『月刊 ロジスティクス・ビジネス』連載第42回(2005年10月号)


■ 秋本番! まどろむ大先生事務所

 とある会場で大先生の講演が終 わった。いつもとは違って、参加者からの質問が相次ぐ。それも大先生の主張に疑問を呈するものばかりだ。気をよくした大先生が丁寧に答えていく。

 「先生、物流 はコア・コンピタンスたりえないとおっしゃいましたが、物流は、それが行われてはじめて商売が完結する重要な活動です。それでもコア・コンピタンスではな いんですか?」

 「そもそも企 業の中に重要でない活動なんか存在しない。みんな重要なんだよ。だが、コア・コンピタンスは限られている。わかる? 要するに、あんたがコア・コンピタン スの意味を理解してないだけ」

 「先生、物流 管理とは物流をやらないためのマネジメントだということですが、一般的には、物流部でそういうマネジメントをやるのは難しいのではないでしょうか?」

 「逆に聞くけ ど、物流をやらないためのマネジメントって具体的には何をすることだと思う?」

 「市場が必要 としない在庫は動かさないとか、過剰と思われるサービスはやめること‥‥と理解しましたが」

 「なぜ、それ ができないの?」

 「権限とか社 内の壁とかデータがないとか‥‥」

 「ようする に、あんたにやる気がないだけだよ」

 「先生、物流 コストを半減せよとおっしゃいますが、それはいくらなんでも非現実的なのではないでしょうか?」

 「実際に半減 に挑戦してみた? やってないんだろう。やってもいないうちからそんなの無理だなんて言うやつには一円の削減もできないさ。現実に半減している会社はある し、十分可能さ」

 「先生、物流 ABCの有効性はわかりますが、それをやるとなると、作業時間や処理量のデータをとらなければならず、結構大変だと聞いたことがあります。多くの会社に とって、それが導入のネックとなってしまうのではないでしょか?」

 「そんなのが ネックになるということは、結局、物流ABCの有効性を理解してないってことだよ。有効だとわかれば、それくらいのデータなんぞ何なく取るさ。まあ、物流 ABCは差別化の手段だから、それを入れてる会社からすれば、ネックだの何だのといって導入できない会社が多い方が好ましいってことかな」

 「先生、さき ほど物流拠点の集約と在庫削減とは、まったく無縁だというお話しがありましたが、拠点集約によって安全在庫が減るという説もあります。その点はいかがで しょうか?」

 「あんたの会 社では、安全在庫をちゃんと計算している? 計算なんかしてないだろう。アイテム別の一日当り平均出荷量という数値を毎日計算してつかんでいる? それが なければ安全在庫なんぞ計算できないよ。まあ、多くの企業では、安全在庫なんか現実に存在しない。存在しないんだから、減るも減らないもないさ」

 「先生、愚問 と言われるのを承知でお聞きしますが、物流をアウトソーシングした後、われわれ物流部門は何をすればいいのでしょうか?」

 「たしかに愚 問だ。でも、勇気のある質問だ。答えは決まってる。ロジスティクスをやればいいのさ。ロジスティクスはアウトソーシングできない。それこそ、物流部門が取 り組むべき本来の仕事‥‥」

 「‥‥先 生‥‥先生‥‥」

 どこか遠くから大先生を呼ぶ声 が聞こえる。質問者とは違うようだ。

 「師匠!」

 突然、肩を揺さぶられて大先生 は目を覚ました。事務所の窓から外を見ているうちに、秋のやわらかな日差しにすいこまれるように眠ってしまったようだ。スタッフたちが心配そうにのぞきこ んでいる。

 「夢か‥‥」

 「よかった、 このまま目が覚めなかったら、どうしようかと思いました」

 「だめです。 そういうことを言っては」

 体力弟子の不謹慎な物言いをた しなめた美人弟子が、大先生を振り返って話しかけた。

 「夢をご覧に なっていたんですか? 気持ちよさそうにおやすみでしたよ」

 「ああ、久し 振りに楽しい夢を見た」

 大先生が、満足そうに伸びをす る。

 「あれ、もう こんな時間か。それにしても、いい天気だな。公園に散歩にでも行くか?」

 「いいです ね」

 大先生の提案に自然派の美人弟 子が即答する。すぐに女史がダメ出しをした。

 「今日は、午 後からお客さまがいらっしゃることになってます。ですから、外出はできません」

 美人弟子が思い出したように頷 く。大先生も思い出したようだが、素直には頷かずとぼける。大先生と女史の間で、弟子たちの言う「いつものやりとり」が始まった。

 「来客? そ うだっけ、こんな天気のいい日に誰が何しに来るんだ?」

 「例の問屋さ んのロジスティクス本部長さんが、コンサルの続きについてご相談に来られます。先週、先生に伺って、今日の予定を入れたのをお忘れですか?」

 「あー、あの 女社長の問屋の物流部長か。へー、いまはロジスティクス本部長? なんか偉そうだな。でも来るのは、おれがよく知ってる、あのとらえどころのない性格のや つだよな。そうか、ロジスティクスをやりたい本部長が来るのか‥‥」

 大先生が独り言のように、窓の 外を見ながらつぶやく。かまわず女史が確認する。

 「ですから、 お食事を早めに済ませた方が‥‥何か買ってきましょうか、外に食べに行きますか?」

 「こんなに天 気がいいんだから、外に決まってる。よし、行くか」

 

■ あ の問屋の物流部長がやってきた

 食事から戻った大先生が、会議 机の端っこの喫煙場所でたばこをくゆらせていると、約束の時間の一五分も前に、本部長が事務所に着いた。

 「こんち わー、いつもお世話になってますー」

 扉を半分開けたまま妙な挨拶を し、中を覗き込む。会議机でたばこを喫っていた大先生と、いきなり目が合ってしまった。慌てて中に入り、大先生にお辞儀をした。

 「ご無沙汰し ております。申し訳ありません」

 大先生が、ぶっきらぼうに答え る。

 「ご無沙汰は いいことだ。申し訳なくない。それより、なんでこんなに早いんだ。まだ一五分前だぞ」

 「はぁ、昼ご 飯が早く済んでしまったもんで‥‥」

 「それなら、 どっかで時間をつぶすとか、考えない?」

 「はい、先生 のとこで待たしてもらおうかと‥‥」

 あっけらかんとしたところは相 変わらずだ。さすがの大先生も苦笑するしかない。

 「あんたには かなわん。まあ、こっちに座って」

 「失礼しま す」と大きな声で言うと、本部長は大先生の前にちょこんと座った。

 「どう、 ABCの導入は進んでる?」

 大先生の問いに、嬉しそうに答 える。

 「はい。セン ター長を集めた最初の会議で、『作業時間を計測するのが大変だ』などとほざくやつがいましたので、『そのための時間を取るのと、会社をやめるのとどっちに する!』と一喝してやりました。それが効いたようで、その後はどこからも文句も出ず、順調に進んでます」

 そこに、二人の弟子が加わっ た。早速、体力弟子が本部長の言葉を引き取る。

 「一喝なさっ たんですか? かっこいー」

 「はい、私の 後ろには社長がおりますので、虎の威を借りて仕事をしてます」

 本部長らしい率直な答えに弟子 たちが苦笑する。大先生は外を見ている。社長の話題が出たところで、美人弟子が一番知りたかったことを質問した。

 「社長さんは お元気ですか?」

 「はい、もう 元気過ぎて困ってしまうくらいです。先生のコンサルを受けてから、元気が倍増した感じです。今日も会社を出る前に『またご指導いただけるよう、よーくお願 いしてくるのよ。あなた一人で来るようにというご指示があったのだけれど、それが心配。あなたが行って先生の気が変わらなければいいけれど‥‥』なーんて 言ってました」

 大先生は首を傾げながら、つい 聞き返した。

 「なんか、話 の脈絡がないな。その社長の言葉と元気倍増とはどんな関係にあるんだ?」

 「すんませ ん。とくに関係ありません。社長は元気です、社長からこんなことを言われましたって話を続けてしてしまいました。ちょっと間を置けばよかったと反省してま す」

 「そういうの を間抜けっていうんだよ!」

 大先生が、そう言って楽しそう に笑う。本部長もつられて笑った。弟子たちは苦笑している。ちょうど、お茶を持って給湯室から出てきた笑い上戸の女史は、堪え切れずにふきだし、手に持っ たお盆が震えている。慌てて体力弟子が、女史からお盆を受け取った。

 

■ロジ スティクス導入コンサルの開始

 「ところで、 今日は何しに来たの?」

 お茶を飲みながら、大先生がぼ そっと聞く。

 「はぁ、あっ そうでした、そうでした。はい‥‥この前の続きのコンサルをお願いに来ました。ぜひとも、よろしくお願いします」

 本部長はそう言うと、大先生や 弟子たちに深々とお辞儀をした。

 「ああ、いい よ。やるよ」

 この大先生の返事に、思わず本 部長が弟子たちの方を見る。あまりにも簡単に了解の返事をもらえたため、かえって心配になったようだ。

 「その件につ きましては、この前のコンサルの最後に社長さんからお話があり、こちらもそのつもりでした」

 美人弟子が説明する。

 「また、ご一 緒にお仕事ができ嬉しいです」

 さらに体力弟子もフォローす る。

 弟子たちの言葉を聞いて、本部 長もようやく安心したように頷くと話を続けた。

 「こちらこ そ、またよろしくお願いします。ところで、今回は、前回のコンサルをベースに、新たな展開をしていきたいというのが私どもの考えです」

 すかさず、大先生が突っ込む。

 「社長がそう 言ったの?」

 「はい、そう です」

 「で、その新 たな展開というのは?」

 「新たな展開 というのは、あっ、実は私、今度こういうことになりました」

 そう言うと本部長は名刺入れを 取り出し、肩書きの改まった名刺をみんなに配った。

 「へー、ロジ スティクス本部長ですか。かっこいいですね。なんか、えらくなったような‥‥感じですね」

 体力弟子の素直な感想に、本部 長が嬉しそうに同意する。

 「はい、感じ だけで、実際はえらくなんかなってません。給料も変わりませんし‥‥」

 あっけらかんとした本部長に、 大先生が名刺を見ながら先を促す。

 「ここに書い てあるロジスティクスってのは何をすること?」

 「はい、当社 の商品供給を徹底して市場動向に同期化させるためのマネジメントと理解しています。あっ、そこにある先生の本を全部読みました。ですから、受け売りです。 すんません」

 大先生に突っ込まれる前に、本 部長はサイドボードの本を指差しながら白状する。

 「その導入の 支援をしてほしいってこと?」

 「そうです。 ロジスティクスが何かはわかりますが、実際の導入は私どもだけでは難しいと思います。私がリーダーですし‥‥」

 「そりゃそう だな。今回のコンサルもあんたとやるの?」

 「いえ、社長 も先生とタッグを組んでやるって張り切ってます。先生にお会いできるのを楽しみに‥‥」

 本部長の言葉にかまわず、大先 生が念を押す。

 「ロジスティ クスとなると、これまでの社内常識をぶっ壊し、既得権益を犯すことになるから、社内の抵抗や反発は激しいぞ。大丈夫?」

 「はい、私 は、壊すのは得意です。創造はダメですが‥‥」

 本部長の妙に力強い言葉に苦笑 しつつも、この問屋へのロジスティクス導入コンサルが始まった。


          

 

『月刊 ロジスティクス・ビジネス』連載第43回(2005年11月号)

 

■問屋 の社長室で初会合が招集された 目的はロジスティクスの方針決定だ

 「なんなの、 これは?」

 ロジスティクス本部長が差し出 した資料を見て、社長が呆れたような声を出した。

 大先生と弟子二人は、一年半ぶ りにコンサルを再開した問屋の社長室を訪れている。なじみのメンバーが久しぶりに顔を合わせた会議は、のっけから荒れ模様だ。

 今日の社長は、勝負服の白の スーツとこの秋流行の紫のブラウスで決めている。ロジスティクス本部長の隣に座っている営業本部長は、机に置いた資料に見入ったまま顔を上げない。矛先が 自分に向きそうだと思って身構えているようだ。そのまた隣に座った常務は、興味深そうに頷きながら資料を見ている。

 社長の隣に座っている大先生は といえば、楽しそうにロジスティクス本部長の顔を眺めている。大先生の隣に控える弟子二人も、この場を静かに見守っている。この七人が、ロジスティクス導 入のために開かれた初会合の出席者である。

 実は今回のコンサルにあたっ て、ロジスティクス本部長は、社内の関係者を集めてプロジェクト・チームを立ち上げたいと大先生に申し出た。ところが「そんな意味のないプロジェクトはや めておけ」と即座に却下されてしまった。

