席者に比べ明らかに若く見える一人の部長が発言を求めて手を挙げた。
 大阪支店の営業部長だ。大先生がこの 問屋のコンサルを引き受けて初めて訪問した支店が大阪支店だった。そのときの営業部長がいまの本社の営業部長であり、その後任として社長が抜擢したのが彼 だ。
 社長が将来会社を担う存在として期待 している社員である。いかにも爽やかな印象だ。社長に促されて立ち上がり、自分の意見を述べ始めた。
 
「今回提案された仕入れの新方式に私は全面的に賛成です。いまお話のありましたメーカーからの 大量仕入れについても私は一切やめるべきだと思います。私どもの支店ではすでにやっていません。何のメリットもありませんし、むしろマイナスの方が大きい からです」
 ここまで一気に話して、ちょっと間を おいた。同席している支店長たちの何人かは「格好つけやがって」という表情で彼を見た。それに反して、営業担当や仕入れ担当の多くは、期待をこめた表情で 彼を見ている。
 
「それはいいとしまして、私は、一つ是非やっていただきたいことがあります。それは、このシス テムの運用にあたっては、支店の自主性は一切封印していただきたいということです」
 この発言に会場がざわついた。「何を言っているんだ」という声が飛んだ。そんなことにはまったく動ぜずに、大阪の営業部長は発言を続け た。
 
「こ のシステムでは、在庫日数や安全率、リードタイムなどの係数の設定が必要になると思いますが、これらは、支店では自由に動かせないようにすべきだと思いま す。これをいじる場合は、すべて本社の承認が必要なルールにするべきだと思います。もし、支店側で自由に動かせるようにしたら、つまり、支店の自主性に任 せたら、せっかくの新方式が死んでしまう危険があると思うからです。そうなったら、これをきっかけにした当社の改革が水泡に帰してしまいます」
 支店の代表という立場にとらわれていない全社的な立場での発言に、社長が大きく頷いた。常務も満足そうな顔をしている。しかし、出席者の 反応は、二分された感じだ。頷く者もいれば、顔をしかめている者もいる。ある支店長がぼそっと言った。
 
「いや、ある程度は自由度を残しておいてくれないと困るよ」
 この発言に大阪の営業部長がすぐに反応した。まったく物怖じしていない。
 
「何に自由度を入れるんですか? 何が困るんですか?」
 問い詰められた支店長がむっとした顔 をする。そんな支店長の顔を見て、その支店の営業担当が支店長を援護射撃する。
 
「いやー、やっぱり、商売をやっていると、いろんなことがあるから、臨機応変ということも必要 になると思うよ‥‥」
 
「出荷の動きに合わせて在庫を持とうという仕組みですから、もともと臨機応変に対応するように なっているはずです‥‥」
 大阪の営業部長がさらに続けようとす るのを物流部長がさえぎった。これ以上、大阪の営業部長を矢面に立たせるのはまずいと判断したようだ。物流部長が本社の考えを断定的に伝える。
 
「大阪の営業部長の意見は大変重要なことです。それらの係数を勝手にいじられては在庫に大きな 影響を与えます。在庫日数や安全率は、全社一律で決めるつもりです。現実問題として全社一律で決めても、何の問題も出ません」
 ここで物流部長は一息入れて、みんな を見回した。妙に自信あり気な風情で続ける。
 
「中 には、在庫日数が大きいとなんか安心だという印象を持つ人もいるかもしれませんが、それはまったくの誤解です。在庫日数が三日だろうが、三〇日だろうが、 お客さんへの納品には何の違いもありません。ただ、その誤解でもって係数をいじられたりしたら問題ですので、それは認めません」
 物流部長の言葉に大阪の営業部長が にっこりと微笑み、自分の期待を述べた。
 
「私 は、この新しいシステムに大変期待しています。これが入れば、特売や新商品など、このシステムに乗らない在庫だけに目を光らせていればいいと思いますの で、仕入れの仕事は大幅に軽減されます。それ以上に、在庫に悩まされずに営業に集中できるのは、本当に助かります。是非、早い時期での導入を切望します」
 物流部長が嬉しそうに頷き、一人では しゃいでいる。
 
「そう言ってもらうと、私ども事務局として本当に嬉しいです。頑張って早く入れます。うん、嬉 しいな。えー、ほかに、質問はありませんか?」
 
■「在庫責任は誰が負うのですか?」 剽軽な仕入れ担当が聞いた
 物流部長の物言いに苦笑しながら、ある支店の仕入れ担当者が手を上げた。なぜか物流部長が大きく頷く。
 
「リー ドタイムなんですが、正直なところ、これまであまり気にしていませんでした。大体、何日後には入ってくるだろうという程度にしか考えていませんでしたが、 この新しいやり方だと、それではまずいですね。これから、メーカーさんと交渉になるんでしょうけど、それでも、バラツキが出そうなメーカーさんの場合、ど うしたらいいんでしょうか?」
 会場が乗ってきた感じだ。物流部長が 嬉しそうに答える。
 
「メーカーさんとの交渉は私どもでやってもかまいませんが、安定するまでは安全を考えて、リー ドタイムを長めに設定するつもりです。具体的には、各支店におじゃまして、相談して決めます」
 質問した仕入れ担当が頷き、ちょっと 恥ずかしそうにさらに質問する。
 
「わかりました。お願いします。それから、ちょっといいですか? えーと、基本的なことで申し訳ないんですが、リードタイムと いうのは、どう数えればいいのでしょうか? 教えてもらえると助かります」
 この質問に、物流部長が「はい、は い」と言いながら、会場の隅にあった白板を中央まで引っ張ってきて、以前、営業部長に得々と説明した話を、板書しながら楽しそうに講義した。
 このリードタイムの数え方についての 物流部長の話は、意外にも出席者の多くが興味を示した。「なるほど、そういうものか」という声があちこちから上がり、会場に和やかな空気が流れた。
 その雰囲気を感じ取って、社長が隣の 常務に「これで、もう反発だけの意見は出ませんね」と囁いた。常務が大きく頷きながら「あれは、やらせかもしれませんよ」とつぶやいた。社長が「あり得 る」という顔で笑いながら頷いた。
 そのとき、会場から、素っ頓狂な声が した。別の支店の仕入れ担当者だ。
 
「すいませーん。この方式が導入されると、在庫責任はどうなるんでしょうか?」
 みんなが声の主を見た。声の主は社内 で、剽軽で憎めないヤツとしてよく知られている人物だ。物流部長は、自分とどことなく似ているこの仕入れ担当が苦手なのか、嫌そうな顔で答える。
 
「はい、えー、まあ、少なくとも、この新しい方式で仕入れた在庫についてはみなさんの責任には なりません‥‥」
 
「そうですか。それなら、この方式に賛成です。そうなると、在庫責任は、この方式を入れさせようとしている物流部長さんにある ということですね?」
 
「別に入れさせようとしているというわけではないんですが。はぁ、誰の責任かといえば、そうな るのかな。この点については、また後で・・・」
 剽軽な彼の質問に、この日はじめて物 流部長がたじろいだ。剽軽な彼が続ける。
 
「やっぱり在庫責任というのは重要だと思いますので。これまでうちは在庫責任が曖昧だったので 在庫が膨張してしまったと思います」
 
「そのとおりです」
 即座に社長が同意した。それに意を強 くして、剽軽な彼が念を押した。
 
「特売や新商品は、このシステムには乗らないということでしたが、それらの在庫責任は当然、営 業さんにあるわけですね?」
 会場がちょっとざわついた。しかし、 反論する声は出ない。社長が答えた。
 
「在 庫の責任は、本来、いくつ仕入れろと指示した人が負うべきです。特売や新商品などは当然、それを指示した営業が責任を負うことになります。ただ、それら は、いくつ出るのか読み切れない要素が強いので、それらの仕入れについては本社の物流部や営業部で支援します。その意味では、在庫責任は、営業と本社の共 同責任となります。そうでしょ?」
 社長に同意を求められた営業部長と物 流部長が同時に頷く。剽軽な彼が嬉しそうに続ける。
 
「わかりました。これですっきりしました。早くこのシステムを入れてください。でも、そうなる と、われわれ仕入れ担当の役割は大きく変わりますね? そこは、われわれ自身が自覚しなければなりませんね」
 ポイントをついた締めの言葉に大阪の 営業部長が「そう、そこが大事」と大きな声を掛けた。
 
「見事な采配でしたね」 弟子たちが物流部長の労をねぎらった
 ここで時計をちらっと見て、物流部長 が休憩を宣した。社長が弟子たちに「どうぞ、こちらへ」と声を掛けて、社長室に向かった。常務や営業部長、物流部長が後に続いた。
 社長室のソファーに腰をかけると、美 人弟子が物流部長をねぎらった。
 
「見事な采配でしたね。支店の方々は、その気になられたようですね」
 
「いやー、みなさんのおかげです」
 物流部長が謙虚に答え、ぺこんと頭を下げる。それを聞いて、営業部長が妙な感想を述べる。
 
「それとリードタイムの数え方のおかげだな」
 
「あの質問は、予め出すように言っておいたのか?」
 常務が確認する。物流部長が素直に半 分認める。
 
「別にやらせというわけでもないんですが、昨日、あいつから電話で質問があったので、今日の会 議のときに質問してくれって言っただけなんです」
 
「それにしても、いいタイミングで質問があった。あれで場がかなり和んだし、一部にあった反発 の気持ちを溶かしてしまったようだ。まあ、しかし、新しい方式の原理が明快で、誰でも理解できるものだから、反発しようにも反論できないってことが大き かったな」
 常務の言葉に社長が頷く。その社長の 顔を見て、物流部長が気になっていることを聞いた。
 
「大阪の営業部長がいい発言をしてくれましたけど、あれは社長が仕組んだことですか?」
 
「仕組んだだなんて人聞きの悪い。私は、まったく関知していませんよ。彼は自分の思いをそのま ま述べたんだと思います。私が見込んだだけのことはあるわね」
 社長の言葉に頷きながら、営業部長が 続ける。大阪の営業部長はこの本社営業部長の元の部下だ。
 
「彼の発言に一部の支店長がむっとした顔をしてましたけど、営業や仕入れの連中は好意的に受け 止めてましたね。彼らの輝ける星ってとこですかね」
 そう言って、営業部長はなにか思い出 したように、付け足した。
 
「そうそう、物流部長、このシステムの在庫の責任者はあんただから、頑張ってよ」
 
「えっ、ちょっと待ってよ。おれ一人のせいにするなよ。本社の責任ってことで‥‥」
 物流部長が顔をしかめて反論しようと したとき、社長室のドアがノックされた。社長が「どうぞ」と声を掛けると、扉が開き、噂の大阪の営業部長が支店長とともに顔を出した。社長と弟子たちの顔 に笑みが広がった。

 

湯浅和夫の物流コンサル道場「ロジスティクス編」
『月刊ロジスティク ス・ビジネス』連載第59回 (20073月号)
「先生にお会いで きるのは楽しみです」 大阪の営業部長が嬉しそうに言った
 全社会議が休憩に入り、弟子たちが社 長室でお茶を飲んでいると、そこに大阪支店の営業部長が支店長と一緒に顔を出した。
 弟子たちが彼に会うのはほぼ一年ぶり だ。お互い、懐かしそうに挨拶を交わす。社長が笑顔で営業部長に声を掛ける。
 
「部長は今晩、何か予定がありますか? 今夜は確かこちらに泊まるのでしたよね」
 
「はい、そうです。夜は特に予定を入れていません」
 
「そう、それはよかった。それなら、私たちに付き合ってくださいな。支店長のご予定は?」
 
「はぁ、申し訳ありません。支店長の何人かと飲みに行こうかと‥‥。でも、キャンセルはできます」
 
「いえ、あなただけ抜けると余計な憶測を呼ぶでしょうから、そちらに出なさい。営業部長はお借りしますよ」
 社長の言葉に常務が大きく頷いた。支 店長も名残惜しそうに頷くが、社長の次の言葉を聞いて、ほっとしたような表情を浮かべる。
 
「今晩、先生をお招きして、全社会議の報告を兼ねた打ち上げをやろうと思っています。先生にお会いするのは久し振りでしょ?」
 営業部長が嬉しそうに大きく頷く。
 
「はい、もしかしたら、今日、先生にお会いできるかと楽しみにしておりました。是非、ご一緒させてください」
 営業部長の言葉を聞いて、支店長が納 得したように頷き、確認する。
 
「そうか、君は、今日もしかしたら先生にお会いできるかもしれないと思って、仲間内からの誘い をすべて断っていたのか?」
 営業部長が小さく頷く。社長が「さも ありなん」という顔で頷き、みんなに声を掛けた。
 
「さて、それでは会議を再開しましょう。物流部長、もう最終コーナーに差し掛かっているのです から、つまずいて転んだりしないように」
 
「はい、任せてください」
 物流部長が自信ありげな顔で、元気に 立ち上がった。
 
「適正在庫は計算できるものではない」 物流部長が自信たっぷりに答える
 会議の再開後は、細かな点のやりとり に終始した。もう全員が新しい発注方式の導入を前提に話を展開している。いい流れだ。
 そろそろ会議の打ち切りを宣言しても いいかなと物流部長が思い始めたとき、例の剽軽な仕入れ担当が「最後に、いいですか」と手を挙げた。勝手に最後の質問にしている。物流部長が警戒気味に頷 く。
 
「在庫日数を一週間分にするということですが、これは適正在庫という意味ですか? これを出す 何か計算式があるのですか?」
 在庫日数については弟子たちとの事前 の検討会で十分に討議している。物流部長は自信たっぷりに答え始める。
 
「特に式があって、それで決めたわけではありません。要するに何日分持つかは自分で決めればいいということなんですわ。もちろ ん、理論的に突き詰めれば、その答えは一日分ということになります。明日出荷する分を今日持っていればいいわけでして、これ以外に答えはありません。そう でしょ?」
 物流部長にふられて質問した仕入れ担 当が頷く。それを見て、物流部長が続ける。
 
「それでは、なぜ一週間分にしたのかというと、発注の頻度を考慮したからです。一週間分持つと いうことは、原則一週間に一度の発注になるだろうという、発注間隔をベースに決めました。もちろん、出荷の動きによっては三日で発注がかかる場合もあった り、二週間経っても発注がかからない場合もありますが、それは設定した水準に在庫を維持するためには 必要な動きですから、仕方ないですな」
 ここで物流部長は一呼吸おき、全員を見回した。質問した仕入れ担当が何か言いたそうな顔をしている。物流部長が続ける。
 
「も ちろん、メーカーさんによっては、発注は一週間に一度というような取り決めがあって、定期発注しているところもあるのは知っています。こういうところには 定期で発注する方式の支援をしますけど、不定期発注のほうが在庫をより少なくできますので、今後、可能な限り不定期に切り替えていこうと思っているところ です」
 ここで質問した仕入れ担当が言葉を挟 んだ。
 
「メーカーさんと取り決めている発注単位がありますが、それは前提にするんですよね?」
 
「いまのところ、そうせざるを得ませんわな。それとの関連で言いますと、先ほど適正在庫という 言葉が出ましたが、言うまでもなく、それは算定して出るものではなく、会社として持たざるを得ない最小在庫を言うんだと理解してください。たとえば、シス テムでは推奨発注量として一〇個でいいと言っているのに、メーカーさんとの間で一ケース二〇個入りのケース単位で取引 するということになっていれば、二〇個取らざるを得ないでしょう。つまり、取引条件という制約がある限り、二〇個が現状における適正在庫ということになる わけです。その条件がなくなれば、適正在庫の水準は下がります。そういうもんです」
 物流部長が断定的に結論を出した。質問した仕入れ担当が、なぜか、嬉しそうな顔で補足した。
 
「よくわかりました。いまのお話ですと、究極の適正在庫は計算できるということですね。つま り、在庫日数が一日分で、何も制約がない在庫水準です。これが目指すべき究極の在庫水準ということになりますね」
 質問した仕入れ担当のしたり顔に物流部長が眉をひそめて「さっき言ったじゃないか。だから何だというんだ」と突き放そうとした が、社長の「つまずいて転ばないように」という言葉を思い出して、ここは無難に、それでも語気を強めて答えた。
 
「はい、そのとおりです。みなさんは是非、その究極の適正在庫を目指して取引条件にバンバンと メスを入れてください。期待しています」
 他の仕入れ担当が苦笑しながら顔を見 合わせる中、質問した仕入れ担当だけが、にこにこしながら大きく頷いている。
 まったく何なんだという顔で物流部長が最後の確認をする。「いかがですか? もうよろしいですか」と問いかける。もう 誰も何も言わない。それを見て、物流部長が社長の顔を見る。社長が頷いて、みんなに声を掛けた。
 
「それでは、この方式についてとくに異議はないようですので、この方式で行きたいと思います。 よろしいですね?」
 社長の言葉に合わせて、すぐに支店長 以外の出席者が「はい」と応じた。その勢いに押されて、すべての支店長もすぐに頷く。それを見て社長が宣言した。
 
「全員の賛同を得られましたので、この方式を導入することに決めます。実際の稼動は新年度から になります。このあと、物流部長をはじめ関係者が皆さんの支店を訪問して、こちらからお願いしたり、ご意見をいただくことがあるでしょうけど、当社の最優 先事項ですから、積極的に対応してください。いいですね?」
 こうして、この問屋において新しい発 注方式の導入が決まった。ロジスティクスに向けた第一歩が踏み出されたわけだ。
 
「以前の部長とは別人でした」 大阪の営業部長が物流部長を誉める
 その頃、事務所では、大先生が自席で パソコンに向かっていた。外はもう真っ暗だ。大先生は真剣な顔でパソコンの画面を見ている。こういう真剣な顔をしているときは仕事ではない。DVDで映画 を見ているのだ。
 そのとき、事務所の扉がノックされ、 営業部長が顔を出した。女史が「あれっ」という顔で出迎える。営業部長が大先生を迎えに来た旨を告げる。女史が慌てて大先生のそばに行き、営業部長の来訪 を知らせる。
 
「映画なんか見ている暇はありませんよ。お出かけの約束があったんですか?」
 
「出かける? どこへ?」
 画面から目を離さず、大先生がつぶやく。二人の会話は全部営業部長に筒抜けだ。営業部長が入り口から声を掛ける。
 
「本日、全社会議が無事終わりましたので、打ち上げの会に是非先生においでいただきたいと社長 からお話があったかと思うんですが‥‥」
 
「へー、そんなこと言われてたっけ?  そう言えば、そんなこと言われたような気もする。うん、忘れていた」
 
「まあー、そんな大切なことを忘れてしまうなんて。お歳のせいですか」
 
「こういうことは若い頃からよくあったから、歳のせいではない。まあ、結果的に、迎えに来られ たおれはここにいるわけだから、何も問題はない。ところで、場所はどこ?」
 
「はい、銀座です。外に車を待たせています」
 
「それでは、早くいらしてください。あとは私が片付けますから」
 
「わかった。映画の続き、見てもいいぞ」
 
「はい、はい」
 こうして、大先生と営業部長は女史に 追い立てられるように事務所を出て、銀座に向かった。
 銀座の洒落た和食の店では、すでに社 長、物流部長、大阪の営業部長と弟子たちが待っていた。常務は「支店長たちの飲み会とやらに顔を出して、発破をかけてきます」と言って、大阪支店長に案内 させて出かけていった。いまごろ常務の突然の来訪に支店長たちは面食らっているだろう。
 大先生が営業部長に案内されて部屋に 入ってきた。慌てて、全員が立ち上がる。社長が来訪の謝辞を述べ、大阪の営業部長を紹介する。
 大阪の営業部長が、しゃちほこばって挨 拶をする。さすが社内ではこわいもの知らずの彼も大先生を前にしてかなり緊張しているよ うだ。「まあ、座ろう」と大先生が促した。ビールが運ばれ、物流部長の乾杯の音頭で宴会が始まった。
 
「ここに来る途中、大体の様子は聞いたけど、今日の会議では物流部長が大活躍だったって?」
 大先生の言葉にみんなが頷く。物流部 長が「とんでもありません」と顔の前で手を振り、正直に答える。
 
「事前に、先生方のご指導のもとに想定問答集も作ってありましたし、特に難しい質問も出ません でしたし、彼のような強い味方もおりましたので‥‥」
 強い味方といわれた大阪の営業部長 が、これまたとんでもないという仕草をして、物流部長を誉める。
 
「い え、私は自分の思いを述べただけです。それよりも、大変失礼な言い方を許していただければ、今日の部長は本当に頼もしい存在でした。いちゃもんに近い感じ の質問も結構出ていましたが、まったく動ぜず、毅然と答えているのには正直驚きました。以前の部長とは別人のような感じが
‥‥あっ、済みません。生意気なことを いいました」
 
「たしかに、そうね。彼の言うとおり。大体以前から屁理屈で人を打ち負かすことはよくありまし たけど、最近は、言うことに筋が通っている感じがするわ‥‥」
 社長の言葉を物流部長が慌てて遮る。
 
「なんですか、そんな誉められると居場所がなくなってしまいます。実は、この会議は正直不安だったんです。事前に何の根回しも していませんでしたし。それで、会議の何日か前に事務所にお伺いして、先生にご相談したら、『理はいちゃもんより強し。理不尽な言い掛かりなど一刀両断に しろ』と発破を掛けられました。不思議なことに、その一言で腹が据わりました」
 
「単純なやっちゃなー」
 大先生がにっと笑って、ボソッと言う。それを見て、物流部長が、慌てて話題を大阪の営業部長に振った。
 
「それよりも、あんた、先生にお話があったんだろ? 名刺を先生にお見せしたら?」
 その言葉に大先生も弟子たちも興味深 そうに大阪の営業部長を見た。


湯浅和夫の物流コンサル道場「ロジスティクス編」
『月刊ロジスティクス・ビジネス』連載第60回 (20074月号)
■「支店の物流部長も兼務しているの?」美人弟子が驚きの声を上げた