 「ロ ジスティクスを導入するにあたっては、まず、自社に適したロジスティクスのやり方を探す作業が必要だ。それをやらずに、対立する利害関係者を集めたって、 自分たちの利害を守るための発言しか出ない。やるだけ時間と労力の無駄さ。ロジスティクスの方向性が決まってから、導入のためのプロジェクト・チームを作 ればいい。何でもすぐにプロジェクトなんぞを作るから、結局ダメになる。ロジスティクスの方向性はトップが決めるべき案件だから、まずそのチームを作れば いい」

 こうして、経営トップと関係者 だけを集めた会議が催されることになったのだが、この会合に出席するにあたりロジスティクス本部長は、大先生の指示である事柄について調べていた。その調 査結果をまとめた資料を最初に持ち出したところ、いきなり社長の不興をかこってしまった。

 もっとも社長の呆れ声にもロジ スティクス本部長は動じない。自分が非難されているわけではないと勝手に思い込んでいるようだ。ロジスティクス本部長の目が自然と営業本部長に向く。別に 営業本部長のせいというわけでもないのだが、身に覚えがあるのか肩身が狭そうだ。

 大先生に指示されてロジスティ クス本部長が調べたのは、いま物流センターに置かれている在庫の発生原因である。それらが羅列された資料をみんなが見ている。

 

「在 庫を削減するにはどうしたらいい?」ロジスティクス本部長に尋ねた

 そこには、売れ残り品、取り寄 せ崩れ、返品未処分品、特定顧客用在庫、廃棄在庫未処分品、特定営業担当用在庫、仕入れ値引き目当ての大量仕入、欠品回避の多めの発注︱︱といった言葉が 並んでいる。

 「この順番に は意味があるの? 多い順とか‥‥」

 「いえ、まっ たくありません。聞いた順ということです。まあ、あえて言えば、在庫について彼らの印象の強い順ということかもしれません」

 社長の問い掛けにロジスティク ス本部長があっけらかんと答える。社長が重ねて聞く。

 「彼らって、 どこで聞いたの?」

 「はい、物流 センターの連中です。営業に聞いても、在庫のことなどようわからんということでしたので」

 ロジスティクス本部長は、こう 言いながら営業本部長の顔をチラッと見た。営業本部長は、しらんぷりして資料から目を離そうとしない。少しの間、沈黙のときが流れた。それを打ち払うよう に、常務が聞いた。

 「この、取り 寄せ崩れというのは‥‥?」

 「はい、うち に在庫がない商品を注文されたとき、メーカーに発注して取り寄せるんですが、メーカーからはケース単位で買って、顧客にはバラ単位で売るものですから、 残ってしまうんです。これがそのまま売れずに残ってしまったものですが、これが結構あるんですわ」

 なぜか嬉しそうにロジスティク ス本部長が説明する。常務が首をひねりながら独り言のようにつぶやく。

 「在庫品しか 売らないとか、取り寄せ品は取引単位を決めておくとか、なんかルールはないんかな?」

 「営業として は、少しでも売りたい一心で‥‥」

 意を決したように営業本部長が 事情を説明しようとするのを、大先生が止めた。

 「まあ、理由 はいいでしょう。ここは詮議の場ではないから。それにしても、社長もこんなにいろんな原因があるとは思ってなかったでしょう?」

 「は い、私は、欠品が心配でたくさん仕入れてしまうのが主たる原因かと思ってました。そうそう、仕入原価を下げたいがための大量仕入れというのもよくわかりま す。前社長が『利は元にあり』と言って、仕入部門に安く仕入れろってよく発破を掛けていましたから。まあ、いくら安く仕入れても、売れ残ったらそこには利 はないのですけど‥‥それにしても‥‥」

 社長が軽くため息をついた。大 先生が続ける。

 「よ うするに、これまで誰も在庫に関心を持ってこなかったってことですよ。こういう資料を見せられて、みんな驚いているんだから。関心がなければ、そこには当 然管理もない。つまり、いまの在庫状況については誰の責任でもないということです。みんな、自分の仕事にとってよかれと思ってやってただけってことにして おきましょう」

 大先生の言葉にみんなが頷く。 営業本部長が一瞬ほっとしたような表情を見せた。ロジスティクス本部長は、ちょっとつまらなそうな顔をしている。それを見て、大先生が声を掛けた。

 「ところで、 本部長は‥‥」

 ロジスティクス本部長と営業本 部長が同時に大先生を見た。

 「あ、ロジス ティクスの方の本部長。なんか本部長が二人いると、呼び掛けが面倒だな。ロジスティクス本部長なんて長ったらしいし‥‥」

 「先生、以前 と同じように、物流部長、営業部長と呼んでください。まだロジスティクス本部も営業本部も存在しませんので。二人には、ロジスティクス本部、営業本部とは 何をするところかを自分の問題として考えさせようと肩書きを先行させただけですから」

 社長が、簡単に二人を降格させ てしまった。二人も納得顔で大きく頷いている。実体のない肩書きが、何となく照れ臭かったようだ。

 「それでは、 そう呼ぶとしようか。このコンサルが終わる頃には、二人とも立派な本部長になっているだろうからな。えーと、なんだったっけ? あ、そうそう、物流部長 は、いま在庫について何か数字を調査をしてるんだったな?」

 ロジスティクス本部長あらため 物流部長が、弟子たちを見ながら元気よく答えた。

 「はい、お二 人の先生方のご指導で、いまデータを取っているところです。この結果が出たら、社内にかなりの衝撃が走るかもしれません」

 一人勝手に楽しんでいるような 物流部長に社長が鋭い目を向ける。その視線をまともに受けて、物流部長が慌てて付けたした。

 「あ、いま、 すべての在庫について、個々の品目ごとに一カ月間の入荷量と出荷量を調べているところです。現時点での在庫量についてはすでに数字を取っていますが、在庫 は、かなりあります‥‥」

 社長の表情が硬いままなので、 さすがの物流部長も声が消え入りそうだ。元気がなくなった物流部長に大先生が声を掛ける。

 「さっきも 言ったように、どんな結果が出ようと、別に驚くことはない。誰も責めるつもりもない。だから、そんなに入れ込まないでいい。まあ、その結果については、改 めて検討するとして、将来のロジスティクス本部長としては、在庫を削減するにはどうしたらいいと思う?」

 突然の大先生の質問に物流部長 はあせりの表情を浮かべた。それを見て、社長の表情が和らいだ。何と答えるのか、興味深そうに物流部長の顔を覗き込む。

 「は、はい。 在庫についての責任者を決めることが必要だと思います‥‥」

 大先生が大きく頷く。物流部長 は、いつも通り、思いついたことをそのまま口にしただけだったが、これがポイントをついていた。大先生に代わって、社長が楽しそうに聞く。

 「それで、そ の責任者というのは誰が適任?」

 「はい、適任 かどうかわかりませんが、私だと‥‥思います」

 「そうね、在 庫削減を行うのがロジスティクスですものね」

 「はぁ、正確 に言いますと、在庫削減というよりは必要最小限の在庫を維持すると言った方がいいかと‥‥場当り的な在庫削減とは違いますので」

 物流部長が妙なこだわりを見せ た。社長が苦笑しながら、自分の言葉を訂正する。

 「あー、そう でした。あなたの表現が適切です。それは誰に教わったの?」

 図星をつかれた物流部長が、首 をすくめる振りをしてチラッと弟子たちを見た。

 

なぜ か警戒気味の大先生をしり目に支店回りへの社長の同行が決まった

 お茶を片手に、社長が大先生を 見ながら改まって質問する。

 「さ きほどもお話しましたが、肩書き先行でこの人をロジスティクス本部長としましたので、組織的には物流部長のときと同じままです。ただ、在庫の責任者には、 いまここで彼を任命しようと思います。そうなると、仕入部門を彼の下に置く必要があると思いますが、それは早急にした方がいいでしょうか?」

 社長の言葉に大先生が首を横に 振った。

 「慌てること はありません。ロジスティクス本部としてやるのがいいのか、仕入、物流、営業それぞれにロジスティクス的な行動を取らせるのがいいのか、見極めてからでい いでしょう。でも、今日から物流部長を在庫責任者にするというのはいいことです」

 さすがの物流部長も何か割り切 れないような顔をしているが、社長はかまわず発破を掛ける。

 「わかりまし た。それでは、今日から在庫はあなたに任せます。期待してますよ」

 常務と営業本部長が「頑張れ よ、在庫責任者」とかまう。唇をとんがらせている物流部長を見ながら、社長が、興味津々といった顔で大先生に問い掛ける。

 「ところで、 この後の進め方ですが、彼の話ですと、先生は、当社の支店を何カ所か回りたいというお考えをお持ちのようですが、本当ですか?」

 大先生が、なぜか警戒気味に返 事をする。

 「そのつもり ですが、いけませんか?」

 「いえいえ、 いけないなんてとんでもございません。もし、できましたら、私も同行させていただこうかと思ってます」

 社長が勢い込んで答える。

 この話を事前に物流部長から聞 いたとき、社長は「まあ、それはそれは。ちょうど私も支店回りをしようと思っていたところだから、それなら先生にご一緒するわ。あなたも同行なさい」と居 合わせた営業部長に命じたのだった。物流部長はそのことを思い出しながら、興味深そうな顔で大先生の返事を待っている。

 「支店も行く けど、同時に在庫管理のシステム作りも始めた方がいいな。いま取ってる在庫データの整理も急いで、頃合を見てまたこの会合を開こう」

 社長の同行については何も返事 をせず、唐突に大先生が話を先に進めた。美人弟子が笑いを堪えている。『いいですよ。一緒に行きましょう』とだけ言えばいいものを、大先生はなぜか素直に 返事をしない。大先生を見ながら、社長が勝手に答を出した。

 「支店に行っ ていただくのは大変ありがたいです。先生が来られると知ったら、みんな慌てるでしょうけど、それだけで意識改革になりそうです。それでは、私どもは、私と 彼ら二人の三人で同行させていただきます。どうぞ、よろしくお願いします」

 最後の言葉は、弟子たちに向け られたものだ。

 「こちらこそよろしくお願いします」と弟子たちが答え、総勢六人で支店回りをすることが 決まった。



『月刊ロジスティクス・ビジネス』連載第44回(2005年12月号)

 

「支 店で何を聞くつもり?」物流部長は返答に窮してしまった

 初冬の日差しが柔らかく降りそ そぐ大先生の事務所。喫煙場所と決めた会議机の窓側に陣取って、大先生がたばこをくゆらせながら本を読んでいる。パソコンに入力する音がスタッフルームか ら響いてくるだけで、所内は穏やかな空気に包まれている。

 「ちわー」

 突然、その静けさが破られた。 聞きなれた妙な挨拶とともに事務所の扉が開き、いまコンサルティングを請け負っている問屋の物流部長が顔を出した。大先生と目が合い、ペコリと頭を下げ る。スタッフルームから女史が飛び出してきた。

 「いらっしゃ いませ」

 「いつもお世 話になります。ちょっと早かったですか?」

 物流部長が自分の時計を見なが ら、女史に確認する。この前は早くきすぎて大先生に怒られたのでわざわざ確認したようだ。

 「わざとらし い。やな性格だね。まあ、どうぞ」

 促されて物流部長が大先生の前 に座る。そこに美人弟子と体力弟子も顔を出し、物流部長に挨拶をした。弟子たちが大先生の隣に座るのを見て、物流部長がほっとした顔をする。もう長い付き 合いだが、さすがの物流部長も大先生と二人きりになるのは苦手なようだ。

 「えー、今日 は、これから行っていただく支店のヒアリングについて、ご相談に来ました」

 早速、物流部長が切り出した。 大先生と同行できるということで社長が張り切っている例の支店回りの件だ。これを聞いた大先生が、なぜか嫌そうな顔をして物流部長に質問を返した。

 「ヒアリン グって言うけど、支店で何を聞くつもり?」

 「‥‥」

 まさに、その打合せにきた物流 部長は、突然の質問に答えに窮した。社長から「支店で何をヒアリングするのかを先生にお聞きして、その準備を万全になさい」と指示されて出かけてきたの に、逆に質問されてしまった。『これだから苦手だ』という思いが物流部長の顔に表れる。大先生がさらに尋ねる。

 「まさか、わ ざわざ支店まで出かけて行って、なぜ在庫がこんなにあるんだ、一体どんな発注をやってるんだ、なんてことを聞こうなんて思ってないだろうな?」

 「いえ、そん な‥‥はぁ、そういうことも聞いてみようかと、現場の声みたいな‥‥」

 消え入るような声で物流部長が 答える。

 「現場の声を 聞くのはいいけど、そんな言い訳みたいなことをいまさら聞いても意味はない。せっかく出かけて行くんだから、もっと前向きの現場の声を聞かなくては。そう 思わない?」