 ロジスティクス導入のための全 社会議が無事終わり、大先生を招いて打ち上げ会が開かれた。その席上、物流部長が大阪の営業部長に「先生に名刺をお見せしたら」と思わせぶりに言った。
 弟子たちが興味深そうに見つめる中、大阪の営業部長がおもむろに名刺を差し出した。大先生がそれを受け取り、チラッと見て、つぶやいた。
 
「なんだ、金 の名刺でも出すのかと思ったら、ただの名刺じゃないか」
 大阪の営業部長が苦笑しながら、弟子たちにも名刺を渡す。名刺を見て、美人弟子が驚きの声を上げる。
 
「まあ、支店 の物流部長も兼務されているのですか?」
 大阪の営業部長がちょっと照れ 臭そうに頷く。社長が説明する。
 
「自分から物 流部長をやらせてくれって支店長に申し出たんですよ」
 
「わざわざ自分で仕事を増やすなんて変わったやつです。別に給料が上がるわけでもないのに
‥‥」
 物流部長が茶々を入れる。社長 に睨まれ、物流部長が首をすくめる。
 
「物流に興味 を持ったわけ?」
 大先生が大阪の営業部長に聞 く。「はい」と大阪の営業部長が頷き、話し始める。
 
「先生方から 最初に伺ったお話、物流には営業や仕入れの失敗が隠されているという内容でしたが、そのとき私としてはいたく感銘を受けました。実際、たしかにそのとおり だと‥‥。そこで、私としては是非物流にかかわりたいと思いまして、お願いしました」
 大先生が頷き、珍しく褒める。
 
「うん、あん たなら適任だ。というより最強の布陣だ。物流部長、うかうかしてられないな」
 
「はい、例の 物流センターの最適化ですが、大阪はそれに向かって邁進している状況です。私の出る幕はありません」
 物流部長が謙虚に答える。それ を聞いて、大阪の営業部長が慌てて付け足す。
 
「いえ、とん でもありません。物流部長には色々と事細かにご指導いただきました。そのおかげです」
 
「そうそう、わかってりゃいいんだ、わかってりゃ。その恩を忘れるなよ。あんたがえらくなったら、おれのこと引き立てろよ」
 物流部長が調子に乗って、余計なことを言う。すぐに営業部長にやりかえされる。
 
「何を言っているんだ。彼がえらくなる前に、あんたは定年で辞めているよ」
 物流部長が反論しようとしたとき、社長が遮った。
 
「お客さんと の取引条件も変えつつあるのよね」
 社長の言葉に大阪の営業部長が頷いた。



「仕入先が利益源の小売もあります」大阪の営業部長が嘆く
 
「理不尽ではなく、理の通る客もいるってことだ」
 大先生の言葉に促され、大阪の 営業部長が堰を切ったように話し出した。
 
「はい、どちらかと言うと、理不尽というか、こちらの話を一切聞かないお客さんの方が多いですけど。中にはこちらの話を聞い て、納得すれば、提案を受けてくれるところもあります。そこでいま、生意気な言い方かもしれませんが、お客を選別しているところです」
 
「選別ですか‥‥どういう選別ですか?」
 体力弟子が興味深そうに質問し た。
 
「はい、私どもの営業戦力は限られていますので、私どもの支援でこれから伸びそうなところと、これ以上付き合ってもうちにとっ てメリットがないところに分けて、営業戦力を配分しています」
 弟子たちが大きく頷き、先を促 すように、大阪の営業部長を見る。
 
「チェーン店 の中には、利益源を店頭ではなく、われわれ仕入先に求めているようなところもあります。センターフィーも結構高いですし、その根拠を聞いても、『決められ ていることなんだから、うちと取引したければ、ガタガタ言うな』って感じです。値引き要求もありますし、うちを倉庫代わりにしているような物流サービスを 要求されています」
 
「そういうところほど、お店は荒れていて、消費者離れが進んでいるでしょう?」
 美人弟子の言葉に、大阪の営業 部長は「そうなんです」と言って続ける。
 
「そういうところは、既存店舗の売上は前年割れを続けていますし、それに対して抜本的な対策を講じようという気概も感じられま せん。とにかくコストを切り下げることだけで対応しようとしていますので、われわれへのしわ寄せも結構来ています」
 
「本業の建て直しに努力しようとしないところとは、決別しようというお考えですか?」
 体力弟子が確認する。大阪の営 業部長が頷く。
 
「はい。少なくとも、そういうところと付き合っていてもいいことはありませんから、そういうところには営業努力を最小限に抑え るということです」
 
「現実に売上予算にも、その考えが反映されているんですよ。大阪支店としては売上増の予算になっていますが、そういうお店の売 上予算は前年度より減らしているんです。 うちの他の支店とはまったく違った方向性です」
 社長が嬉しそうに説明する。それを聞いて、大先生が楽しそうに付け足す。
 
「社長として は、全社をその方向性に持っていきたい。そのためにロジスティクス改革を推し進めたい。その役割を担っているのが、売上さえ上がれば客の言うことは何でも 聞くという営業にどっぷり浸かってきた物流部長ってわけだ」
 大先生に突然指名され、自分の 出番はないと一人手酌で酒を楽しんでいた物流部長が「ひぃ」と声を上げた。
 
「はいはい、自慢じゃありませんが、私の頃は、お客さんの言うことは天の声でしたから、何でも受け入れて、物流に発破を掛けて いました。でも、いまは、私はもう営業を やっているわけではありませんから、彼のやり方を支持しています。お客さんの言うことを、何でも聞いていたら儲かりまへん。はい」
 そのぬけぬけとした剽軽な物言いに、全員が苦笑する。大先生と物流部長との楽しい会話が始まった。
 
「お客さんに 何か、こうしてくれって言いに行ったことはないの?」
 
「はぁ、私はありませんが、仲間内でそのようなことをしに行ったやつもいました。もちろん、剣もほろろで取り合ってもらえな かったようです。『問屋はおまえのところだけじゃない』という手垢のついた言葉を本当に言う輩もいたようです。『これからも取引を続けたいなら土下座して 謝れ』なんて低レベルなことを言われたやつ もいました。『うちにプラスにならないことは一切受け付けないから、今後はその手の話は言ってくるな』って、はっきり言われたやつもいます」
 
「その連中が、いま支店長をやっている?」
 
「はいー、そうなんです。彼らにはそういうお客の声が染み付いてます。ですから、この彼のようなやり方は信じられないんじゃな いでしょうか?」
 
「その支店長たちの考えを変えていくわけだ?」
 
「はぁ、それが難儀なんですわ。いっそのこと全部の支店長を代えてしまいたいくらいです」
 
「でも、その下の営業の連中もお客さんに対しては同じような考えを持っているんじゃないの?」
 
「はー、それです、それ。たしかに先生のおっしゃるとおりです。いやー難儀だな」
 
「口先だけで 難儀ぶったってだめさ。それは自分の仕事じゃないって顔に書いてある。大阪の彼のようなやり方を一つの手本に全社に展開するのは営業部長の仕事?」
 話の流れから自分に回ってくる ことを予期していたように、営業部長が大きく頷く。大先生が聞く。
 
「そのポイントは?」
 営業部長が物流部長を見ながら 答える。
 
「はい、彼の話の中にあった『お客さんにとってプラスになること』を提案していこうということです」
 大先生が頷き、ぼそっと呟く。
 
「お客さんの担当者は組織人だから、少しでも自分たちが譲歩することはなかなか受け入れないだろうな。組織内での自分の立場が なくなってしまうから。しかし、プラスになるとわかっていても、面倒なことは受け入れないだろう。これまでのやり方を変えるために指導したり、教育するこ とが必要だとなると嫌がる人も少なくないんじゃないか‥‥」
 大先生の呟きに大阪の営業部長 が敏感に反応した。
 
「そうなんです。要するに相手がどれだけの権限を持っているかということです。売上増やコスト削減を前面に出せば、たとえば ローカルチェーンの社長に話すことができれば結構通りますし、権限のある店長なんかも乗ってきます。もちろん、一般小売店は結構聞いてくれます。いま、そ ういうところを重点顧客として攻めています」


■「物流負荷の大きい客は収益性が低い」物流ABCに一つの格言が生まれた
 
「具体的に、どんな提案を持っていくんですか?」
 体力弟子が、ずっと聞きたかったことをここで質問した。大阪の営業部長が秘密っぽく答える。
 
「はい、実は大したことではないんです。最初からあまり大げさな提案をしていくと、そんな面倒なって敬遠されてしまうものです から、簡単な提案からアプローチしています」
 大阪の営業部長は、ここで思わせ振りに話を切った。体力弟子が待ち切れない感じで自分の意見を述べる。
 
「たとえば、取り扱いアイテムの絞り込みとか?」
 大阪の営業部長がまさにその通りという感じで大きく頷く。
 
「さすがですね。要はそういうことです」
 ここで物流部長がすぐに口を挟 んだ。さすが物流部長。こういうところには敏感だ。
 
「『さすがですね』じゃないよ。アイテムの多さが物流サービスの諸悪の根源の一つだって、前から先生方に言われていたじゃない か」
 
「あっ、すみません。そうでした。失礼なこと言ってしまいました。申し訳ありません」
 体力弟子が、そんなことはどう でもいいというように顔を振って続ける。
 
「それで、効果はありますか?」
 
「はい、以前と比べ、明らかに売上は増えています。うちの売上が増えているということはお客さんの売上も増えているということ です。品目を絞ったおかげで、うちへの注文回数は減ってきましたし、必然的に一行当たりの注文量も増えてきました。うちの物流の作業負荷も減ってきていま す」
 
「まだ少数の展開に過ぎませんので、作業者の数を減らすまでには至っていませんが、これが広がれば、大きな効果となって現れる と思います」
 営業部長が補足する。黙って聞 いていた美人弟子が話に加わる。
 
「お客様の棚の売上を増やし続けるということがこれからの課題になりますね」
 美人弟子の言葉に大阪の営業部 長が即答する。
 
「そうなんです。そこに営業努力を集中させています。売上が増えていれば、お客さんはこちらの提案を素直に聞いてくれます。そ ういう関係作りにいま力を入れているところです」
 
「それはいい。ところで、そういう方向性に至ったのは物流部長になったから?」
 大先生が話を戻した。
 
「はい、物流ABCの結果です。私の指示で顧客別の物流コストをずっと取らせています。物流ABCで私が得た結論は『物流で私 どもに大きな作業負荷を掛けてくるような お客さんの店舗は収益性という点で問題がある』というものですが、いかがでしょうか?」
 大先生が笑いながら、大阪の営業部長にビールのグラスを奉げた。


湯浅和夫の物流コンサル道場「ロジスティクス編」
『月刊ロジスティクス・ビ ジネス』連載第61回 (20074月号)
 
■「物流部長がバトルを演じたんです」営業部長が興味深いことを言う
 大 先生がいまコンサルをしている問屋のロジスティクス導入が佳境に入ってきた。先般開かれた、支店長と支店の関係者を集めたロジスティクス導入のための全社 会議では、全会一致で導入が決まった。しかし実は、多くの支店長は反対意見を言えない雰囲気の中でしぶしぶ承認したというのが本音のようである。
 まだまだ抵抗勢力は健在だということで、最後 の詰めの打ち合わせをしたいと物流部長が営業部長を伴って大先生事務所を訪れた。
 弟子たちは仕事で外出中だ。まだ五月だというのに、もう夏のような陽気だ。物流部長が「暑いでんな」と言いながら入ってきた。営業部長も 額に汗している。それを見て、大先生がねぎらった。
 
「なにも、こんな暑い中、来なくてもいいのに」
 
「いやー、気候も暑いですけど、うちの会社も暑いですわ」
 物流部長が妙なことを言う。大先生に促されて、二人が会議テーブルにつく。女史が出した冷たい飲み物を物流部長が一気に飲み干すのをおも しろそうに見ながら、大先生が聞く。
 
「それで、今日は何?」
 
「はぁ、先般の会議以降のご報告と最後の詰めを どうしたらいいかということについてご相談したいと思いまして‥‥」
 
「最後の詰め? あんたが詰め腹を切るとかいう こと?」
 大先生の言葉に、営業部長がおかしそうに声を出して笑いながら何度も頷く。物流部長が口を尖がらして、ぶつぶつ言う。
 
「また、そんなことを。あんたまでなんだよ、そんな楽しそう顔をして」
 文句を言われた営業部長が、とりなすかのように、物流部長をちらっと見て、興味深いことを言う。
 
「悪い、悪い。そういうこともあるかなって思って。それはそうと、先生、ある支店で、彼は支店長とバトルを演じたんです」
 
「バトル? へー、それはおもしろい。詳しく話してごらん」
 大先生に促されて、物流部長が頷 く。
 
「はぁー、そんなバトルなんて大袈裟なことではなく、まあ、本音で話し合ったというだけのことです」
 
「何でもいいから、それで、何を話し合ったの?」
 大先生が先を促す。覚悟したかのように、物流部長が身振りを交えて話し始めた。
 
「実は、例の在庫補充システムについていろいろ話し合おうと思ってその支店に行ったとき、たまたまか、わざとなのか、会議して る場に支店長が顔を出したんですわ」
 
「その支店長というのは彼の一年先輩で‥‥ あっ、私と同期なんですが、ちょっと皮肉っぽいところがあるやつなんです」
 営業部長が口を挟んで補足した。大 先生が頷く のを見て、物流部長が続ける。物流部長によると、おおよそ次のようなやりとりがあったようだ。
 
■「物流は水の如し。それを理解すべき」物流部長が支店長に言い放った
 最初に因縁をつけたのは支店長だった。突然、会 議室に顔を出し、物流部長に皮肉っぽく話し掛けた。
 
「物流部長もいろいろ忙しいね。物流を放っぽり 出して、営業や仕入れにまで顔を突っ込んでいるんだから」
 
「別に物流を放っぽり出してるわけじゃありませ んけど‥‥」
 支店長の言葉に、物流部長はどう対 処しようか 判断しかねて、態度を曖昧にして答えた。よせばいいのに、支店長が嵩にかかってきた。
 
「だいたい、物流のあるべき姿をつくるのがあんたの本来業務じゃないの? 物流コストが結構利益を圧迫しているから、早いとこ 何とかしてくんなきゃ困るんだよ。相変わらずパートも多いし、残業も多い。 それを何とかするのがあんたの仕事だろ?」
 この言葉に、物流部長の心は決まった。これは 相手に合わせて対処するしかないと判断したが、それでも感情を抑えながら、支店長の顔を見据えて答えた。
 
「物流は水の如しです。つまり、器によって形を 変えるということです。器とは、言うまでもなく、営業のやり方であり、仕入れの仕方なんですわ」
 ここで物流部長は一呼吸おいた。支店長は何を言うつもりなんだという顔で物流部長を見ている。物流部長が挑戦的に続ける。
 
「いいですか、器がばかな形をしていれば、物流 もばかな形になりますし、賢い器に入った物流は賢くなる。そういうもんです。物流のあるべき姿など物流単独で決まるものではないんです。器が決めるんで す。わかりますか?」
 物流部長の言葉に支店長がむっとした顔をするが、反論できず、物流部長の顔をにらみつける。物流部長は平然と支店長の顔を見て、さらに続 けた。
 
「だから、いま器を賢くしようとロジスティクス を入れている最中です。それによって営業も賢くなれば、仕入れも賢くなる。結果として物流も賢くなる。こんないいことないでしょう。そこんとこがわからな いと、支店長なんぞ務まりません。はい」
 最後の余分な一言に支店長がキレ た。その場に いたシステムや仕入れの関係者が物流部長と支店長の顔をそっと見た。支店長の顔を見た途端、みんなの間に緊張が走った。
 
「なにー、おれには支店長は務まらんというの か?」
 
「別に、支店長のこと言ったつもりはありません よ。そこんとこがわからん支店長は、って言ったんですよ」
 そんな言い分には、さすがに支店長は納得しない。部下たちの前で侮辱されたと思ったらしく、物流部長に悪態をついた。
 
「おまえな、社長の覚えがめでたいからって、でかい面するなよ。おれたち支店長を相手に喧嘩するつもりなら、それなりに覚悟し とけよ」
 支店長は精一杯恐い顔で物流部長を 脅したつもりかもしれないが、こんなたわいもない恫喝に怯む物流部長ではない。むしろ、物流部長はバトルを楽しんでいるようだ。
 
「覚悟ってどんな覚悟をすればいいんですか?  それに支店長相手に喧嘩するつもりなどありませんよ。社長の覚えがめでたいといいますが、今日ここに来てるのは、常務の指示です‥‥」
 この最後の言葉は、物流部長のはったりだが、常務という言葉に、支店長は明らかに怯んだ様子を見せた。これ以上やりあっても得策ではない と思ったようで、「まったく」とか言いながら、物流部長に背を向けて足早に去ってしまった。
 
■「軋轢がないと、新方式は定着しない」大先生が無茶苦茶なことを言う
 物流部長の状況説明に大先生が大笑いしている。 物流部長が顔をしかめて、ぼそっと言う。
 
「そんな笑わなくても‥‥」
 
「いや、笑うよ、おもしろいもん。それにしても、何だっけ? 酒の名前みたいの? そうそう、物流水の如し‥‥器によって形が 変わるか。うん、言い得て妙だ。感心した」
 大先生は、本当に楽しそうだ。そして、たばこを手に取りながら物流部長に聞いた。
 
「その話は社長にした?」
 物流部長が頷き、社長とのやりとりを話す。
 
「はい、支店に行くたびに社長に状況を報告することになっていますので、その話もしました」
 
「社長は何て言っていた?」
 大先生が興味深そうに聞 く。
 
「はい、『まあ、支店長を怒らせてしまったの?  これで何度目? 困った人ね。でも、注意してもあなたの性格では効き目はないでしょうから、好きにおやりなさい』ってそれだけでした」
 社長の口真似をした物流 部長の話に、また大先生が大笑いする。営業部長が何か思い当たったことがあったのか、納得した顔で自分の考えを述べる。
 
「そうか、なるほど。社長は、物流部長はきっとそういう役回りになるだろうと読んで、あんたを指名したんだ。なるほど、そう か、すごい先見の明だ。たしかに、うちの社内には憎まれ役を平然とこなせるのはあんたしかいないから、うん、その意味では、あんたは適任だ」
 
「乱世のときの適任だな。平和なときには要らないってことだ。ロジスティクスの導入が終わったらお役ご免だ。よかったな」
 大先生が、妙なコメント をつける。
 
「はぁー、でも、なんか割を食っているような気もしますが‥‥」
 
「なーに、そのあと、いい役回りが待っているさ。それを楽しみにバトルを続ければいい」
 
「はい、とにかく頑張ります」
 大先生の無責任な発言 に、それでも物流部長は殊勝に答える。
 
「ところで、彼のような、会議で賛成したのに、実は納得していないって支店長は、どのくらいいるの?」
 大先生の質問に営業部長 が身を乗り出して答える。
 
「はい、そっちの方が多いと思います。支店長の七割くらいいるかな?」
 営業部長が物流部長に念を押す。物流部長が、「うーん、そんなもんかな」と頷く。
 
「逆に言うと、三割の支店長は前向きだってことだ。大したもんだ。新しいことをやろうってときに、それだけの前向きな幹部がい れば、抵抗なんぞできやしない。社長も、それに常務もいるし‥‥」
 
「はい、たしかに、いまは面と向かって反対できない流れになっています。それで、私なんぞに当たるんだと思います」
 物流部長が相槌を打つ。 大先生が頷いて続ける。
 
「在庫補充にしろ、ABCにしろ、どんどん結果が数字で出てきてしまうので、抵抗などしようがない。大阪支店のように早く導入 したところが実績を誇示すればいいのさ。間違いなく効果は出るから心配ない」
 大先生の言葉に二人が頷く。たばこを消しながら、大先生がさらに続ける。今日は大先生も多弁だ。
 
「もし、なんだかんだ言う支店長がいたら、『それじゃ結構。おたくには導入しません』って帰ってきてしまえばいい。慌てる ぞ‥‥いや、ちょっと待って。それじゃおもしろくないか。やっぱり、さっきみたいにバトルした方がいいな。そのほうがおもしろい。『物流水の如し』をやれ ばいい」
 
「ちょっと待ってくださいよ。なんか、私がバトルするのを楽しんでいませんか?」
 
「うん、もちろん、楽しんでいる。だって、おもしろいじゃん。これまでの常識を変えるんだから、それくらいの軋轢がないと、新 方式は定着しない」
 大先生の非論理的な結論に物流部長は返事のしようがない風情だ。営業部長は物流部長の顔を見ながら、小さく頷いている。ちょっとした沈黙 が訪れた。その沈黙を女史が破った。
 
「コーヒーでもいかがですか」
 物流部長がほっとしたように女史に向かって大きな声を出す。
 
「ありがとうございます。是非ください。私、ここのコーヒーが好きなんです」
 女史が「はい」と言って、給湯室に向かう。それを見ながら、大先生が思い出したように質問する。
 
「ところで、来たとき、最後の詰めの検討とか言っていたけど、それは何なの?」
 
「はぁー、いえ、それはもう答えが出ました。わかりました。頑張ります」
 
「バトルし続けて、最後は、あんたが詰め腹を切るってことか‥‥」
 
「そうです。それが答えです」
 大先生の言葉に営業部長が即座に答えた。物流部長が営業部長の肩を小突く。給湯室から女史の笑い声が聞こえる。大先生と営業部長にしか めっ面を見せながら、物流部長が大きなため息をついた。