 「はい、思い ます。前向きの声がいいです‥‥」

 思わず物流部長が即答するが、 てんで答えになっていない。さらに大先生が突っ込む。

 「前向きの 声って何?」

 のっけから大先生の質問攻勢に さらされて、物流部長はついに言葉が出なくなってしまった。弟子たちが不安そうに見守っている。

 ちょうどそこに女史がコーヒー を持ってきた。大先生がたばこに手を伸ばす。

 「お手数かけ ます」

 ちょっとした間ができて、物流 部長がほっとした顔で女史に声を掛ける。女史が笑顔で頷く。それを見た大先生はたばこに火をつけると、「まあ、コーヒーでもどうぞ」と物流部長に勧めた。 物流部長がコーヒーを飲むのを見ながら、大先生は独り言のように話し出した。

 「支店に行く のは、われわれが考えていることを支店ができるかどうかを確認するためさ」

 女史のコーヒーで流れが変わっ たようだ。大先生の言葉を聞きながら、ようやく物流部長も自分を取り戻すことができた。

 

大先 生が一つの提案をした 「センターを実践の場にしよう」

 「先生、それ です。われわれが考えていることというのはロジスティクスのやり方だと思うのですが、実はそこのところが私にはよくわからんのです。できたら、それについ てお教えいただきたいとも思っているのですが‥‥だめですか?」

 元気に切り出した物流部長だ が、また最後は弱気になってしまった。ひょうきんな物言いに戻った物流部長を見ながら、大先生の表情が緩み、弟子たちも安心したように微笑んだ。いつもの 物流部長がそこにいる。

 「だめです かって、何それ? だめなわけないだろう。それについて議論するのは価値のあることさ」

 大先生の言葉に、物流部長がい つも通りの返事をする。

 「はぁ、すん ません」

 「それでは、 われわれが考えていること、じゃない、われわれがロジスティクスについてどう考えるかってことについて話をしようか」

 「はい、お願 いします」

 そう言って、物流部長が身を乗 り出す。弟子たちも興味深そうな顔で大先生と物流部長を見る。

 「それでは、 話のとっかかりとして物流部長がどう考えているかということから聞こうか」

 「はあー」

 「はあーじゃ ないよ。何か考えているだろう。この前までロジスティクス本部長だったんだから」

 「また、そう いうことを。何も考えてなかったもんで、物流部長に降格されたんですよ、私は」

 「そんな、拗 ねることないじゃない。まあ、何でもいいから思ってることを言ってごらんよ。話しが先に進まないから」

 「はー、誰が 部長になってもいいんですが、やっぱり仕入と物流を一緒に管理できるロジスティクス部門をつくることが必要かと思いますが‥‥」

 「誰がって、 部長はあんたに決まってるよ。他に人がいないんだから。その点は自信を持っていい」

 「わかりまし た」

 「素直だ ねー、あんたは。ところで、ロジスティクスの要(かなめ)は何だと思う?」

 「はー、えー と、在庫管理‥‥ですか?」

 「まあ、間 違ってはいないけど、それは手法に過ぎない。そうだな、ロジスティクスを実践する“場”は何かと言った方がいいかな」

 大先生がそう言ったとき、電話 が鳴った。めずらしく大先生あてにかかってきた電話だ。女史が大先生に声をかける。

 大先生が自席に移動するのを横 目で見送りながら、物流部長がそっと弟子たちに尋ねた。

 「何ですか、 ロジを実践する場って?」

 「場ですか ら、物流センターじゃないですか」

 美人弟子がそっと答え、体力弟 子も頷く。二人の顔を見て、物流部長が嬉しそうな笑顔を見せた。そこに大先生が戻ってきた。大先生の問いかけを待たずに物流部長が答える。

 「それは、物 流センターじゃないでしょうか」

 「それが、三 人の結論か?」

 「はい」

 大先生の質問に、おもわず物流 部長は即答してしまった。こらえ切れずに弟子たちが笑い声をあげる。大先生も苦笑しながら言葉を続ける。

 「そう、物流 センターをロジスティクスを実践する要の場として位置づけるのさ。おたくの場合は、そのやり方がいいかもしれないな」

 「物流セン ターで在庫を管理するってことですか?」

 「まあ、そう だけど、もう少しかっこよく位置づけよう」

 「はぁ?」

 怪訝そうな顔をする物流部長を 見ながら、大先生が話を始めた。

 

「物 流センターを理に適った存在にする」大先生の言葉に物流部長は大きく頷いた

 「要するに、 物流センターを合理化するのさ‥‥」

 「合理化‥‥ ですか。合理化はこれまでも口をすっぱくして言ってきてます」

 大胆にも大先生の言葉を遮っ て、物流部長が反論した。思ったことをつい口にしてしまうのが物流部長のいいところだ。

 「どうせ、無 駄をなくせ、コストを下げろって言ってきたんだろ? でも、効果は出ていない。違う?」

 「はぁ、おっ しゃるとおりです」

 物流部長が素直に認める。大先 生が続ける。

 「オレが言う 合理化ってのは、物流センターを理に適った存在にしようという意味さ。合理化って言葉に手垢がついてしまっているなら、最適化と言ってもいい。最適化って のはどんな意味だと思う?」

 「いまのお話 の流れからしますと、最も理に適った存在にするという意味かと思いますが‥‥」

 物流部長がポイントをついた返 事をする。

 「そう、その とおり。じゃあ理に適った物流センターというのはどんな状態だと思う? 物流センターというのは何をするところで、そこで何をしている?」

 「はい、物流 センターというのはお客さんに物流サービスを提供しています。そして、そのために作業をしています。あ、そのために在庫も置いてあります‥‥なるほど、何 かわかってきました」

 大先生が頷き、たばこを取り上 げた。ちょっと休憩するらしい。すかさず美人弟子が会話を引き取った。

 「それでは、 理に適った物流センターにするためには?」

 「はい、ま ず、物流サービスを見直すことです。いまはお客の言うことを何でも聞いてしまっているので理に適ってません」

 「どう、適っ てないのですか?」

 「物流ABC を導入してわかったんですが、過剰なサービスで採算的に問題のあるお客さんがたくさんいます。これは、経営という点で理にかなってません」

 「それか ら?」

 「もちろん、 在庫ですね。先生がよくおっしゃられるように、市場への出荷動向と無縁な形で在庫が持たれています。それで、欠品が出たり、無駄な在庫が出たりしてます。 これも、在庫は市場動向に合わせて持てばいいという理に適ってません。なるほど‥‥」

 物流部長は自分で答えながら、 一人納得しているようだ。その顔を見ながら体力弟子が続ける。

 「理に適って いないものがまだありますね。ABCを入れてわかったことですが‥‥」

 「そうです、 そうです、物流センターの中の作業に多くの無駄があることがわかりました。作業は必要な動きだけをすればいいという理に適ってません。なるほど、なるほ ど。いやー、よくわかりました」

 物流部長がいかにも嬉しそうな 顔をする。ロジスティクスの導入において何をすればいいかがわかったのが、よほど嬉しいようだ。たばこを消しながら、大先生が結論を出した。

 「こ れまで物流センターというのは、仕入や営業の思惑だとか都合だとか、あるいは力関係などといった理に適わない要素に支配されてきた。それを排除する。そう するとロジスティクスができあがる。そのために、いかに理に適っていないかをデータで示す。それをいまあんたが取ってるんだろ? そのデータを持って支店 に行き、みんなの合意を得て物流センターを理に適った形で動かすようにする。おたくのすべてのセンターが理に近づけば、ロジスティクスが完成する」

 「はい、よく わかります。そうすると、うちのすべてのセンターを最適化に向けて競わせるということになりますね。なるほど、これはおもしろいです」

 「楽しむのは 勝手だ。でも、最適化の責任者はあんただからね」

 「あっ、そう でした。はい、頑張ります」

 「わかってい るだろうけど、物流センターが理に適ってないということは企業として利益を逃してるってことだ。理に適った状態が利益を最大化する状態さ。企業にとってこ んないいことないだろう」

 「はい、まっ たくそのとおりです。帰って社長によく説明します」

 物流部長の言葉に弟子たちが笑 う。その笑いを大先生が遮った。

 「物流部長と して考えておかなければならないもう一つのことが、物流センターの存在そのものが理に適っているかどうかという問題意識だ。わかる?」

 大先生の言葉に物流部長がハッとした表情を見せ、大きく頷いた。こうして支 店でのヒアリングの準備が整った。


『月刊ロジスティクス・ビジネス』連載第45回(2006年1月号)

 

「こ の季節はやっぱり河豚だろう」大先生の一言で福岡行きが決まった

 大先生がコンサルティングを手 掛けている問屋の福岡支店。午前一〇時ちょっと前に大先生事務所の弟子二人が支店に到着し、応接室へと通された。なぜか大先生はいない。

 先日、ヒアリングのための支店 回りをどこから始めるか物流部長と打ち合わせをしたところ、「この季節はやっぱり河豚(フグ)だろう」という大先生の一言で最初の視察先が福岡支店に決 まった。その言葉を聞いていた弟子たちは、やっぱりという顔をした。もちろん河豚の話ではない。物流部長が持参したデータを見て、大先生が福岡支店に興味 を持ったような気がしていたからである。

 最初の視察先に指名された福岡 支店は慌てた。大先生の噂は、かつて指導を受けたことのある社内の人間から聞いている。そこで、どんな準備をすればいいのか物流部長に問い合わせたが要領 を得ない。支店長はじめ幹部が出席すればいい、資料の準備は要らない︱︱答えはそれだけだった。

 思い余った福岡支店長は、社長 に電話をして、直前でもいいから打合せの時間を取ってほしいと頼みこんだ。これによって大先生が同席する午後の討議の前に、打合せをすることが決まった。 その連絡を社長から受けた美人弟子が、「それなら私たちも同席しましょう」と申し出たことから、大先生に先駆けて弟子たちだけが支店入りすることになった のである。

 その話を聞いた大先生は「なん だ、おれ一人だけ後から行くのか‥‥」と面倒くさそうに言ったが、ほどなく「うん、それがいいかもな。事前に共通認識を持てるよう話し合っておけばいい」 と了解した。「お一人で大丈夫ですか」と心配する体力弟子に対して、「大丈夫ですよ。子供じゃないんですから」と太鼓判を押したのは、事務所の庶務を一手 に担う女史だった。

 一〇時ちょうどに社長と物流部 長、営業部長が応接室に入ってきた。そのうしろに福岡支店の関係者らしき数人が緊張した面持ちで続いている。

 社長が弟子たちに丁寧に挨拶す る。そして何か弟子たちの耳元でささやいた。大先生のことを聞いているのかもしれない。物流部長が笑顔で「遠くまでお疲れ様です。先生はお一人で大丈夫で しょうか?」と聞く。

 「さー、心配 ですけど、昨日、念入りに“指導”されてましたので大丈夫だと思います」

 美人弟子が笑顔で答える。社長 と二人の部長が女史の顔を思い浮かべながら頷いた。

 知り合い同士の挨拶が済むのを 見計らって、福岡支店の関係者が前に進み出た。社長が弟子たちに一人ずつ紹介する。支店長、営業の責任者でもある支店次長、営業と物流以外のすべてを取り 仕切る業務課長、それに物流センター長の四人だ。名刺を交換し、全員が席につくのを待っていたかのように、お茶が運ばれてきた。

 

自信 ありげに支店長は言った「センターは利益増を図る格好の場所」

 お茶を飲みながら、支店長が誰 に言うともなくボソッとつぶやいた。

 「なぜ、うち が最初の視察先に選ばれたんですかね」

 「それは、河 豚ですよ、河豚。いい時期でしょ、いま」

 「はぁ?」

 あっけらかんと答える物流部長 に、支店長が怪訝そうな顔をする。それを見ながら、社長が物流部長をたしなめる。

 「ばかなこと 言うのはおよしなさい。あなたと違って支店長は真面目なんですから、真に受けますよ」

 物流部長が首をすくめる。営業 部長がいい加減にしろという顔で物流部長をにらむ。

 支店長の疑問に美人弟子が答え た。

 「いただいた データを見ていて、先生は『ここはおもしろそうだ』とつぶやいてました。この支店に惹かれるところがあったのだと思います」

 「あー、そう ですか。でも、何に惹かれたのかなぁ‥‥」

 なおも不安げにつぶやく支店長 に対して、物流部長が妙な激励をした。

 「在庫も少な いし、利益もまあまあ出てるし、先生が考えてる方向性に合ってるんだと思うよ。ここをモデル支店にしようと考えているんじゃないかな」

 物流部長の言葉に、社長が突然 思い出したように物流部長の方に向き直り、問い掛けた。

 「そうそう、 この前、あなた、先生にお会いして帰ってきたとき、『社長、わかりました。あとでご報告します』って元気な声を出していたけど、何がわかったの? 報告は どうしたの?」

 社長が物流部長にきつい表情を 向ける。営業部長が興味深そうに物流部長を見る。

 「はぁ、そう でした。報告が遅れてました。急ぐものではないと思ってましたので‥‥」

 突然の問い掛けに物流部長がた じろぐ。すかさず美人弟子が追い打ちをかけた。

 「あら、まだ 報告なさってなかったんですか。ちょうどいい機会ですから、ここでそのお話をしておいた方がいいかもしれませんね」

 「この前、今 回のお仕事で自分が何をすればいいかわかったとおっしゃってましたけど、それは皆さんで共有しておいた方がいいと思います。午後の討議は、その認識が前提 で進むと思いますから」

 体力弟子のダメ押しに、社長が 呆れたように言う。

 「まあ、そん な大事なことを、なぜ早く報告しないの。まったく何を考えてるの、あなたは」

 「はー、すん ません。ヒアリングには予見が入らない方がいいかなと思ったものですから‥‥」

 物流部長の苦し紛れの言い訳に 対し、体力弟子がフォローしながらも、さらに突っ込む。

 「なるほど、 そう考えたんですか。その考えもわかりますけど、この前、先生から『支店では前向きの意見交換をするからな』って念を押されてましたよね?」

 体力弟子の言葉に物流部長は頷 くと、鞄からノートを取り出した。それをめくりながら、「実はですねー」と話し始める。

 「私、先生 に、率直に聞いたんです。うちのロジスティクスはどう作っていけばいいかって」

 物流部長のこの言葉に、社長や 営業部長、支店の面々の眼差しが真剣みを帯びる。みんなの視線を浴びた物流部長は、さっきまで怒られていたことなど忘れて、『どうだ、すごいだろう』とで も言いたげな顔になる。そこに社長が冷水を浴びせた。

 「そんな得意 げな顔をすることではないでしょ。あなたは何もわからず、先生に教えを受けたんでしょ。もったいぶらずに報告なさい」

 「は、はい」

 ところがノートを見ながら、物 流部長は黙ってしまった。どこから話そうか迷っているようだ。美人弟子が助け舟を出した。

 「物流セン ターの最適化というところからご説明したらどうですか?」

 物流部長は美人弟子の顔を見て 頷いた。

 「は い、先生はこうおっしゃいました。全社でロジスティクスを展開するだとかロジスティクス部を設けるだとか難しいことは言わずに、いま現実に動いている物流 センターを最適化することから始めればいい。すべての物流センターが最適化に向かえば、ロジスティクスが動き出すということになる‥‥と」

 社長が大きく頷きながら先を促 す。自分の言っていることが間違いないかを確かめるように、物流部長が弟子たちを見る。弟子たちが小さく頷くのを確認すると、安心したように大先生とのや りとりを余すことなくみんなに伝えはじめた。

 物流部長の話が終わると、社長 が言葉を継いだ。

 「たしかに、 物流センターが理に適ってないということは、企業全体が理に適ってないということね。先生がよく『物流を見れば企業がわかる』とおっしゃっているけど、本 当にそのとおり。そうは思わない?」

 控え目に頷いていた支店長に社 長が話を振った。いきなり意見を求められた支店長は一瞬、戸惑ったが即座に返事をした。

 「はい、まっ たく同感です。今回、物流ABCを導入して、そう実感しました。物流センターを単に顧客に出荷する場所と位置づけてはいけない

‥‥と思います」

 社長が頷く。物流部長が感心し たような顔で支店長を見る。支店長が、控え目に、しかし自信ありげに続ける。

 「物流セン ターは、利益の極大化をめざす取り組みには格好の場所だと思います。ですから、物流センターの最適化を進めるというのは賛成です」

 今度は、弟子たちが感心したよ うに頷く。見かけは自信なさげだが、この支店長はそういう振りをしているだけかもしれないという印象を持ったようだ。事前に物流部長が調べたデータでは、 粗利に対する物流コスト比率は全支店の中で一番低いし、在庫回転率も一番高いという結果が出ていた。よく管理されている支店のようだが、それは支店長の能 力に負うところが大きいようだ。

 「なるほど、 やっぱり支店長は優秀だ。先生がここを選んだのは、この支店長に会いたいからですな」

 物流部長が褒めているのか冷や かしているのかわからない感想を述べる。支店長が「まさかー」と言って、顔の前で大きく手を振る。

 その支店長のしぐさを見なが ら、『でも‥‥』と美人弟子は思った。『師匠が最初のヒアリング先にこの支店を選んだのは、優秀だからというわけではないはずだ。ここはおもしろいと言っ たのは何か別に理由があるに違いない』と考えていた。

 

「利 益を出し惜しみしてるでしょう?」大先生が支店長に言い放った

 午後、予定の時間に大先生が福 岡支店に到着した。弟子二人と物流部長が玄関で出迎える。美人弟子が声を掛ける。

 「大丈夫でし たか?」

 「もちろん。 いくらおれが方向音痴だからといって、おれが飛行機を操縦したり、タクシーを運転するわけではないからな。それよりも午前中は実のある打合せができた か?」

 「はい、物流 部長さんが、この前の検討会の報告として、物流センターを最適化するというお話を皆さんになさいました。みなさん、納得されていました」

 「ですから、 その方向性を前提に、今日の会議を行いたいと思います」

 美人弟子の返事に、慌てて物流 部長が付け足す。

 「方向性が明 らかになって、それをみんな認識したなら、もう終わったようなもんだ。今日の午後の話し合いは部長に任せるので、よろしく」

 「え‥‥ はぁー」

 物流部長が困惑した表情を浮か べ、助けを求めるように弟子たちを見る。美人弟子が、大丈夫ですよという風に頷く。

 会議室の前で大先生を迎える と、社長が何かを小声で言った。大先生が「わかりました」と答える。社長に案内されて会議室に入ると、福岡支店のメンバーが緊張した面持ちで大先生に挨拶 をした。大先生は、にこやかに応じている。

 「それでは、 いまから会議を始めたいと思います」

 物流部長が戸惑い気味に切り出 した。誰にどう振っていこうか悩んでいるようだ。

 「今 日は、ここ福岡支店ですが、この支店は、お手元のデータにもありますように、在庫も少ないですし、物流ABCの結果も他の支店よりはいい結果が出てます し、利益もまあまあ出ているなど、私どもの支店の中では優秀な方に入ると思います。おそらく、先生がこの支店からお話を聞きたいとおっしゃったのも、その ようなことがあるかと思います。今日は、忌憚のない意見交換をさせていただければと思います‥‥」

 物流部長の話に弟子たちは一抹 の不安を感じた。そして、それは見事に適中した。

 「ちょっ と違うな。いま、物流部長は、利益もまあまあ出ていると言ったけど、まあまあということは、他の支店と比べ特に大きな利益を出しているわけではないという ことだ。利益があまり出ない優秀な支店、というのはどういうところなのか。私が、この支店に来たのは、それを支店長に確認したいと思ったからさ」

 大先生の言葉に、会議室内に緊 張が走った。みんなの視線が支店長に向けられる。支店長の顔がこわばっている。大先生が続ける。

 「支店長は目 立つのがいやなタイプですか? 利益を出し惜しみしてるでしょう?」

 大先生が切り出した意外な言葉に、社長が興味深そうに支店長を見る。支店長 の顔が一層こわばる。波乱含みの支店ヒアリングがこうして始まった。



『月刊ロジスティクス・ビジネス』連載第46回(2006年2月号)

 

■「物流セン ターを見せてもらえますか?」 大先生の言葉に支店長がうろたえた

 「支店長は利益を出し惜しみしてるでしょう?」 という大先生のストレートな指摘に、福岡支店の会議室の中は時間が止まってしまったようだ。次の瞬間、みんなの視線が支店長に注がれた。しかし支店長は 黙ったままだ。質問の意図がわからず、明らかに戸惑っている。大先生が続ける。

 「出し惜しみと言うのは適切じゃないか。それは褒め言葉だからな。在庫も少ない、物流ABCの 結果もいい、でも、利益があまり出ていない。こういうのを何と表現するかだ。ねえ、支店長?」

 大先生に呼び掛けられて、ようやく支 店長が重い口を開いた。ただ、答えにはなっていない。

 「はー、何とか利益を出そうと努力はしてるのですが‥‥」

 この中途半端な返事を聞き、弟子たち は、大先生が『どんな努力?』と問い詰めるのではないかと思ったが、大先生はそれにはかまわず物流部長に問い掛けた。

 「この支店のアクティビティ単価は、他の似たような支店と比べるとどんな結果になってますか?」

 「はい、売上規模が同じような支店と比べてみますと‥‥えーと、なるほど、すべてのアクティビ ティで結構単価が低くなってます。作業効率がいいということでしょうか」

 同規模支店の資料と見比べながら、物 流部長が答える。

 「作業効率がいい? まあ、否定はしないけれど、もっと違う、わかりやすい理由があるじゃないの。これは、物流センター長に聞くのがいいかな‥‥」

 大先生に指名された物流センター長 が、不安げに支店長の顔を見る。支店長が小声で何かを指示した。頷くと物流センター長は大先生の方に向き直って答えた。

 「あのー、一つの理由は、施設費が低いことがあると思います。もう償却の済んだ倉庫ですの で‥‥。それから、作業につきましては、もちろん無駄のない作業をするように心掛けています」

 「だから、作業効率がいいとでも言うのですか?」

 大先生が突っ込む。物流センター長が 困った顔で助けを求めるが、今度は支店長も何も言わない。それを見て大先生がニッと笑う。大先生が意地悪な質問をするときの顔だ。美人弟子が興味深そうな 顔をし、体力弟子は心配そうに推移を見守っている。

 「いま、物流センターは忙しいですか?」

 大先生の何気ない質問に、物流セン ター長が頷きながら即答する。

 「はい、週末ですから、結構忙しいです」

 「物流センターは近いでしょ。いま から見せてもらえますか? 見れば、単価が低い理由もすぐわかるでしょう」

 大先生の言葉に支店長がギクッとした 顔をする。事前の物流部長の話では、大先生は絶対に物流センターには行かないということだったはずだ。支店長は『今日は特にまずい』と思いながら、意味不 明なことを口走った。

 「いえ、それはちょっと、今日はお見せする体制にありませんので‥‥」

 それを聞いて、物流部長があっけらか んと答える。

 「ちょっと見るだけだから、赤じゅうたんが敷いてなくてもいいさ」

 「いや、そうじゃなくて、いまはちょっと。大体、物流センターは見ないって言ってたじゃないか」

 呑気な物流部長を、支店長がこわい顔 でにらみつける。本気でにらまれて、さすがの物流部長も黙ってしまった。

 会議室に不穏な空気が漂い始めた。

 

■「一体、ど ういうこと!」 社長が支店長を一喝した

 ちょっとした沈黙の後、社長が何かに 気づいたらしく「よろしいでしょうか」と大先生に発言を求めた。大先生が頷くのを確認すると、おもむろに支店長に向き直った。その凛とした風情に、支店側 の誰もが社長を直視できない。社長は支店長の顔を見たまま、物流部長に声を掛けた。

 「さきほど比較した支店とこの支店とでは、物流作業者の人数はどれくらい違うの?」

 「はい、えーと、あ、五人ほどこっちの方が少ないです」

 「そう。それで、社員が作業の手伝いに入った場合、そのコストはどうするの?」

 社長のこの質問に支店長が伏せた顔を 歪める。そんなことには気づかず、物流部長が答える。

 「その場合はもちろん、作業にかかった時間分だけ、人件費をコストとして算入します‥‥あ、 ちょっと待ってください。ただ、この支店では、社員はセンター長と二人の管理者の三人分が入っているだけです」

 社長は物流センター長に視線を移す と、穏やかに聞いた。

 「センター長、社員はいつもその三人だけなの?」

 物流センター長が首を振る。すっかり 萎縮してしまい言葉が出ないようだ。それを見て、支店長が観念したように答えた。よほど社長がこわいのか声が上ずっている。

 「は、はぃ、忙しいときは手が空いている人間に手伝わせています。すみません、それをコストに入れてませんでした‥‥」

 「なんだよ、それは。社員の分も入れろって言っ たじゃないか‥‥」

 物流部長が突っかかるのを社長が手で 制した。社長が質問を続ける。

 「手が空いてる人間ってどういう 人?」

 支店長が答えようとして声にならない のを見て、社長の目が物流センター長に向いた。思わず目が合ってしまった物流センター長が答を絞り出す。

 「はっ、はい、営業の連中です」

 「なんと、まさかと思ってましたけど‥‥ 営業の連中が空いてるですって。一 体、どういうこと!」

 社長の一喝で会議室は完全に凍りつい てしまった。福岡支店の関係者はもちろん、物流部長も営業部長も固まっている。

 ちょっと間を置いて、大先生がポケッ トからたばこを取り出した。もっとも大先生の前に灰皿はない。この会議室は禁煙のようだ。それに気づいた社長が、「先生、休憩にさせていただいてよろしい でしょうか」と聞く。大先生が頷くのを確認すると、社長が休憩を宣した。