湯浅和夫の物流コンサル道場「ロジスティクス編」
『月刊ロジスティクス・ビジネス』連載第62回 (20076月号)
■ 社長以下、関係者全員が顔を揃え効果を検証する会議が開かれた
 梅雨時とは思えない真夏のような太陽がふりそそぐある日の午前、大先生と弟子たちは車で大阪の物流センターに向かっていた。二年ほど前 に、この問屋のコンサルのキックオフミーティングが大阪支店で開かれた翌日に視察に来て以来の訪問だ。
 今回のロジスティクス導入にあたって、まずどこかの支店で成功事例を作り、その成果をアピールすることで他の支店の導入を促進しよう。そ う物流部長が考え、白羽の矢を立てたのが大阪支店であった。
 もっとも、物流部長が白羽の矢を立てたというよりも、大阪支店の営業部長が積極的に導入を進めており、他の支店より圧倒的に先行していた ため、必然的に大阪支店が選ばれたというのが実際のところである。
 それはともかく、大阪支店でのロジスティクス導入効果の検証は、今回のコンサルの集大成でもあり、本社からは物流部長はもちろんのこと、 社長と常務、前職が大阪の営業部長であった本社の営業部長が出席した。大阪支店からは支店長、営業部長と営業部員、物流部員が数名参加している。
 それほど広くない会議室は、立錐の余地もない感じだ。いまや遅しと大先生一行の到着を待っている。冷房を入れているにもかかわらず、会議 室は蒸し暑さに包まれている。社長や常務はしきりに扇子を使っている。窓から外の様子を窺っていた物流部員の一人が、車が到着し、大先生が降り立ったこと を伝える。
 社長が立ち上がった。それを見て、全員が立ち上がる。物流部長が出迎えのため慌てて会議室を飛び出して行った。
 大先生が会議室に入った途端、 顔をしかめた。大先生が暑さに弱いことを知っている物流部長が申し訳なさそうに詫びる。
 
「暑くて済みません。冷房を強めに入れているんですが、人が多くてなかなか効きません」
 大先生が「気にしないでいい」 というように顔の前で手を振り、社長に歩み寄る。社長や常務と挨拶をし、用意された席に向う。大先生が席に着くのを待って、社長が切り出した。
 
「先生は、昨日、こちらでご講演を‥‥」
 社長の話の途中で、大先生が頷く。大先生は昨日、大阪のある経済団体主催のセミナーで講演をした。大先生が頷くのを見て、社長が、若手の 社員たちを手で指し示しながら続ける。
 
「実は、彼ら三人は当社でも最も若いクラスに属するんですが、営業部長の指示で、昨日、受講させていただいたそうです。そうで しょう?」
 社長に振られた大阪の営業部長が頷いて、説明する。
 
「はい、先生がご講演なさると知って、これは是非お話を聞かせなければと思い、営業部員二人と物流部員一人を受講させまし た‥‥」
 
「それで、感想は?」
 営業部長の言葉を遮って、大先生が突然、三人に聞いた。三人とも一瞬、顔が強張った。この段階で突然大先生から感想を問われるなど思って もいなかった。三人ともすぐには声が出ない。
 
■ 若手営業部員の発言に突然、拍手がわき起こった
 
「なんだ、感想なしか‥‥」
 大先生の落胆したようなつぶやきに一人が慌てて声を出した。
 
「い、いえ、 勉強になりました」
 
「そりゃ、そうだろう。それで、どう勉強になった?」
 大先生に問い詰められ、答えに窮してしまった。社長や大阪の営業部長が興味深そうに彼らを見ている。三人のうちの別の一人が小さく手を上 げた。大先生が頷く。営業部員だという彼が、それでも落ち着いて答える。
 
「いろいろ大変勉強になりましたが、一番衝撃を受けたのが『物流部の存在が物流を遅らせる』というお言葉を聞いたときでした。 物流部があるので物流が遅れるんだという指摘は誰も考えていなかったことだと思いますので、ほかの受講者もびっくりしたようです。特に物流部に所属してい る人たちは色めきたったんじゃないでしょうか。どう?」
 隣に座っている一緒に受講した物流部員に問い掛けた。突然聞かれた物流部員は、「そんなことはないと思う。むしろ、その後のお話に興味を 持ったのでは……」と早口で答えた。物流部員の言葉に頷きながら、大先生が営業部員に妙な言い方でからむ。
 
「へー、そんなこと言ったっけ? しかし、事実を言って、色めかれたんじゃ かなわんな。まあ、あんたら営業も共犯だから‥‥」
 
「はい、そう感じました」
 
「そうって、どう?」
 
「えー、 お話の趣旨は、物流コストといっても、その多くは物流部では責任を負えないものなのに、物流のコストだからといって全部物流部が責任を負ってしまうところ がある。逆に、自分の責任なのに、物流コストだからといって、物流部に責任を押し付けてしまう営業や生産、仕入部門がある。こういう会社では物流は絶対に よくならない。物流部があることが物流についての無責任体制を作っているという皮肉な現象さ‥‥ということだったと思います」
 最後に大先生の口調を真似て、 ここまで一気に話して営業部員は一息ついた。突然、拍手が起こった。物流部長が「よく言えたな」と言いながら拍手している。大先生が苦笑する。社長が、呆 れ顔で物流部長を見た。物流部長が「済んません」と頭を下げ、営業部員に向って「それで?」と先を促す。
 
「はい、 えー、そのお話を聞いて、いまうちが入れようとしている物流ABCと在庫管理がどんな意味を持つのかがよく理解できました。責任の所在を明確にして、各部 門の身勝手な行動を規制することで全社最適を得ようとするものだとよくわかりました」
 社長が、営業部員を見て、嬉しそうに頷いた。すかさず、大阪の営業部長が他の二人に聞いた。
 
「君らはどう感じた?」
 二人が頷いて答えようとするの を大先生が遮った。
 
「講演の感想はもういい。なんか会議の出だしとしてはでき過ぎだな。あんたが仕組んだんじゃないの?」
 大先生から問われて、大阪の営 業部長が慌てて否定する。
 
「仕組んだなんて、とんでもありません。自然の流れでこういうことに‥‥」
 
「まあ、いいさ。そろそろ会議を始めよう」
 大先生の言葉を受けて、物流部 長が立ち上がって、開会を宣した。
 
■ 「へー、すごいですね」弟子たちも感心している
 
「それはいいとして、それらの導入で、どんな効果が見込める? いや、出始めている?」
 大阪の営業部長が、在庫管理と物流ABCを導入した経緯を説明している途中で大先生が「そんな説明は要らない」という感じで質問した。
 
「はい、申し訳ありません。余計な説明でした」
 大先生が頷くのを見て、大阪の営業部長が続ける。
 
「資料の次のページをお開きください。そこにありますように、いろんな効果が出始めています」
 大阪支店の営業部長がここで間を置いた。出席者全員がそこに書いてある効果を目で読む。頃合いを見計らって営業部長が説明を始める。
 
「物流ABCの大きなねらいでした物流サービスの是正につきましては、意外と言ってもいいくらいに進んでいます。大手量販は難 しいところがありますが、その他のお客さまでは結構興味を持って話を聞いていただけてます」
 
「話を聞いてもらうだけでなく、実際サービスは変わってきてるの? お客から『そんなこと言うなら、お宅とは取引しないぞ』な んて言われた営業はいなかった?」
 物流部長が先走って質問する。 順調に進展していることを知ってて、わざと聞いてるようだ。楽しそうな顔をしている。大阪の営業部長が苦笑し、気を取り直したように続ける。
 
「別にお願いに行ってるわけではありませんので、そんなこと言うお客さまはいません。お客さまにもメリットがあることを明確に 伝えますし、メリットが出るように私どもで支援もしますと言えば、結構真剣に聞いていただけます」
 
「具体的にどんなメリットを提示してるんですか?」
 美人弟子が興味深そうに質問する。隣で、体力弟子が同じことを聞きたそうな顔で頷いている。
 
「はい、もちろん、お客さまによって違いますが、いま私どもで力を入れて提案させていただいているのは、多頻度で小口の発注に なっているお客さまに対して、それがいかにお客さまにとってロスが大きいかをデータで示しています。もちろん、多頻度の発注をやめてくださいなんていう押 し付けがましい言い方はしません」
 美人弟子が頷き、確認するように質問する。
 
「多頻度の発注がお客さまの店頭の棚の回転をかえって悪くしている、つまり、欠品による売上ロスや過剰在庫が棚の収益力を落と しているというようなことを数字で示すのですか?」
 
「そうです。 なぜ多頻度になってしまうのか、その結果どういうことが起こっているかということについて、われわれの持っている仮説から確認のヒアリングを行い、これな らいけると判断すれば、実験的にわれわれの方で棚作りをやります」
 
「たとえば、 商品別の一日当りの販売量などのデータは御社で取ったものを使うんですか?」
 体力弟子が、興味深そうに聞く。大阪の営業部長が頷いて答える。
 
「そうです。 お客さま別の商品別の出荷量をずっと取ってます。その分析ソフトもわれわれで作りました。これについては、後でお見せします」
 
「へー、すごいですね」
 二人の弟子が同時に感心する。 大阪の営業部長が嬉しそうな顔をし、続ける。
 
「えー、 物流ABCで顧客別の実態、つまり、顧客別の物流コストと採算をつかみます。それだけでは、お客さまへの提案はできませんので、顧客別の出荷データからそ のお客さまの棚の在庫の持ち方を分析して、多頻度になってしまっている原因をつかみます。そして、在庫の持ち方を変えれば、どうなるかということをシミュ レーションして望ましい答えを出します。お客さまの想定される効果とわれわれにとってのメリットも一緒に提示して検討してもらうという手順です」
 
「商品別の発注点と発注数量をお客さまに伝えるということですね?」
 美人弟子が聞く。大阪の営業部長が大きく頷く。その後、ちょっと顔をしかめる風に付け足す。
 
「実は、それらの数値を実際の発注にどう活かすかという仕組みづくりで苦労するといえば苦労してます。お客さまによっていろい ろなやり方をしてます‥‥」
 
「苦労といえば、営業の連中をそういうやり方に馴染ませるのに苦労したんじゃないか?」
 かつて営業マンだった物流部長が、しみじみとした顔で率直な感想を述べる。営業部長の代わりに、隣に大人しく座っていた大阪支店長が頷き ながら答える。
 
「たしかに、あんただけじゃなく、われわれ昔の営業を知ってる人間にすれば、『そんな面倒なこと』と思うけど、最近の若い連中 は、かえってそういうことに興味を持つようだ。ときどき営業会議などを覗くと、プロジェクターでいろんな数字やグラフを映し出して、みんなで喧々諤々やっ てるよ。われわれの時代の、御用聞き営業のようなことは誰もやりたくないようだ。もう、おれの出番はないよ」
 
「なるほど、営業ももう体力の時代ではなく、頭脳の時代ってことか。ロジスティクスは、物流だけじゃなく、営業や仕入れを理に 適ったものにしようという取り組みだけど、それが若い連中の感性に合うってことだな。なるほど、まあ、会社にとっては結構なことだ。それじゃ結構ついで に、この辺で休憩にしましょう」
物流部長が感慨深そうに結論を出し、休憩を宣した。