 社長と大先生一行が応接室へと向った あとも、会議室は重苦しい沈黙に包まれていた。その沈黙を破ったのは、営業部長の支店長に向けた怒声だった。

 「営業の連中を物流現場に入れるなんて‥‥何を考え てるんですか、あんたは!」

 支店長は黙って小さく頷くだけだ。社 長の逆鱗に触れたのが、かなり堪えているようだ。そこに支店の女性が、物流部長への社長からの伝言を知らせにきた。

 「倉庫を見て、状況を知らせなさいとの社長のご指示です。そのとき、在庫の数量も確認しなさい とのことでした」

 物流部長が椅子から跳び上がり、営業 部長の肩を叩いた。営業部長も机に置いていたノートをひっつかみ、物流部長の後を追った。それに続いて、この会議室に一人残されたらたまらないといった感 じで、支店の連中全員も飛び出していった。

 物流部長たちが物流センターに入って いくと、パートの人たちに混じって、ワイシャツ姿の連中があちこちに目についた。営業部長の顔を見ると、何人かが走り寄ってきて懐かしそうに挨拶をした。 営業マンたちに人望があるようだ。早速、営業部長が事情を確認する。

 物流部長は作業者の動きを見ている。 結構するどい目だ。その後、二階を見上げながら何やら考えている。支店長に声を掛けると、二階に向かう階段の方に歩き出した。それを見た支店長が慌てて後 を追う。

 

■大先生の言 葉を受けて社長が言った 「この会議を決別式にしましょう」

 その頃、応接室では、福岡支店の業績 推移表を大先生に見せながら、社長が嘆息まじりに愚痴をこぼしていた。

 「この支店は安定志向というか、こじんまりとま とまっているというか、とにかく可もなく不可もないミニ優等生的な存在なんです。業績をうまくまとめてるという感じがしてました。それはそれで いいのですが、数字を作るのがうまいというだけの支店長では困ります」

 「昔からの長い付き合いの顧客への依存度が高い?」

 コーヒーカップを手に取り、大先生が つぶやく。

 「はい、おっしゃるとおりです」

 何か思うところがあったようだが、そ れ以上は何も言わず、大先生はコーヒーを口に運んだ。弟子たち二人も黙ってコーヒーを飲んでいる。

 そこに物流センターから戻ってきたば かりの物流部長と営業部長が、恐る恐る入ってきた。支店長たちには会議室で待つようにと営業部長が指示した。二人を見て社長が静かに聞く。

 「それで、どうでした?」

 「はい、営業の連中が作業をしてました。 よく調べないとわかりませんが、在庫も数字以上に多いように思われます。二階には不良在庫や返品が置かれてまし た。これも結構な量です」

 「物流センターにいた営業の連中に話を聞きましたが、物流の手伝いは常態化していたようです」

 物流部長と営業部長が即答した。社長 がすぐに物流部長に質問する。

 「それでは、あなたが調べた数字は何だったの?」

 物流部長が一瞬返事を躊躇するが、思 い切ったように自分の考えを述べる。

 「たぶん数字を作ったようです。社員の人件費を入れなかったり、在庫を減らしたり‥‥」

 「何のためにそんなことをしただ?」

 物流部長の意見を遮るように大先生が 質問する。

 「はー、いいところを見せようとしたで しょうか‥‥」

 物流部長が首を傾げながら答える。今 度は営業部長が自分の意見を述べた。

 「営業に物流をやらせているのが、ばれないようにと思ったじゃないでしょうか」

 「つまり、いつもやってることを隠そ うとしたわけだ」

 大先生の言葉に二人が頷く。社長は 黙ってやりとりを聞いている。

 突然、物流部長が提案をした。

 「倉庫の費用はABCの計算から外しましょうか? 償却の終わった自社施設と倉庫を借りてる支店とでは何か公平じゃないように思います。それとも、すべての支店の倉庫関係費用を均等に按分す ることにしましょうか?」

 「何を考えてるんだ。いま問題なのは そんなことじゃないだろ。それに、いまの提案は全面的に却下。まったく意味がない提案だ」

 大先生が物流部長の意見を即座に否定 した。物流部長は、なぜ意味がないのかを聞きたそうだったが、場違いな雰囲気を感じとって質問を呑み込んだ。代わりに、その場にいない支店長に矛先を向け た。

 「しかし、数字を作るなんて、けしからんですなー、 支店長は」

 「数字を作ったことに怒ってもしようがない。問題なのは、いつものやり方さ。でも、ちょうどい い。災い転じて福となせばいい」

 大先生の言葉を受けて、社長が頷きな がら結論を出した。

 「たしかに、先生のおっしゃるとおり数字を作ったことについて怒っても意味のないことです。こ の会議をこれまでのやり方との決別式にしましょう。ところで、あなたの調査で在庫が少なかったというのは、そのときだけ在庫を減らしたということ?」

 「はい、売れ筋商品の在庫を減らしたようです。売れ残ったものや返品在庫には手をつけてない感 じでした。もう少し詳しく在庫の調査をやりましょうか」

 物流部長が勢い込んで提案するが、ま た大先生に却下されてしまった。

 「調査なんぞいくらやっても何も変わらない。それに、そんなこと調べなくてもわかってる。そういう無駄なことはしない方がいい。早いとこ在庫管理の仕組みを入れてしまうことだ」

 「わかりました。それでは、会議を再開してよろしいですか。彼らは会議室で待機してます

 「いいよ」

 そう言いながらも、大先生はたばこを 取り出すと火をつけた。大先生の言葉に腰を浮かしかけた全員がまた座り直した。




『月刊ロジスティクス・ビジネス』連載第47回(2006年3月号)

■ 「ABCの結果を見てませんね」 支店の面々に大先生が鋭く指摘した

 大先生のたばこ休憩の後、福岡 支店での会議が再開された。社長の一喝に続いて休憩に入ったこともあり、会議室は重苦しい雰囲気に包まれたままだ。支店側から出席している四人は、被告席 に座らされているかのように神妙にしている。

 「それでは、 会議を再開したいと思いますが‥‥」

 物流部長はそう言うと、大先生 に視線を移した。どうせ無視されるだろうと思っていたが、案に相違して大先生が引き取った。

 「次長にお聞 きします。次長は営業の責任者ということですが、営業の何に責任を負ってるのですか?」

 突然、指名された次長は、休憩 前の流れとは無関係の、予期せぬ質問に慌てた。つい意味のない返事をしてしまう。

 「は、はい、 売上目標の達成に‥‥」

 「具体的に は?」

 「はぁー、営 業の連中の支援をしたり‥‥」

 「どんな支援 ですか?」

 矢継ぎ早の大先生の質問に、次 長は頭が真っ白になってしまったようだ。すぐに言葉に詰まった。大先生が助け舟を出す。

 「いつもやっ てることを教えてくれればいいんですよ。目標達成のために、顧客別に何をしようとか、こういう売り方をしようとか、何か方策があるでしょ?」

 「は、はい、 重点顧客を決めたり、重点商品を決めたり、はい、いろいろやってます」

 「そうです か。まあ、それはいいとして、物流ABCの結果を見ると、恐らく赤字ではないかと思われるお客さんが結構ありますが、それについてはどう思いますか?」

 「はぁ、えー と‥‥」

 そう言いながら次長は、そっと 支店長の顔をうかがった。支店長が算定結果表を次長に見せようとしたとき、大先生が鋭く指摘した。

 「次長、 ABCの結果を見てませんね? 何も知らずに会議に出席してる?」

 「は、はい、 まだ‥‥」

 大先生の勢いに押されて、次長 が正直に答える。社長と営業部長が気色ばむ。何か言おうとする社長を、大先生は手で制すと、今度は業務課長に確認した。

 「業務課長、 あなたは、今回のABCや在庫分析の結果は見てますか?」

 観念したように、業務課長が小 声で答える。

 「いえ、私も まだ見てません‥‥」

 「それでは、 次長も業務課長も、この会議に出てる意味がわからんでしょう?」

 業務課長が小さく頷く。次長は 下を向いたままだ。それを見て、大先生が支店長に声を掛けた。

 「支店長、正 直なところあなたは、物流部長が依頼したこの調査を面倒だと思い、適当に処理しようと考えましたね。こんな調査があることさえ、次長にも業務課長にも話さ なかったでしょ。話したとしても、おれの方で適当にやっておくからってことにしたんじゃないですか?」

 支店長も観念したかのように頷 くと、

 「申し訳あり ません」

 と小声でつぶやく。

 これを聞いた社長は居ずまいを 正した。営業部長が吐き捨てるように言う。

 「支店長は、 朝の会議ではABCを高く評価するような発言をしてたけど、心にもないことを言ってたわけだ。社長に謝ったらどうですか」

 支店長が答える前に、社長が毅 然と言い放った。

 「謝 らなくて結構。謝っても許しません。あなた方には、何らかの形で責任を取ってもらいます。それにしても、現場に受け入れる土壌がなければ、本社でいくらそ の重要性を強調してもロジスティクスは空回りするだけね。二人ともよく認識しなさい、この現状を。おそらく、この支店だけでなく、他の支店も似たり寄った りだと思うわ」

 社長の言葉に、物流部長と営業 部長が大きく頷いた。

 

堰を 切ったように社長が追及する 温厚な女社長の怒りが頂点に達した

 二人を見ながら、社長は、この 支店に来る前日に、大先生からもらったメールを思い出していた。それには『今度のヒアリングで怒りたいことがあったら、思い切り怒って結構』とあった。社 長は意を決したように福岡支店の連中を見た。

 「次長、正直 に答えなさい。今年度の売上目標は達成できますか?」

 指名された次長が、恐る恐ると いう感じで社長の顔を見る。厳しい眼差しに射すくめられたように答えるが、声が震えている。

 「はぁ、いま のところ、ちょっと難しいかと‥‥年度末に発破を掛けて、何とか目標に‥‥」

 「営業の連中 に発破を掛けて、押し込み販売でもやろうというのですか? 新規顧客の開拓はどうなってますか? 今年度の計画に入っていたでしょ?」

 「頑張っては いるのですが、あまり芳しい成果は‥‥」

 業を煮やしたように社長が営業 部長に顔を向けた。

 「営業部長、 この支店の営業の実態を徹底的に調べて、あとで私に報告しなさい」

 営業部長が「わかりました」と 返事をし、苦虫を噛みつぶしたような顔で次長を見る。

 その横で物流部長がつぶやく。

 「営業に物流 の手伝いをさせている暇があったら、新規顧客の開拓でもやればいいのに‥‥」

 それを聞いた次長が、下向き加 減のまま表情を歪める。

 もう社長の怒りは止まらない。 二人の弟子たちも、さすがに身の置き所がなく居心地が悪そうだ。大先生は、社長が次長を詰問している間に、さっさと席を外してしまった。また応接室に、た ばこを喫いに行ったようだ。社長の追及が続く。

 「センター 長、あなたは物流センターをどうしようと思ってるの?」

 今度は矛先が物流センター長に 向った。センター長が答を絞り出す。

 「はい、 えー、サービスの向上とコストダウンを目指してますが‥‥」

 あまりにもいい加減な返事に呆 れた社長が、じっと物流センター長の顔を見つめる。センター長は顔を上げられず下を向いたままだ。重苦しい沈黙の時間が流れる。社長が、わざと静かに聞 く。

 「目指してい るだけで、具体的には何もしていないというのが正直なとこでしょ? 毎日の出荷に追われてるだけなんじゃないの」

 社長の指摘に、物流センター長 が「はい」と小さな声で認めた。社長は呆れ顔のまま頷くと、今度は業務課長を見た。次はいよいよ自分の番だという感じで業務課長が身構える。

 「業務課長、 あなたは、この支店の利益を増やすためにどんなことをしてるの?」

 まったく考えてもいなかった質 問に、業務課長は戸惑いの表情を浮かべた。いい加減な返事をしたら突っ込まれると思いながらも、なぜかつい、いい加減な返事をしてしまった。

 「は、はい、 支店のコスト削減に努力してます」

 さすがにこの答えには、社長の 顔に苦笑が浮かぶ。ちょっと間を置いて、再び社長が聞いた。

 「仕入れはあ なたの管轄なの?」

 「はい、営業 と物流以外のもろもろを担当しています」

 「仕入れはも ろもろですか‥‥まあ、いいですけど、仕入れの責任者ということは、在庫もあなたの責任ね?」

 「いえ、仕入 れ担当とはいっても、実際は、営業の連中やセンター長と相談しながらやってますので‥‥それに、営業は計画通り売ってくれませんので、在庫について責任は 持てません」

 「それじゃ、 在庫は誰の責任なの? 支店長?」

 「は、はい、 最終的には私の責任になります」

 「その在庫責 任というのはどういう責任? その責任を果たすために、あなたは何をやってるの?」

 「はー、欠品 を出さないということを第一に考えてますが‥‥」

 「在庫量はど うやって管理してるの?」

 「はぁー、特 に管理は‥‥」

 「そう。利益 責任はもちろんあなたよね。利益を増やすために、あなたは何をしているの?」

 もう、いい加減な返事はできな い。この期に及んで、売上増だとか、コスト削減などと言えば、社長のカミナリが落ちるに違いない。そう思った支店長はついに黙ってしまった。社長も何も言 わず、うつむいたままの支店長たちを見ている。そこにいる全員が沈黙に耐え切れなくなった頃、社長が厳しく言い放った。

 「結 局、ここにいる誰も、支店の業績を上げるためのマネジメントなど何もしていないってことね。営業の連中が動いて売り上げをあげ、コストはかかるだけかかっ て、結果として利益や損失が生まれる。年度末に、押込み販売をしたり、支出を先送りしたりして形をつけてるだけ。要するに、あなたたちがいなくても、この 支店は何事もなかったかのように動くということね。違いますか?」

 社長のこの言葉に誰も返事をし ない。いや、返事ができない。とうとう社長が引導を渡した。

 「返事がない ということは、それを認めてるということと解釈します。それでは、全員、今日中に辞表を出しなさい」

 

大先 生があっけらかんと言った 「あれ、みんな、まだいたの」

 福岡支店の四人の身体が、電流 でも走ったようにビクッと震えた。営業部長と物流部長は微動だにしない。弟子たちも同じだった。再び会議室が息苦しい沈黙に包まれる。

 そのとき会議室の扉が開いて、 大先生が戻ってきた。全員の異様な雰囲気に気づきながら、支店の四人に向かってあっけらかんと言った。

 「あれ、みん な、まだいたの。社長に怒られて『冗談じゃねえ。こんなぐちゃぐちゃ言われるような会社にいられるか』って啖呵切って、もう全員、席を立ってしまったかと 思ってたんだけど」

 大先生の言葉を社長が受けた。

 「はい、です から、辞表を出すように言いました」

 「うーん、で も、顔を見ると、辞表を出すって勢いはないな。辞表を出さないのなら降格、大幅な減俸? それとも、敗者復活戦はあるの、この会社では?」

 「私には、敗 者復活戦に挑もうという気概もないように思いますが‥‥」

 この社長の言葉に反応して、よ うやく支店長が声を出した。

 「社長、申し 訳ありません! すべて私の責任です」

 「そうです。 あなたの責任です。あなたのいい加減さが、みんなにうつってしまったようです。どう責任を取りますか?」

 「もう一度 チャンスをください。あと半期で結構です。もう一度やらせてください。それでダメなら首で結構です。お願いします」

 支店長の必死の訴えに社長が応 える。

 「わかりまし た。でも、もう半期やってもらう前に、自分たちが、支店経営にどう必要なのか、支店の利益にどう貢献できるのかについてみんなで話し合って答を出しなさ い。そして、それを私に報告しなさい。報告を聞いてからどうするか決めます」

 支店の四人全員が一瞬ホッとし たように表情を和らげる。しかし、不安の陰は消えない。それを見た大先生が、物流部長と営業部長に声を掛けた。

 「二人は、今 回のABCと在庫分析の結果の見方について、彼らをじっくりと指導してやった方がいい」

 大先生の意図を即座に汲み取っ た営業部長が、

 「わかりまし た。そうします」

 と大きな声で答えた。社長も頷 きながら、念を押すように物流部長に指示した。

 「私にいつ報 告できるか、彼らと相談して日程を決めなさい。その日は常務も同席するように手配してください」

 常務と聞いて支店長以下、全員 が首をすくめた。なぜか物流部長も、頷きながら首をすくめている。彼らにとってすべてお見通しの常務は、社長以上にこわい存在なのだ。

 こうして福岡での大先生の最初 の支店ヒアリングは終わった。外はもう真っ暗だ。応接室に向いながら、社長が大先生に声を掛けた。

 「今夜は、み なさんお泊りですよね。お食事をご一緒させてください」

 大先生が頷く。すかさず物流部 長が、「河豚の店を予約しておきましたから」と嬉しそうに言う。

 呆れ顔の営業部長が出した足に物流部長がつまづき、危うく転びそうになっ た。


『月刊ロジスティクス・ビジネス』連載第48回(2006年4月号)

 

うら らかな春の日差しを浴びながら 社長一行が大先生事務所を訪れた

 福岡支店でのヒアリングから一 カ月ほど経った。大先生の事務所に、うららかな春の日差しがそそいでいる。大先生は窓辺の椅子で気持ちよさそうに居眠りの最中だ。今日は、問屋の社長が、 常務と物流部長を伴ってやってくる。

 ほどなく社長一行が到着した。 女史と弟子たちが出迎える。会議机を挟んで席に着きながら、社長が挨拶をし、誰にともなく声を掛けた。

 「もう、お花 見には行かれましたか?」

 「はい、昨日 のお昼、そこの神田明神に行ってまいりました。今週末は上野公園に夜桜見物に行こうと思ってます。みなさまも、どちらかに行かれましたか?」

 微笑みながらそう答えた美人弟 子が、社長に問い返した。

 「私は、会社 の行き帰りに車の中から見る程度で、まだどこにも行けません。でも物流部長は、夜な夜なあちこちに繰り出しているようですよ。お花見なのか、お酒が目当て なのかわかりませんけれど‥‥」

 物流部長が何か言おうとしたと き、大先生が顔を出した。立ち上がった常務は物流部長を押し退け、いきなり大先生に詫びた。

 「先日の福岡 のヒアリングでは、大変みっともないところをお見せしてお恥ずかしい限りです。申し訳ありませんでした。私の管理不行届きです。いたく反省しています」

 「なーに、よ くあることです。どうぞ」

 大先生に勧められて、改めて全 員が席につく。

 「それにして も、本当にお恥ずかしいことでした。あの前の日に、先生から『怒りたかったら怒っていい』というメールをいただいて、なにか嫌な予感はしてたのですが‥‥ 先生はあの実態をおわかりだったのですか?」

 社長が一番、確認したかったこ とを聞いた。

 「物流部長か らもらった調査結果を見て、あの支店のきれいな数字に違和感を感じただけです。あれが作った数字なら問題だし、そうでなければ立派な支店だし、どっちにし ても興味ある支店だった‥‥ということ」

 社長は大きく頷くと、身を乗り 出した。

 「実は福岡支 店での事件が社内に波紋を広げまして、それが結果としていい方向に向かってます」

 この言葉に弟子たちが興味深そ うな顔をする。二人を見ながら、社長が続ける。

 「先生の支店 ヒアリングで何が起こったのか、次の日には全支店に伝わったのです」

 「次の日にで すか? それは早いですね」

 体力弟子が思わず確認してしま う。なぜか、物流部長が首をすくめた。

 「はい、福岡 支店の連中はもちろん、私も営業部長も誰にも何も言ってませんから、噂の発信源は誰かさんに決まってますけどね」

 そう言うと社長は物流部長を見 た。物流部長が慌てて言い訳をする。

 「いえいえ、 噂を広めたわけではなく、ヒアリングの結果を教えてくれと何人かの支店長に頼まれていたものですから、それで教えてやっただけです。噂を広めただなんて人 聞きの悪い‥‥ねえ?」

 ちょうどお茶を持ってきた女史 に、物流部長が同意を求めた。何のことかわからず、女史は首を傾げている。物流部長の茶目っ気たっぷりな表情に、弟子たちが噴き出す。ひとり大先生だけ が、『それでいい』という顔で物流部長を見ていた。

 

「ば かたれ! わしは許さんぞ」 常務が福岡支店の連中を一喝した

 お茶を手にとりながら社長が続 ける。

 「どの支店で も、自分のところに先生がいつ来るのか戦々恐々のようです。ABCや在庫の調査結果について、慌てて社内の関係者を集めて検討しはじめました。会社が何を しようとしているのかを知ろうと、営業部長や物流部長に問い合わせがあちこちから入っているようです。そうでしょ?」

 社長に問われて、物流部長が愉 快そうに答える。

 「はい、それ で、私と営業部長で手分けして支店を回りながら発破を掛けているところです。あっ、営業部長は今日もある支店に行っているため、失礼させていただきまし た」

 「それはいい けど、福岡支店の方はその後どうなりましたか? あの支店長は結構優秀だけど、その力を発揮できない立場にあるように私には見えたのですが‥‥」

 大先生が社長と常務を見ながら 尋ねる。社長が大きく同意した。

 「はい、ご賢 察です。あの後、すぐに常務に行ってもらいました。それについては常務から‥‥」

 社長に促されて、常務が後を引 き取った。朴訥だが、妙な存在感がある。

 「はい、私も あの支店長には期待してたんですが、福岡支店長にしてから覇気がなくなったようで心配してました。今回の話を聞いて、以前の彼を知っている私としては信じ られない気持ちでしたので、すぐにこれを連れて支店に行きました」

 そう言うと常務は物流部長を見 た。待ってましたとばかり、物流部長が口を挟んだ。

 「突然行った ものですから、支店ではそれはもう大変でした。ちょうど着いたとき、支店長たちは会議をしていたのですが、常務がずかずかと会議室に入っていったんです。 そのときの連中の顔ったら‥‥」

 そう言うと、物流部長は一人、 楽しそうに笑いはじめた。常務が「もういい」と言って引き取ろうとするのを、物流部長が強引に続ける。

 「もう少し話 させてください。その場の雰囲気を、皆さんに正確にお伝えしないと‥‥」

 興味深そうに耳を傾けていた弟 子たちに対して物流部長は、

 「聞きたいで すよね?」

 と尋ねた。二人が頷くのを確認 すると、我が意を得たりとばかりに身振りを交えながら話し始めた。

 「常務の顔を 見た途端、彼らは、顔を引きつらせて立ち上がり、後ずさりしてました。そこで常務が一言、『ばかたれ!』‥‥です。支店長なんか失禁して‥‥」

 「そんなこと あるわけないでしょ、ばか」

 社長にピシャリと頭を叩かれ て、物流部長が首をすくめる。

 「しそうな雰 囲気だったって言おうとしたんですよ」

 「余計なこと を言わないで、必要なことだけ話しなさい」

 「はー、常務 が、『先生に非礼極まりないことをしおって、社長に大恥をかかせおって、わしは許さんぞ。一人ずつ支店長室に来い!』と一喝したんです」

 「一人ずつと いうことは、常務には思い当たることがあったわけだ」

 大先生がつぶやく。常務は頷く と自ら説明をはじめた。

 「はい、先生 が見抜かれたとおりです。支店長が赴任する前からいた次長が、支店長のやる気を削ぐ存在になっていたということです。福岡に精通している彼が支店長を補佐 してくれると思っていたのですが、結果として逆効果になってしまいました。まあ、彼も反省していますが、いろいろありまして

‥‥男の世界も面倒なものです」

 社長が言葉を継ぐ。

 「それで、次 長を本社に戻しました。しばらく常務付きにして、彼の能力を活かせることをさせたいと思っています。それから先日、支店長が私のところにきて、『半年で ABCと在庫管理を定着させて、必ず成果を出します。できなかったら受理してください』と辞表を置いていきました」

 大先生が頷く。

 「まあ、受理 することにはならないだろう。彼ならやるさ」

 「はい、半年 後に先生にもう一度、福岡に来ていただけるようお願いしてくれと目に涙を浮かべて訴えてました。この前のことは悔やんでも悔やみきれないと声を絞り出しな がら‥‥」

 「わかった。 半年後に必ず行くと、社長から伝えてください」

 

「物流ABCは両刃の剣だ」という発言に大先生の目が光った

 ちょっとしんみりした雰囲気を 破るかのように、物流部長が弟子たちに問い掛けた。

 「それで、次 のヒアリングですが、どこの支店にしましょうか?」

 弟子たちが大先生を見る。

 「どこに行っ て欲しい? 物流部長の考えは?」

 「はぁ‥‥」

 逆に大先生から問われた物流部 長は、答えに窮してしまった。それを見た社長が物流部長に提案する。

 「この前、あ なたが支店回りから帰ってきて、『いやー、あの支店長は変な人ですわー。妙なことを自信もって言うんです』とか言ってたでしょ。あの支店はどう?」

 「あー、あの 東北の支店ですね。いいんですかぁ、あんなとこで?」

 「あんなと こって何ですか。うちの支店ですよ。あの支店長がどう対応するか私としても楽しみだし‥‥」

 そう言うと、茶目っ気たっぷり に大先生を見た。どうやら社長まで悪乗りしている。

 「それじゃ、 そこにしよ」

 大先生があっさり結論を出し た。挑戦は受けましょうとでもいわんばかりだ。美人弟子が興味深げに物流部長に質問する。

 「その支店長 は妙なことを自信もって言うっておっしゃいましたが、どういうことですか?」

 「はー、この 人は社内では偏屈とか独りよがりとか言われてまして、何と言うか‥‥まあ変わってるんですわ」

 物流部長の説明に不安を感じた のか、社長が補足する。

 「彼はこの常 務の薫陶を受けた一人で、支店長の中では最年長です。どちらかというと頑固で、やや皮肉っぽいところがあるので、他の支店長からは煙たい存在に見られてい ます。ただ、堅実な経営をしているといっていいと思います」