湯浅和夫の物流コンサル道場「ロジスティクス編」
『月刊ロジスティクス・ビジネス』連載第63回 (20077月号)
■「それで、いくら下がったの?」物流部長が性急な質問をする
 大先生がコンサルをしている問屋の大阪支店の物流センターでロジスティクス導入効果を検証するための会議が開かれている。休憩後会議が再 開された。物流部長が、進行係としての役割を意識してか、口火を切った。
 
「それで、物流コストは、結局いくら下がったの?」
 
「いえ、正直なところ、まだ具体的には見えてません」
 
「なーんだ‥‥」
 大阪の営業部長の率直な答えに、物流部長ががっかりしたような顔をする。すかさず、大先生が大阪の営業部長を援護する。
 
「なーんだ、じゃないよ。サービスにメスが入ったからといって、すぐにコスト削減に結びつくってもんじゃないだろう」
 
「はい、そうでした。すんません」
 物流部長が素直に認める。大先生が続ける。
 
「それに、物流の現場で明らかになった問題だけど、それは本質的には営業の問題さ。いまやり始めた営業の顧客支援が顧客の評価 を得て、それが売上増に結びつくのが本筋だ。物流コストは結果として減ってくる。それでいい」
 大先生の言葉に社長が頷く。それを見て、物流部長が、資料を見ながら質問を変えた。
 
「そうそう、ここにある物流センターの作業人員の削減効果っていうのは、具体的にいうと、どんなこと?」
 
「はい、作業人件費を下げるということです」
 大阪の営業部長が真面目な顔で答え、物流部長を見てにやっとする。かまわれたと思った物流部長が、むっとしたようにつっかかる。
 
「そんなのわかってるよ。そういうことじゃなくって‥‥」
 
「いや、あんたが聞いたのはそういうことだよ」
 大先生の断定に物流部長が言葉を詰まらせた。そこで、物流部長の代わりに体力弟子が質問した。
 
「物流ABCを使って、物流コストを下げる取り組みもなさってるようですね? 具体的に、物流ABCで何をどうしようとされてるんですか?」
 体力弟子の質問に物流部長が 「そうそう」と言いながら頷く。
 大阪の営業部長が説明を始める。
 
「はい、日々の作業者数を事前に計画化しようということです」
 待ってましたとばかりに弟子たちが頷き、身を乗り出す。弟子たちの反応のよさに気を良くしたのか、大阪の営業部長が張りのある声で説明す る。
 
「センターの作業人件費というのは、基本的に、物流センターに何人配置するかということで、大方決まってしまいます。それに個 々のアクティビティごとに効率化をして作業時間を短縮しても、それを直接人員削減に結びつけるのは難しいということもわかりました。それから、人員削減し たいといっても、パートさんを切ることには躊躇するというのが本音のところです。いろいろ考えた結果、それらを同時に解決する方法として人員配置計画に辿 り着いたのです、はい」
 
人員は削減してもパートは切らない データを元に配置に知恵を絞った
 ここまで一気に話して大阪の営業部長は一呼吸置いた。みんな、興味深そうな顔で彼の顔を見ている。大先生が満足そうな顔でたばこを吹かし ている。美人弟子が言葉を挟んだ。
 
「アクティビティごとの作業時間短縮を人員削減に結びつけ、ただしパートさんを切ることはしない、それらを同時に実現するため の方策として人員配置計画を作るということですね?」
 
「ふーん、マジックみたいなことだな。それって具体的に何をどうするの?」
 物流部長が興味深そうに先を促した。
 
「はぁー、 別にマジックというほどのことではないんですが、要するに、これまでは作業者の数は、何というか、まあ勘と経験で、たとえば、週末と週初めは多め、週中は 少なめという感じで人を入れてましたが、結局は常に多めの人員配置になってしまっていたといえます。まあ、人が足りなくて作業に遅れが出たら大変ですか ら、それもやむをえなかったと思います」
 この言葉に社長をはじめみんなが頷く。
 
「そこで、 せっかく物流ABCを入れて、アクティビティごとの処理時間を取ったのですから、このデータを使って人数を適正化できないかと考えたんです」
 物流部長が「わかった。それで」という意味を込めて何度も頷く。
 
「どうしたかといいますと、物流センター内の作業をたとえば入荷棚入れグループ、ピッキング検品グループ、梱包グループなどと いうようにいくつかに大きく区分しました。各グループに含まれるアクティビティごとの一処理あたり作業時間を合計して、グループごとの一処理当り作業時間 というものを出しました」
 説明の途中で、突然物流部長が口を出した。
「なるほどー。その時間があれば、あとはグループごとの処理量を予測して、それを掛ければ一日の必要作業時間が出るな。その時間を一人当た り稼働時間で割って人数を割り出すってわけか」
 物流部長の解説に大阪の営業部長が「さすがー」と言いながら頷く。物流部長が満更でもないような顔をする。大阪の営業部長が続ける。
 
「部長のおっしゃるとおりです。処理量は、これまでの実績から毎週はじめに翌週の日々の出荷量を予測しています。特売とか特別 量の多い出荷は事前にわかりますので、それは別途足しこみます。日々の出荷量がわかれば、必要人数の算出は簡単です」
 物流部長が頷きながら、課題を指摘する。
 
「そうすると、出荷量予測の精度が問題になるな?」
 物流部長の意見に大阪の営業部 長がさらりと答える。
 
「そうですが、翌週の出荷ですから、それほど難しくはありません。まあ、課題といえば、予測した以上に出荷が出た場合だけで す。人数が少ないと作業が遅れますから。逆に、予測より出荷が少なければ作業上は何も問題は出ません。予測をオーバーしたときの対策だけを考えておけば大 丈夫です。対策としては、万一のときは支店の人間を動員すれば何とかなります。もう、この計画化を始めて一カ月くらい経ちますが、明らかに効果が出始めて います。確定数値ではありませんが、仮の試算では一割以上作業人員が減ってると思います」
 大阪の営業部長が成果を誇る。 その顔を見て、物流部長がいじわるな言い方をする。
 
「そうすると、出荷量が予測より少ない場合は、人が余るので、のんびり仕事するってことか?」
 
新入り物流部員の顔が見えない「あいつは彼のせいで辞めました」
 物流部長の皮肉な質問に大阪の営業部長が首を振る。
 
「とんでもありません。実際の出荷量が少ない場合は、さっきの逆をやります」
 
「逆をやるって?」
 物流部長が、意外な答えに即座 に聞き返した。
 
「はい、余った作業者を支店に移し、支店の業務を手伝ってもらってます。これまで管理データの作成などいろいろやりたくてもで きなかったことが結構ありますので、それをやってもらってます。この費用は営業が負担してます」
 
「へー、なるほど、その手があったか。でも、パートさんは嫌がらない?」
 
「嫌がるどころか、気分転換になるといって喜んでます。それに、若干ですが、この際、パートの賃金を上げました。物流センター で効率化しても自分たちは首になることはない、逆に賃金も上がったしということで士気は高まっているようです」
 物流部長が「あんたにはかなわん」という顔で首を振っている。突然、思い出したように質問した。
 
「でも、出荷量が多いかどうかは、その日にならないとわからないのでは?」
 
「あっ、言い忘れましたが、当日受注はやめました」
 
「へっ‥‥」
 
「大体、どう考えても、当日に注文を受けて、その日のうちに納品するなんて事態は異常です。お客様にも私どもにも、結局どちら にもいいことなど何もありません。そんなサービスは、日配品は別としてあってはならないことです」
 大阪の営業部長が持論を展開し、続ける。
 
「それはいいとしまして、うちの場合、当日注文というのは、行数でいえば、二割くらいあったんですが、そういう注文が来るのは 決まったお客さまなんですよ。数でいえば数%です。ですから、私が行って、そういう注文はやめてほしいとお願いしてきました。みなさん、受け入れていただ きました」
 物流部長が、いかにも感心したという顔で褒める。
 
「あんたが理詰めでお願いすると、向こうも嫌とは言えないだろう。それにしても、やることしっかりやってるなー。たしかに、予 測が外れた場合の対処法だとか前日受注にしてしまうというような枠組みをきっちり作ることが、重要なんだよな。あんたは、やっぱり違う。えらい。必ず出世 する」
 座に笑いが起こった。本社の営業部長が続ける。
 
「そうだな、うちの他の連中だったら、予測が外れたらどうするんだ、当日受注があるから無理だとか、できない理由ばっかり挙げ て、結局やらないな。うん、大したもんだ」
 二人の部長に褒められて、大阪の営業部長が苦笑して下を向く。ちょっと間ができたのを見計らって、体力弟子が整理の質問をした。
 
「こういうことですね。翌週の日々の出荷量を予測して、それをもとに日々の人員配置を決めて、事前にそれに合わせてパートさん の人数を調整する。調整するというのは、パートさんの出勤体制を調整するということですね。そして、前日に確定した出荷量を見て、支店の応援を手配するか パートさんを支店に派遣するかといったことを決めるということですね?」
 
「そうです。予測よりも人数が少なくて済むと判断できれば、翌日休みたいというパートさんには休んでもらいます。みなさん出勤 したいというのであれば、余った人数分を支店に派遣するよう手配をします。予測より多くの人が必要なときは、支店の応援もありますが、その前にパートさん の増員が手配できれば、そうします。はい、そういうことです」
 体力弟子が納得した顔で頷く。 美人弟子がさらに確認する。
 
「アクティビティ別の作業時間の短縮は、グループごとの処理時間に反映されて、人数の削減に結びつくということですね? グ ループごとの人員のやりくりもあるんですね?」
 
「はい、そうです。時間帯によってグループ間の移動などもしています」
 
「なるほど。うまくやってますね。感心しました」
 美人弟子が賛辞を贈る。体力弟子が同感というように大きく頷く。大阪の営業部長が「いえいえ」というように、顔の前で手を振る。
 
「実は、うちの営業の若手に、お二人のどちらかが大阪でおやりになった物流ABCの研修会に行かせたんですが、そのとき、この 作業時間を使った人員配置計画のお話があったようで、彼が帰ってきて、是非これをやりたいと私に進言してきたのです。それでやらせていただきました」
 
「なんだ、そうか。それでちょっと安心した」
 物流部長の妙な感想に座に笑いが起こった。そのとき、突然、大先生が思い出したように物流部長に質問した。
 
「営業の若手といえば、あんたが連れてきたあの新入りの物流部員はどうした? あれから顔を見ないけど」
 物流部長が一瞬困った顔をする。営業部長が、物流部長の顔を思わせぶりに見ながら答える。
 
「あいつは彼のせいで辞めました」
 物流部長が慌てて「おれのせいじゃないよ」と顔の前で手を振るが、社長がだめを押した。
 
「あなたのせいじゃなくても、あなたが原因には変わりないわね」
 観念したように、物流部長が説明を始めた。


湯浅和夫の物流コンサル道場「ロジスティクス編」
『月刊ロジスティクス・ビジネス』連載第64回(20077月号)