 すぐに物流部長が異論を挟ん だ。

 「それは、下 にいる次長がしっかりしているからじゃないですか。福岡と違って‥‥」

 「さあ、それ はどうかしら。それはいいとして、あなたが妙だと感じたのは、どういうこと?」

 社長が、美人弟子の質問にちゃ んと答えるよう物流部長を促した。

 「はい、私が 支店長に、ABCをベースにした経営が必要だって話をしたら、支店長が『ABCは両刃の剣だ。使い方を気を付けないと自分を傷つける危険がある。ABCで 支店の経営を危うくする支店長が出なきゃいいが』なんて言うんです。どういうことですかって聞いたら、『そんなこともわからんで、みんなにABCをやれや れ言うとるんか』とにらまれてしまいました。ほんと、付き合いづらいおっさんですわ」

 この言葉を聞いて、大先生の目 が一瞬きらっと光った。社長も興味津々といった感じで物流部長に念を押す。

 「それについ て、それ以上の話はしなかったの?」

 「はー、それ 以上は。あ、そうそう、次長とも話したんですが、ABCで顧客別の採算を見たら、物流コストだけで粗利を超えてしまうお客が何社も出たんだそうです。それ を見て、彼が支店長に、何社かは取引を止めた方がいいのではと進言したら、たった一言、『あほか、おまえは』って一蹴されたとこぼしてました」

 隣では社長が納得したように頷 いている。それには気づかず、物流部長が悪態をつく。

 「たった一 言、『あほ』とか『ばかたれ』というところは、たしかに常務の薫陶を受けてますね」

 常務がたった一言だけ答える。

 「ばかたれ」

 そんな言葉も意に介さず、物流 部長が改めて社長に確認する。

 「でも、そん な支店長のところに行っていいんですか? 先生に失礼なことがあったらまずいんじゃないですか」

 「いや、その 支店長はおもしろそうだ。ABCは両刃の剣だというのは言い得て妙だ。そこに行くことにしよう」

 大先生の言葉に社長が頷き、常 務に確認した。

 「私はもちろ んご一緒させていただきますが、たまには常務もどうですか?」

 社長の誘いに、常務はすぐに頷 いた。

 「はい。お邪 魔にならないようにします」こうして次の支店ヒアリングの訪問先が決まった。



『月刊 ロジスティクス・ビジネス』連載第49回(2006年5月号)

 

「へっ ぽこ剣士が多いということ?」 唐突に大先生が支店長に聞いた

 二カ所目のヒアリング先に選ん だ東北の支店を、大先生と弟子二人が訪ねてきた。最寄り駅から歩いて五分程度と案内されていたため、駅からゆっくりと歩き始める。初夏のような日差しが降 りそそいでいる。

 すぐに大先生が「暑い、暑い」 と言い始めた。大先生は暑さに極端に弱い。

 「歩いて五分 だなんて中途半端なとこにあるな。タクシーでは近すぎるし、歩くには遠い‥‥」

 大先生がぶつぶつ言い始めた。 弟子たちは顔を見合わせながら頷くだけだ。この手の愚痴にいちいち付き合ってはいられない。もし、この場に女史がいたら、「ちっとも遠くありませんよ。健 康のために少しは歩いた方がいいんです」とめげずに大先生の相手をするはずなのだが‥‥。

 ほどなく支店に到着した。玄関 で大先生が汗を拭う。なんか機嫌が悪そうだ。待ち構えていた物流部長が飛び出してきて一行に挨拶する。弟子たちは挨拶を返すが、大先生は何も言わない。よ せばいいのに物流部長が声を掛ける。

 「今日は暑い ですね」

 「だから、ど うした?」

 大先生のけんもほろろな答え に、慌てて「どうぞ、こちらへ」と会議室に案内する。会議室では、すでに社長、常務、支店側の支店長、次長、総務課長と物流センター長などが待機してい た。

 一通りの挨拶のあと、大先生が 落ち着いたのを見計らって、そろそろ開会しようと物流部長が立ち上がりかけたときだった。たばこを消しながら、いきなり大先生が支店長に話しかけた。

 「支店長は、 物流ABCを諸刃の剣と言ったそうだけど、少しでも剣の扱いに慣れていれば諸刃にはならない。御社ではへっぽこ剣士が多いということですか?」

 突然、指名された支店長がギ クッとした表情をする。白髪混じりでコワモテの顔をしている。やせ気味で常務に似た感じだ。

 「はい、そう いうことです。おっしゃるとおりです」

 支店長が慎重に答える。対応は 丁寧だ。早めに来た常務に「先生には謙虚に臨め。決して皮肉っぽい言い方はするな。そうじゃないと、おまえが怪我するだけだぞ」と注意されたのを守ってい るようだ。

 「わかりまし た。それでは始めますか」

 大先生の言葉に物流部長が立ち 上がった。

 

「そ の顧客を切るといいことがある?」 大先生の質問に次長が窮する

 会議がはじまって一〇分ほど 経った。物流ABCの算定結果の説明役を担っている次長が、オーバーな身振りとともに熱弁をふるっている。細身の紺のスーツがきつそうだ。

 「さて、そこ でですが、顧客別採算を見ますと、問題となる顧客が何軒かあります」

 そう言って、みんなを見回し た。いかにも、もったいをつけた感じだ。弟子たちは下を向いている。大先生は眠っている、いや目をつむっている。そんなことはてんで意に介さず、次長が意 気込んで続ける。

 「ちょっと、 この顧客を見てください」

 そう言って具体的な顧客名をあ げると、しばらく時間を置いた。みんなに内容を確認するための時間を与えているようだ。社長が眉をひそめる。常務が次長の顔を見る。

 そうした雰囲気に気づいている のか、いないのか、次長が続ける。

 「ここは、月 の粗利が三〇〇万円なんですが、物流コストが四五〇万円かかってます。なんと、粗利に対する物流コストの比率が一五〇%です。一〇〇円の粗利を稼いで一五 〇円の物流コストをかけて届けてるってことです」

 ここでまた間を置いた。さすが に社長が「早く先にいきなさい」と促す。ペースを乱された次長が早口になって続ける。

 「は、はい。 一〇〇円の粗利で一五〇円の物流コストだなんて、大赤字です。こんなばかなことがあってはいけません。このような顧客は、物流サービスについて交渉し、聞 き入れてもらえなければ、取引をやめるということも必要ではないかと、私は思います」

 ことさら最後の私はに力を入れ て、次長が自らの見解を述べた。この主張に物流センター長と総務課長が頷く。

 大先生が目を開けた。そして、 支店長が厳しい表情で何か言おうとするのを手で制した。

 隣の常務が支店長の耳元で何か ささやく。支店長が常務に頭を下げ、姿勢を正す。それを見ながら、大先生が次長に穏やかに問い掛けた。

 「物流サービ スについて交渉するというのはいいけど、その顧客を切ると何かいいことがある?」

 大先生の簡単な質問に次長が戸 惑う。この話を支店長にしたとき「あほか」と一蹴されたことを思い出して、急に自分の意見に不安を感じたようだ。答える声が小さくなってきた。

 「はー、明ら かに赤字ですから、切ればそのぶん利益が増えると思いますが‥‥」

 「ふーん、あ んたがその一人か‥‥」

 たばこに手を伸ばしながら、大 先生がつぶやく。それを聞いた支店長が、苦笑しながら小さく頷く。  次長は“へっぽこ剣士の一人と言われたことにも気づかず、所在なさげに立っている。大先生に座るように促さ れ、椅子をがたがた言わせながら席につくとスーツの前ボタンを外した。予想していなかった展開に、すっかり元気をなくしてしまったようだ。

 大先生はたばこを喫いながら、 隣の美人弟子に続けるように促した。美人弟子は頷くと、物流センター長に視線を移した。目が合ってしまったセンター長の表情がこわばる。総務課長は、難を 避けるかのように下を向いたままだ。

 「センター長 におうかがいしますが、そのお客様の仕事をやめると、いくらのコストがなくなりますか? 実際になくなる費用です」

 「はー、えー と‥‥」

 センター長は、緊張のせいか、 すぐに答えることができない。体力弟子が助け舟を出す。

 「配送はどう いう形でやってますか? 運賃はなくなりますよね」

 「は、はい、 そうです。個建てですから」

 「そのお客様 の運賃はいくらかかってますか? おおよそでいいです」

 「だいたい二 〇〇万円から二三〇万円くらいだと思いますが、調べましょうか?」

 そう言って、立ち上がろうとす るセンター長を美人弟子が制した。

 「いえ、結構 です。運賃以外に物流センターでなくなるコストはありますか?」

 「はぁ、それ 以外は‥‥」

 センター長がしきりに首をひ ねっている。

 「パートも減 るんじゃないか?」

 何となく事情を察した次長が、 突然、強圧的な感じでセンター長に問いかけた。

 「はぁ、パー トさんを減らすのはちょっと‥‥なかなか雇うのが難しいですし」

 そう答えたセンター長を、次長 がこわい顔でにらみつける。慌ててセンター長がいい加減な試算をする。声は小さい。

 「はー、せい ぜい二、三人、三〇万円くらい‥‥」

 「ほかにはあ りませんか?」

 「はい、なく なるコストと言われますと、ほかにはないと思います」

 美人弟子の問い掛けにセンター 長が即答する。次長に何か言われる前に、答えてしまおうと思ったようだ。ここで美人弟子が結論を出した。

 「そうなりま すと、そのお客様との取引をやめると三〇〇万円の粗利が失われますが、御社でなくなるコストは二五〇万円前後です。そうすると、御社の利益の約五〇万円が 失われることになります。五〇万円の減益です」

 

「当 たり前だけど、陥りがちな間違いね」 社長が嬉しそうにセンター長に言った

 この美人弟子の結論を社長が受 けた。

 「そのお客様 との取引をやめるという選択はありえないということです。次長は、なぜ自分が判断を誤ったのか、わかりますか? あとでセンター長と総務課長と一緒に考え てください」

 「はい、申し 訳ありません。ただ、物流サービスについて交渉するのはいいんですよね」

 次長が妙な形で食い下がった。 支店長が即答する。

 「そうだ。そ のために物流ABCを入れたんだ。それこそ取引をやめる覚悟で交渉しろ」

 支店長がニヤッと笑う。その表 情に気圧されたように、次長が「はい」と答えた。

 そのとき、センター長が、恐る 恐るという感じで誰にともなく問い掛けた。

 「あのー、も し、新しいお客さんが出てきて、そのお客の方が粗利と物流コストの差益がいいとしたら、入れ替える形でこのお客を切ってもいいということにはなるのでしょ うか‥‥」

 「ならないっ て言ってるでしょ。さっきの先生のお話を聞いてないの。なんか余程そのお客様を切りたいようね。何かあるの?」

 社長の言葉に、センター長が次 長と総務課長を見る。次長が小さく首を振る。支店長が常務に耳打ちをした。常務が頷いて三人に声を掛ける。

 「あの担当に いろいろ言われてるんだな。せっかく来たんだから、わしは明日、何軒かお客さんを回ろうと思ってる。そこにも行って、いろいろ話をしてこよう。あとで状況 を教えてくれ」

 三人は嬉しそうに頷いた。

 物流部長が、ここでいったん休 憩に入り、その後でセンター長の報告を聞くと宣言した。その途端、またセンター長が「あのー」と小さく手を上げた。物流部長が「何?」と聞く。

 「はー、お手 元の資料でちょっと直したいところがあるのですが‥‥」

 「直すんな ら、報告のとき口頭で言えばいいんじゃないの」

 物流部長の言葉にもセンター長 は了解せず、「いやー」と言いながら首をひねっている。物流部長がいらだって何か言おうとするのを大先生が止め、センター長に尋ねた。

 「修正した いって、いままでのやり取りの中で出てきたこと?」

 恥ずかしそうにセンター長が頷 くのを見て、大先生が興味深そうに質問する。

 「へー、どん なこと?」

 センター長は、観念したように 資料をめくると説明を始めた。

 「実 は、このABCの結果を見て改善策を考えろと言われ、そこに並べてあるようにいくつか出したんですが‥‥えー、そのうちですね‥‥社員が手掛けている業務 をパートさんに置き換えるとか、えー、流通加工業務の単価が高いので何とかしようと思ってたんですが、たまたま営業に来た作業請負会社から『やらせてくれ ればその三割安の単価でやる』って言われてたものですから、改善策にアウトソーシングなどと入れてしまいました。すみません」