■美し過ぎる動機にはウソがある物流部長がしたり顔で解釈する
 新入りの物流部員が辞めてしまった件について物流部長が説明を始めた。
 
「実は、例の支店なんですが、あのー、前にお話しした、私と支店長がやりあった、あの支店です」
 
「あー、なるほど。あの支店長がからんでくるのか。それで?」
 物流部長が話しにくそうに、ぼそぼそ言い始めるのを大先生がせかした。
 
「はい、あの支店の担当から、システムについて相談があるので来てくれと言ってきたんです。それで、私が行くつもりだったので すが、急に用事が入ってしまったので、その例の彼に、話だけでも聞いてくるようにと一人で行かせたんです。それがまずかったんです」
 
「まさか、支店長にいじめられて辞めてしまったなんてばかな話じゃないよな?」
 大先生の確認に、社長が即答した。「いえ、そのばかな話なんです。ほんと情けない」。社長がため息をついた。
 物流部長が補足する。
 
「なんか、会議をしてるときに、あの支店長が顔を出して、私がいないことをいいことに、この前の腹いせなんでしょうが、いちゃ もんをつけたり、わけのわからない質問をしたりして彼をいじめたらしいんです」
 
「へー、そんな程度のことで辞めるって言い出したの、彼は? まあ、もともと辞めたいって気持ちがあったんだろう。あのとき彼 が語った、物流をやりたいという動機も本音とは思えなかったし‥‥」
 
「美し過ぎる動機にはうそがある‥‥ってとこでしょうか」
 物流部長がしたり顔で大先生の話を引き取る。社長が苦笑する。
 
「そうだな、 あんな絵に描いたような理由で物流をやりたいなんてできすぎだ。現状から逃避するための言い訳だろう。営業から逃げたとは思われたくないので、自分で取り 繕ったのさ。大体、中途半端に頭がいいとああなってしまう。それで、辞表は社長に持っていったわけ?」
 大先生が社長に向かって聞く。 社長が頷く。
 
「はい、理由を聞いて呆れて、すぐに受理しました」
 
「実はですね、それにからんでもう一つ事件があったんです」
 物流部長が、そう言って、社長の顔を見た。話の流れで言い出してしまったが、言ってはいけないことだったかもと不安に思ったようだ。社長 が頷くのを見て、安心したように続ける。
 
「その辞めてしまった彼とのやり取りの中で、件の支店長が、よせばいいのに、そんなシステムの導入などほっとけばいいと口走っ てしまったんだそうです」
 
「はー、それはまずい。それで社長は怒った?」
 大先生が社長の顔を見ずに、物流部長に聞く。
 
「はい、それはもう。私と常務が呼ばれて社長室に行ったんですが、般若のような形相でした」
 そう言って、物流部長は、ちらっと社長の顔を見て、首をすくめる。大先生が、楽しそうに物流部長に聞く。
 
「それで、どうなった?」
 
「はぁー」
 物流部長が口ごもる。それを見て、社長が先を促す。
 
「どうしたの、先生にお話しなさい」
 
「はぁー、社長が一言、『私の方針に抵抗するような支店長はいりません。処分については常務に任せますのでよろしく』っておっ しゃって終わりです」
 大先生が常務の顔を見る。常務が説明する。
 
「はい、支店長を辞めさせ、いまは私付きということにしています」
 
「なるほど。 しかし、物流部長は疫病神だな。物流部長にかかわるとろくなことはない。おれも気をつけないと」
 大先生がわざとらしく顔をしかめるのを見て、社長と常務が大きく頷く。営業部長が「そうです。気をつけてください」と言う。
 
「また、みんなして、そんな‥‥。あっ、そろそろ休憩にしましょう」
 分が悪くなった物流部長が勝手に休憩を宣した。
 
■在庫を一週間分に減らした それでも問題は起きなかった
 休憩後、美人弟子が大阪の営業部長に気になっていたことを質問した。
 
「それで、在庫はどうですか? 設定した範囲に収まっていますか? 何か問題は出てますか?」
 美人弟子の質問に、みんなが興味深そうに大阪の営業部長を見る。大阪の営業部長がメモのようなものを取り出し、答える。
 
「えー、特に問題は出ていません。在庫は、一週間分持つということでやっています。メーカーさんとの取引条件で一定単位のロッ トで取引するというものが結構多いので、 発注量はこれに合わせて設定しています。ただ、商品によっては、数カ月分の出荷量になってしまうような単位もありますので、単位を小さくしてくれるよう申 し入れていますが、なかなかできません。これらについては返品を認めてもらってます」
 
「ということは、他の商品は返品しないってこと?」。物流部長が確認する。
 
「はい、補充システムのおかげで出荷の動きがわかりますから、返品など発生しません。残りそうだと思ったら、値引きして売って しまってます。もともと在庫が多くないので問題にはなりません。あっ、もちろん返品しないということで、仕入単価に反映してもらってます。いま言ったロッ トが大きいため返品を認めてもらっている商品も、もちろん返品なし価格扱いになってます。ロットは向こうのせいですから」
 それを聞いて、営業部長が独り言のようにつぶやく。「ふーん、いまのところ、うちのほかの支店は返品ありでやってるから、同じメーカーか らの仕入でも価格に差が出てるってことになるな」
 
「そうでしょうね。価格メカニズムが働いているということでしょ。この先返品しないということになれば、大阪支店の仕入価格が 基準になるわけね」。社長の言葉に全員が頷いた。
 社長が続けて聞く。「発注方式は、二つを併用しているんでしょ? これも問題はない?」
 
「はい、定期発注をしているメーカーさんも多いですから、発注点法だけでなく、定期発注法も併用しています。これもほとんどの ところが一週間に一度ということですから、在庫は一週間分です。どちらを使っても、リードタイムが短いので、需要予測など必要ありませんし、特に問題は起 こってません」
 体力弟子が話の流れに合わせて質問する。「そうすると、欠品もあまりないということですか?」
 
「はい、爆発的に売れるような商品が出れば、欠品もあるでしょうが、そんな商品はいまのところ出てません。出て欲しいと思いま すが‥‥」
 
「特定の顧客への特別な出荷については事前に情報を入れるようにしてるんですね?」
 
「そうです。 情報なしで、そのような出荷があった場合は、なぜそんな出荷があったのか、事前にわからなかったのかといった点について徹底的に検討します。その結果明ら かになったことでシステムに取り込めるものはそうしますし、営業で対応しなければならないものは徹底的に対応するようにしています」
 徹底的にという言葉を繰り返し使うところに大阪の営業部長の意欲が垣間見える。それを聞いて、体力弟子がさらに確認する。
 
「そうすると、欠品が出るのは、メーカー側で欠品が出たときだけということですね?」
 
「そうです。 メーカー欠品だけは、われわれにはどうにもなりません」
 ここで突然、物流部長が独り言を始めた。
 
「もともとシ ステムが出荷の変動を入れながら発注量を決めているんだし、安全在庫も持ってるし、リードタイムも短いし、問屋という商売では欠品なんか出るはずもないと いうことだ。もちろん、在庫だって一週間分もあれば十分ってことだ。こうなると、なんでいままで在庫が多いだ、欠品がこわいだなんてつまらんことに振り回 されていたのかわからんな。営業が悪かったんだろうな、なっ、なっ?」
 物流部長が、本社の営業部長と大阪の営業部長にわざとらしく確認する。本社の営業部長が「かもな」と素直に認める。大阪の営業部長が同意 を示すように頷きながら、自分の考えを言う。
 
■「あんた、よくやった」 めずらしく大先生が褒めた
 
「たしかに、在庫は営業が手配してましたから、すべて営業の責任です。手配するときに市場動向とか考えればよかったんでしょう が、そもそも在庫を管理するという発想がまったくありませんでした。要は、在庫を管理するんだという意識と、それを可能にする支援のシステムがなかっただ けということでしょうね」
 
「そう、たったそれだけのことなんだよ、たった」大先生がぽつりと言って、みんなを見る。みんなが頷くのを確認して、大先生が 続ける。
 
「何だか知らんけど、在庫については言い訳がたくさんできるからな。市場が読めないだとか突然の出荷があるだとか、外的な要因 で管理が難しいようなことを言うことが多いけど、それはすべて言い訳に過ぎない。特に問屋在庫だとか物流センター在庫などは簡単に管理できる。まあ、 ちょっと工夫がいるのがメーカー在庫だけど、これも管理は可能。要するに、管理しようという発想がなかっただけさ」
 大先生の言葉に、社長が同意する。
 
「たしかに、市場が読めないなんてことはありません。日々の出荷動向はわかるわけですから、それに合わせて在庫を確保すればい いだけです。突然の出荷などは、そもそもあってはならないことです。先ほど彼が言ったように、その原因を追究すれば、原因の所在は、私どもかお客さまの方 か、簡単にわかります。どちらに原因があっても、人為的なことですから、解決は難しくありません。先生のおっしゃるように、要は管理していなかっただけな んだとしみじみ思います」
 この社長の言葉で在庫論議は終わりとみんなが思ったとき、物流部長がぼそっと聞いた。
 
「それで、在庫はどれくらい減りそう?」
 
「はい、いままでは大体三週間から四週間分くらいあったでしょうから、三分の一くらいになるのではと思ってます」
 
「そうすると、この物流センターは広すぎるな?」
 物流部長の確認に大阪の営業部長が即答する。
 
「はい、ですから、ここは他に転用するか、売ってしまうかして、もっと狭いところに移ろうかと思ってます。借りるかなんかし て。でも、ここが有効活用されないと、移るメリットは出ませんので、これについては検討事項として本社に上げようと思ってます」
 
「なるほど、 わかった。さすが大阪だな。おれの期待どおりに動いてくれてる。あとは、ここをベンチマーキングすればいいわけだ。いやー、ゴールが見えてきた。よかっ た、よかった」
 物流部長の言葉に営業部長がすぐに水を差した。
 
「あんたの期待どおりに、じゃないだろう。あんたの期待以上に動いてくれたんじゃない? それにゴールはまだ見えてないと思う よ。ゴールに行く道は見えたけど、この先、その道は山あり谷ありだよ、きっと」
 物流部長が何か言おうとするのを遮って、大先生が物流部長を手荒く励ました。
 
「たしかに、 営業部長の言うとおりだ。でも、この物流部長がいれば大丈夫さ。あちこちでバトルを演じ、何人かの支店長を首にし、全支店を大阪支店並みにしていくな、 きっと。頼もしい限りだ」
 
「また、先生もそういうことを‥‥。でも、乗りかかった舟ですから、このまま突っ走ります。先生方、よろしくお願いします」
 物流部長が、弟子たちに頭を下げる。弟子たちも「頑張ってください」と励ます。
 突然、大先生が大阪の営業部長に声を掛けた。
 
「あんた、よくやった。こういう改革には、あんたみたいな人が必要だ」
 それを聞いて、大阪の営業部長が顔をくしゃくしゃにして、深々と頭を下げた。社長が、立ち上がって、彼に歩み寄り、その背中をぽんぽんと 叩いた。