 「それらの改 善策は、ある条件を満たさないと効果はない‥‥」

 大先生の言葉を遮るようにセン ター長が続ける。

 「は い、条件を満たしてません。正直なところ、社員を別の部署に異動したり、パートさんに辞めてもらったりということは考えていませんでした。先ほどからお話 しを聞いていて気がつきました。これはコスト削減どころか、コストアップになってしまう改善策でした。その部分を直したいと思ったのです」

 社長が嬉しそうに頷く。

 「そ う、アウトソーシングしても、それ以上にこれまでのコストが減らなければ意味がないし、社員をそのままにしてパートさんに仕事を移してもコストアップにな るだけ。当たり前のことなんだけど、陥りがちな間違いね。でも、よく気がついたわ。改めて、そういう視点から見直しをしてみてください」

 頷くセンター長を見ながら、物 流部長がクレームをつけた。

 「でも、そん な間違い、休憩の合間に直せるものじゃないだろう。直させてくれって、どう直そうと思ったんだよ」

 「はい、黒く 塗りつぶそうかと‥‥」
 センター長が真剣な顔で答える。一瞬の間を置いて、会議室が爆笑に包まれた。


『月刊 ロジスティクス・ビジネス』連載第50回(2006年6月号)

 

「一体どんな管理をしてるの?」物流部長が次長につっかかった

 会議を再開しようと物流部長が 立ち上がったとき、資料を手にした支店長が「ちょっといいかな?」と発言を求めた。物流部長が中腰のまま頷く。さっそく支店長は、次長たちの顔を見ながら 問題を一つ提起した。

 「このデータ を見るまでもなく、在庫を抜本的に見直す必要があるな?」

 次長が素直に「はい」と答えさ えすれば、すぐに終わるはずの問い掛けだった。しかし、なぜか次長は素直に納得しない。

 「はぁー、た だ、結果として、いくつか問題のある在庫もありますが、一応は管理してるつもりです

‥‥」

 あまりにもいい加減な返事に、 すかさず反応したのは物流部長だった。あとで聞いたところによると、物流部長と次長は同期入社なのだという。

 「一応管理し てるって、一体どんな管理をしてるの? この結果には管理のカの字も見られないけど」

 挑発的な物流部長の言葉に、次 長が切れた。

 「物流部長に なったからって偉そうに言うなよ。あんたに在庫についてとやかく言われたくないね。あんただろ、営業をやってたとき、欠品を出すと大騒ぎするくせに、在庫 の山を作っても平気な顔してたのは」

 次長の鋭い突っ込みに、物流部 長の表情に戸惑いが浮かぶ。面白くなってきた。互いに遠慮せずに議論を戦わせることも、支店回りの目的の一つだ。二人を除く全員が、これから展開されるで あろうバトルを興味深そうに見守っている。

 支店長が隣の常務にささやい た。

 「どっちが勝 ちますかね?」

 「そりゃ、部 長だろ。屁理屈であいつに敵うやつはいない」

 常務の言葉が聞こえたようで社 長が大きく頷く。大先生一行も楽しそうだ。小さな声で大先生が物流部長をあおる。

 「負けるな よ、部長!」

 その言葉に頷き、物流部長が攻 撃を開始する。

 「たしかに、 昔はそんなこともあった。その反省を踏まえて、いま、おれは在庫に取り組んでいる。だから、手ごわいぞ」

 常務が「ほらな」と言わんばか りの顔で、ちらっと支店長を見る。苦笑しながら支店長が頷く。そんなことにはかまわず物流部長が続ける。

 「大体、この 出荷対応日数表を見てごらんよ。出荷対応日数ってのは、いまある在庫であと何日分の出荷に対応できるかって数字だよ、わかる?」

 「そんなこと わかってる!」

 次長が憮然とした顔で吐き捨て る。ちょっと形勢が悪いことを自覚しているようだ。でも、もう引っ込みはつかない。一方、物流部長は余裕の表情だ。別に物流部長が次長と比べて何かすぐれ たことをしたわけでもないのに、立場の違いとは恐ろしいものだ。

 「この表は、 この支店の在庫を出荷対応日数が多い順に並べてあるけど、一番上の在庫は一〇〇〇日を超えてる。毎日出荷しても、なくなるのに三年かかる。出荷対応日数が 三〇〇日以上の在庫が全体の四分の一もある。これで何を管理してるって言うんだ?」

 この物流部長の突っ込みに、次 長が反論する。

 「それは、そ れらの商品の出荷量が最近落ちてしまったからで、最初から何年分も仕入れたわけではない。いくらなんでも、そんなばかなことはしない」

 やはり屁理屈による反撃だ。そ こに大先生が口を挟む。

 「たしかに、 それはそうだ」

 突然の大先生の相槌に物流部長 が一瞬ひるむ。しかし、そこはさすがに物流部長。大先生のいつものちょっかいだと理解すると、すぐに立ち直って追及を続けた。

 「そりゃあ仕 入れるときには、何年分もの在庫になるなんて誰も思ってない。ただ、仕入れるとき、それが結果として売れ残るかもしれないという予感はしてたろう?」

 物流部長が何を言おうとしてい るのかを図りかねて、次長は何も言わない。物流部長がニヤッとして続ける。

 「この表には 出てないけど、もう出荷のない、売れ残った在庫が他にも結構ある。それは出荷ゼロで計算できないので、この表には出てこない。だから、出荷が落ち込むより 出荷がなくなってしまった方がよかったかもな?」

 思わず大先生が吹き出した。屁 理屈の攻防だ。社長が呆れ顔で先を促す。

 「それで、あ なたは何が言いたいの?」

 「はぁ、すん ません。要するに、不良資産としかいいようのない在庫がたくさんあることが問題だということです」

 社長が頷く。物流部長が続け る。

 「つまり、仕 入れるときに、残ってしまうほど仕入れることが問題であって、仕入れるときに何を根拠にして量を決めているのかを議論したいわけです」

 ようやく物流部長が本質に迫る 発言をした。

 

「利 益を出しちゃ悪いって言うのか」次長が殺し文句で反撃する

 この物流部長の問題提起に、再 び次長が反論した。

 「仕入れると きは、そのときそのときで、商品ごとにそれなりの判断でやっている。理屈だけじゃない‥‥」

 相変わらず言い訳じみている。 これまでのやり方が間違っていることは明らかなのに、なかなかそれを認めようとしない。そういう輩とやり合うには物流部長が最適だ。

 「それは、ど んな根拠?」

 物流部長が問い掛けるが、次長 はすぐに答えようとしない。そこで物流部長は視線を物流センター長へと向けた。観念したように姿勢を正しながら、物流センター長が答える。

 「一応、毎日 少なくなった在庫をチェックして、いまの売れ行きをみながら量を決めてます。メーカーさんとの間で取引単位の取り決めがありますので、最低でもその量は取 らなければなりませんが‥‥」

 「細かいやり 方について聞くのはやめるけど、まとめて大量に仕入れてしまうこともあるんじゃないの?」

 「はい、これ はと思う商品を戦略商品としてまとめて仕入れることもありますし、一定量以上買ってくれれば安くするとメーカーさんが言う商品をまとめて仕入れることもあ ります」

 物流センター長が素直に答え る。次長がちょっと渋い顔をする。案の定、物流部長が突っ込む。

 「なぜ、まと めて仕入れるわけ? まとめて仕入れると何かいいことあるの?」

 かつての自分の行為をすっかり 棚に上げた物流部長の言葉に、また次長が切れた。

 「何を言って るんだ! 自分だって前はしょっちゅうやってたじゃないか」

 「昔のことだ から忘れた。それよりもまとめて仕入れるから在庫が残ってしまうんだろ。そんなことやめたらいいじゃないか」

 物流部長があっけらかんと言 う。次長が苦虫を噛みつぶしたような顔でぶっきらぼうに答える。

 「少しでも仕 入原価を下げようと思って‥‥利は元にありって言うだろう。利益を出すためさ」

 「利は元にあ り、なんていまは死語だよ」

 物流部長が即座に言い放った。 もっとも、これは大先生の受け売りだ。

 「ものが足り なくて、仕入れたものをすべて売り切れる時代なら通用したけど、いまのように何が売れるかわからない時代には通用しない。それは売り切ることができるのを 前提にした格言だよ」

 台本を読んでいるような、物流 部長らしくない物言いだ。それでも次長が食い下がる。

 「でも、現実 に仕入原価を下げた結果、利益が出てるじゃないか。利益を出しちゃ悪いって言うのか?」

 殺し文句が出た。物流部長が返 事に詰まる。それを見た次長が溜飲を下げたような顔をする。物流部長も何か言いたそうなのだが、適当な言葉が出てこないようだ。このままでは、次長の勝ち で二人のバトルが終わってしまう。それではまずい。

 突然、物流部長が隣に座ってい る弟子たちに助けを求めた。

 「次長の発言 に私は納得できませんが、うまく言い返せません。ここは一つ、バトンタッチをお願いします」

 いかにも物流部長らしい率直な 物言いだ。社長が笑っている。ただし、大先生と美人弟子は眠っているようだ。いや、目をつむっている。たまたま、目を開けていた体力弟子がバトンを受け 取った。

 

「あ とは私から説明しておきます」支店長が駄目を押した

 話をどう展開しようと考えてい るのか、体力弟子がちょっと間を置いた。そこに大先生が声を掛ける。

 「直球勝負で いいさ」

 美人弟子が体力弟子に何かささ やく。やっぱり、大先生も美人弟子も眠ってはいなかった。体力弟子は頷くとストレートに次長に問い掛けた。

 「いま、利益 が出てるんだからいいじゃないかとおっしゃいましたが、その利益って何ですか?」

 突然、対戦相手が変わったう え、きわめて単純な質問をされた次長が戸惑う。

 この体力弟子の言葉に、支店長 は早くも納得したとみえる。社長も大きく頷いている。どうやら「利益ってなんですか」という一言で、この勝負は決したようだ。ところが次長はこの質問に いっこうに答えない。体力弟子が続けて質問をした。

 「利益が出る と、どんないいことがありますか?」

 首を傾げながらも、次長が何と か答えを絞り出す。

 「はぁ、会社 が存続できます」

 「できませ ん。利益が出ることと、会社が存続できることとは関係ありません」

 次長の答えを体力弟子が即座に 否定する。次長がさらに困惑する。体力弟子が解説を始めた。

 「利益が出る ということは会社にキャッシュ、つまりお金が入るということです。ですから、お金の入らない利益は意味がありません」

 まだ次長は怪訝そうな顔をして いる。それを見て、体力弟子が詳しく説明をしようとする。

 「たとえば、 ここに一個一〇〇円の原価の商品があったとします。それをまとめて仕入れることで九五円で‥‥」

 「そんな細か い説明はいい。結論だけ言えばわかるさ。簡単なことなんだから。物流部長と次長のやりとりを聞かされて疲れた。早く終わりにしよう」

 大先生が遮った。体力弟子は頷 くと、早口でまとめた。

 「商品を仕入 れるということは自分の現金が出て行くということです。もし、その商品が売れ残れば、在庫という形で持つことになります。その分、貸借対照表の現金預金と いう資産が減って、棚卸資産という資産が増えるだけです。つまり、大量に仕入れて仕入原価を安くしても、自分のキャッシュは増えません。自分のキャッシュ で利益を買ってるだけのことだからです」

 一息入れると、体力弟子は次長 の顔を見た。支店長は大きく頷いているが、相変わらず次長は怪訝そうな表情のままだ。それを見ながら体力弟子が結論を下した。

 「もし、売れ 残る危険性があるのなら、いくら安く仕入れても、経営的にはマイナス以外のなにものでもないということです。必要なものを必要なだけ仕入れるに越したこと はありません」

 次長はまだ納得していないよう だったが、支店長が駄目を押した。

 「わかりやす いご説明をありがとうございます。次長たちには、あとで私から説明しておきます」

 社長が頷き、閉会するよう物流 部長に目で合図した。物流部長が閉会を宣しようとしたとき、また支店長が手を上げた。物流部長が頷き、支店長が立ち上がった。

 「今日は先生 方においでいただき、本当によかったです。ABCや在庫分析の結果が、この支店の経営の問題を明らかにしてくれました。これを踏まえて、改めて経営を見直 していくつもりです。要するに、架空の利益に踊らされず、将来の損失発生のリスクを負わず、ありのままに経営する。これがロジスティクスの本質と理解しま した。私はそう思います」

 大先生が頷くのを見て、社長が 引き取った。

 「そういうことです。そのよう な経営を全社に広げていきたいと思います。まず、あなたの支店でどんどん進めてください。期待してますよ」

 支店長と常務が同時に深く頷 く。こうして波乱含みの支店でのヒアリングの幕は閉じた。