湯浅和夫の物流コンサル道場「ロジスティクス編」
『月刊ロジスティクス・ビジネス』連載第65回(20078月号)
〜ロジスティクス編・最終回〜

■物流部長が「コンサルのお礼を」と 突然、大先生の事務所を訪れた
 九月も終わりに近いというのに、大先生事務所の窓から見える道路には夏の日差しが照りつけ、通り過ぎる車の屋根が眩しく光っていた。大先 生は、いつもどおり自席で舟を漕いでいる。事務所は、弟子たちが外出中で、大先生と女史の二人だけだ。まどろんだ空気に包まれている。
 その静寂が突然破られた。事務所の扉が勢いよく開けられ、「ちわー」という聞きなれた声がした。大先生がびっくりしたように顔を上げ、不 安げに入り口を見ると、案の定、いまコンサルをしている問屋の物流部長がニコニコしながら立っていた。
 「突然すんません。思い立ったら吉日だと思ったものですから‥‥
 大先生が立ち上がり、不機嫌そうにつぶやいた。
 「何を思い立ったんだよ、こんな暑い日に」
 女史が「いらっしゃいませ」と挨拶し、給湯室に向かう。その背中に物流部長が声を掛けた。
 「勝手言ってすんませんが、冷たいものをいただけますか」
 女史が振り返って頷く。大先生が物流部長に声を掛ける。
 「まあ、お座りな。それで、突然何の用? 退職の挨拶にでも来たの?」
 「いえいえ、まだ首はつながっています。今日はお礼に伺いました」
 「はー? 首がつながっているお礼?」
 「それもありますが、コンサルが一段落したものですから、社長が、改めてお礼の会を催したいと言ってますが、その前に個人的にお礼を言い たかったものですから‥‥
 「なにー、あんたがわざわざお礼に?」
 「そんなに驚かなくても‥‥
 「驚くよ、そりゃ。思い立ったって、てのは、お礼を言おうと思い立ったってこと?」
 「はい。いけませんか?」
 「いけなくはないけど、結構律儀なとこがあるんだな」
 「いえ、そう褒められましても」
 「褒めてなんかいないよ」
 大先生と物流部長の相変わらずのやりとりに女史がくすくす笑いながら、冷たいものを持ってきた。物流部長がそれに口をつけながら、仕切り 直しをするように切り出した。
 「しかし、早いもので、先生にご指導いただいてから、もう二年になります」
 「へー、二年になるのか。ロジスティクスの導入に二年もかかってるようじゃしょうがないな。まあ、あんたが責任者だから二 年でできたってのは上出来か」
 「はー、褒められてるのか、けなされてるのか、とにかく、一応当初目指した段階には到達しました。これも先生のおかげです」
 「いやいや、あんたのおかげだよ」
 「いえ、そのー、しかし、ようやく先生にも慣れました。最初はどうなることかと思いました」

「理に適った物流」とは何か 大先生が卒業試験を言い渡した
 突然、物流部長が妙なことを言い出した。大先生は返事のしようがなく、怪訝な顔をしている。
 「最初は、ぶっきらぼうで、こわそうな感じでしたが、ほんとはこわぶってるだけで、意外にやさしいんだってことがわかりました」
 「あのなー、何言ってるんだ。そんなこと言いにわざわざ来たのか?」
 明らかに大先生は戸惑っている。物流部長が先手を取った感じだ。
 「いえ、何というか、振り返って、率直な感想を述べただけです」
 「率直な感想なんて要らないの。なんかあるだろ、ほら、勉強になりましたとか目からうろこの連続でしたとか、ほかに言い方がさ‥‥
 「はー、それはもう勉強になりました‥‥
 「へー、どんなとこがどう勉強になった?」
 大先生のいじわる癖が出た。中途半端な答えをしていると、とことん追求される。
 「それはもういろいろありましたが、一番頭に焼き付いているのは物流を理に適った存在にするということです。なんか抽象的な言葉のようで すけど、実は具体的な判断基準になるということを実感してます」
 「それは、『理に適っているか』ということで常に判断するってこと? それじゃ、理に適うというのは具体的にどういうこと?」
 立場が逆転してしまい、物流部長が一息入れるかのように、冗談を言った。
 「なんか、卒業試験を受けてるようですね。これで不合格になったらどうなるんでしょうか?」
 「職を辞すればいいのさ」
 大先生があっさり言う。予期していたかのように、物流部長が落ち着いて答える。
 「やっぱりそうですか。えーとですね、これも先生の受け売りですが、あまり具体的とは言えませんが、簡単に言えば、『常識的におかしくな いことをしろ』ということだと理解しています。物流サービスだっておかしいことが多いですし、在庫だっておかしいことだらけです。この常識的におかしいこ とは一切やらないというのが私の判断基準です」
 「合格!」
 大先生が大きな声を上げた。物流部長が嬉しそうに手を叩いている。妙な二人だ。何だかんだいいながら、この二人は相性がいいのかもしれな い。
 賑やかな二人のやり取りに女史が興味深そうに顔を出し、「コーヒーでもいれましょうか」と聞く。物流部長が大きく頷いて 「お願いします」と答え、大先生に小さな声で言う。
 「こちらのコーヒーは美味しいですよね。社長もそう言ってました。なんというか、やさしい味がするんです。やっぱりいれてくれる人による んでしょうね?」
 「何言ってるんだ。六グラムの砂糖全部入れて、美味いも何もあったもんじゃない」
 大先生がつっけんどんに言う。物流部長もめげない。
 「先生は格好つけてブラックなんかで飲んでますけど、死ぬ間際に、一度砂糖をたっぷり入れたコーヒーを飲んでみたかったなんていうタイプ じゃないですか?」
 大先生は返事をしない。たばこをすいながらそっぽを向いている。女史がコーヒーを持ってきた。女史に目配せしながら、物流部長が質問す る。
 「そういえば、お二人の先生は、今日はご不在なんですか?」
 「はい、仕事で出かけてます」
 「それは残念でした。お礼を言いたかったんですが」
 「はい、私からお伝えしておきます」
 「よろしくお願いします」と言いながら、物流部長が大先生に向き直って「そうそう」と思わせぶりに話しかける。
 「来月なんですが、大阪の営業部長が自分のとこのロジスティクスの取り組みについて報告する場が設けられることになりました。社長が設定 したんですが、全支店の幹部連中に万難を排して参加するようにという指示が出ました」
 「成功事例を見せてほかの支店に発破をかけるわけだ。それはいいけど、ほかの支店の取り組みはどうなっているんだ?」
 「はい、私の予想では、支店間で結構差が出るんじゃないかと思ってたんですが、意外に全部の支店が前向きに取り組んでます。社長が先頭に 立ってますし、大阪のようにすでにうまくやっているところもありますので、どこもやらざるをえない状況に追い込まれているってこともありますが、結局は、 それをやることが自分たちの利益になるってことを理解したからだと思います」
 「それに乗り気じゃない支店長はあんたが追い出してしまったしな」
 「そんな人聞きの悪いこと言わんでください」
 物流部長が迷惑そうな顔をする。それにかまわず、大先生が続けて質問する。
 「それで、具体的な成果は出始めた?」
 「はい、発注支援のシステムは全支店で動き出しました。まだ、そう日は経ってませんが、在庫は明らかに減ってきています」
 「まあ、いままでまったく管理してこなかったんだから、不必要な発注がなくなるだけで結構減る。問題はその先どこまで減らせるかだ」
 「はい、そのあたりやABCを使った顧客の管理をどうやるかということについて大 阪の営業部長に話をしてもらおうということなんです」


物流部長の返り咲きを祝って 大先生事務所の宴会が始まった
 「それにしても、大阪の営業部長は出世街道まっしぐらだな」
 大先生が楽しそうに物流部長に言う。物流部長が大きく頷く。
 「はい、前から将来を嘱望されてはいたんですが、今回のロジスティクス導入という場を得て、一気に能力を開花させたという感じです。彼も 先生には頭が上がりませんな」
 「別におれが開花させたわけじゃない。自分で花開いたんだからたいしたもんだ」
 「あっ、ついでですが、実は、私、今度ロジスティクス本部長に返り咲くことになりました」
 「一方は開花し、あんたは返り咲きか。それはいい。ところで、そのロジ何とかってのは何をするところ?」
 「はい、一言で言えば、ロジスティクスの進捗を監視するところです。社長は違う言い方をしてましたけど、私はそう理解してます。」
 「各支店から毎月在庫やABCのデータを集め、進捗の遅いところや 相互に比較して劣っているところがあれば、呼びつけて発破をかけるってわけか?」
 「はぁー、まあ、そんなとこです。発破をかけるだけでなく、指導というか支援もします。今度から月次決算を導入することになりましたん で、その分析もやることになってます」
 「ふーん、あんたにぴったりな仕事だな。社長からは『全社のロジスティクスの進捗がうまくいくかどうかはあなたの責任よ』 なんて言われてるんだろ?」
 「そうなんです、そうなんです。何でわかるんですか? さすがですね」
 「さすがも何も、もともと本部ってのはそういうもんだろ」
 「はー、そうらしいです。部下も何人かつけるって言われました」
 「そうすると、本社の営業部長も営業本部長に返り咲いたってわけだ?」
 「あっ、そう言えば、彼から、今度一緒に先生のところにご報告に行こうなんて言われてたんでした。まずいな。今度また一緒に来ます」
 「みんな出世してけっこうなことだ」
 「いやー、私らは出世というか、返り咲きですから。大体あれですよ、一年前にロジスティクス本部長を命じられたのに、先生が、そんな役 職、言いづらいから物流部長でいいっておっしゃって降格されたんですからね」
 「そんなことあったっけ? 覚えてない。まあ、あの頃は実質、物流部長の域を出てなかったからな。いまは名実ともにロジスティクス本部 長ってことでいいんじゃないの」
 「ありがとうございます。名実ともにだなんて、なんか初めて先生に褒められた気がします。たしかに、あの頃は、まだロジスティクスっての が何なのかわかってませんでしたから」
 物流部長が素直に答える。大先生が、また突っ込む。
 「ふーん、いまはロジスティクスの何たるかがわかったってことだ。それは、一言で言うと何?」
 大先生の質問に物流部長の表情が変わった。ちょっと考え込む風をしている。いつもと違う物流部長の様子に大先生が身構えた。
 物流部長が口を開いた。
 「笑わないでくださいよ」
 大先生が、拍子抜けしたように苦笑して、興味深そうに頷く。
 「ロジスティクスとは‥‥美しい会社をつくること、と解したり」
 大先生がまじまじと物流部長の顔を見る。照れくさそうに、物流部長が弁明する。
 「すんません。柄にもないことを言いました」
 「なーに、言い得て妙。よし、あんたの返り咲きを祝って乾杯するか。おーい、宴会やるぞ」
 大先生が女史に声をかけた。
 こうして、この問屋のコンサルは一段落した 。