『月刊ロジスティクス・ビジネス』連載第27回 (20047月号)

 

■活況 を呈する「大先生サロン」今日も新たな相談者が訪れた

 夏の陽光が燦々と降り注ぐ七月 のある日、大先生事務所はまどろみの中にあった。弟子たちは出張中だ。大先生は椅子に寄りかかって外を眺めている。いや、さっきから全然動かないところを みると、きっと居眠りをしているに違いない。

 パーテーションの向こう側のス タッフルームから女史が、大先生が寝ているのを見透かしたかのように声を掛けた。

 「もうじき、 お客さまがいらっしゃいますよ。眠気覚ましにコーヒーでもいれましょうか?」

 「なに、お 客? 誰か来るだっけ? こんな暑い日に‥‥」

 返答のしようのない大先生の言 葉にも、女史はめげない。ここが彼女のいいところだ。

 「お約束です から、暑かろうが寒かろうが、いらっしゃいますよ。それではコーヒーを入れますね」

 大先生の事務所には、いろんな お客が来る。中でも弟子たちが勝手に「大先生サロン」と名付けている有料の相談コーナーが結構、繁盛している。時間当たりで相談料を設定したことが敷居を 低くしているようだ。「ご相談したいことがありますので、二時間ほど時間を取ってください」などといったメールや電話が入ると、日時の設定はすべて女史が 行う。依頼者にとっては、このとき大先生を相手にしないで済むことも気安さにつながっているようだ。

 大先生が自分の席でコーヒーを 飲んでいると、事務所の扉が開き、今日の相談者が入ってきた。大きな鞄を持ち、額に大粒の汗をかいている。出迎えた女史がソファに案内する。大先生も立ち 上がった。

 

■「そ れでは役目を果たせませんよ」大先生の厳しい言葉が飛ぶ

 相談者は、ある大手メーカーの 物流部長である。せわしく汗を拭いながら、「お忙しいところ、お時間を取っていただき‥‥」とか「ご相談するのもお恥ずかしい内容なのですが‥‥」などと 挨拶する。女史が、冷たいおしぼりと飲み物を出しながら、上着を取るように勧める。大先生もそうするよう促す。

 「ちょっと失礼」

 そう言うと、大先生は自席に 移った。相談者が落ち着くための時間を与えようという配慮のようだ。数分して大先生がソファに戻ったときには、物流部長氏はだいぶ落ち着いたように見え た。ゆっくりと話し出した。

 「私どもの会 社ではいま、徹底してコスト削減を行うよう、各部門に指示が出されておりまして、とくに私ども物流部門には大幅な物流コスト削減をするようにという厳命が下ってます。その取り組みについての報告を近々することになっているのですが、今日はその件でお伺いした次 第です」

 「報告は誰に 対してするですか?」

 「社長です」

 「ご自分の会 社の社長に報告するわけですから、物流部としてまとめたものを報告すればいいだけでしょう。わざわざいらしたのは、その報告内容に自信がないからです か?」

 「‥‥」

 大先生のストレートな質問に物 流部長氏は一瞬戸惑ったが、観念したように話し出した。

 「はぁ、報告 内容につきましては、うちの部でチームを作り、一カ月ほどかけて検討しました。それなりにまとまってるとは思 うのですが、果たして本当にこれでいいのか。実は私自身が判断できずにいるです‥‥」

 正直に打ち明ける物流部長氏 に、推測を交えながら大先生が質問する。

 「それなりに なんていういい加減な表現は使わない方がいいですよ。まあ、それはいいとして、一カ月ほどかけて検討したとおっしゃいましたが、あなたがチームのメンバー に何か案を出すように指示して、各人が考えてきたものが採用できるかどうか、それでいくらの削減になるかなどといったことを検討したのではないですか?  他にも何かないかなんて催促もしたじゃないですか?」

 「はい、ご指 摘のとおりです。コスト削減の方策について各人に考えるよう指示しました。もっと案を出すように催促もしました‥‥そのやり方はまずかったでしょうか?」

 大先生は何も答えず、一つの提 案をした。

 「それでは、 ここで予行演習をやってみましょう。私を社長だと思って、報告してみてください。私が社長の代わりに質問します」

 突然、予行演習をしようと言わ れ、物流部長氏はまごついている。

 「報告の時間は何分くらいですか? 資料はありますか?」

 大先生に催促されて、慌てて鞄 から分厚い資料を引っ張り出した。

 「これが資料 です‥‥報告時間は質疑を入れて三〇分と言われています」

 大先生の前に置かれた資料には 「物流コスト削減プログラム」と書かれている。それを見て、大先生が率直な感想を漏らす。

 「へー、立派な名前がついてるなー」

 これには答えず、物流部長氏は 「それでは、ポイントを‥‥」と言いながら、説明を始めた。

 資料は、「当社の物流の概 要」、「物流コスト削減方策」、「削減効果」という三部構成になっている。ところが説明を始めてから一五分しても、まだコスト削減方策の話が続いた。

 「もう説明は いい。結局、いくら削減できるのかね‥‥と社長なら言うと思いますよ」

 ばつが悪そうな物流部長氏に対して、大先生が続ける。

 「社長が聞きたいことは何ですか?」

 「はい、いく ら削減できるかだと思います」

 「それでは、 物流部として社長に聞いてもらいたいことは何ですか」

 「‥‥」

 物流部長氏は、答えに窮してし まった。大先生が別の質問をする。

 「社長は、コ スト削減方策の妥当性について判断できますか?」

 物流部長氏が首を傾げる。

 「判断できな いなら、そんな説明はいらないでしょう。要するに、社長が聞きたいことと、それに関連して物流部が聞いてもらいたいことを話せばいいんですよ」

 物流部長氏が大きく頷くのを見 ながら、大先生は資料の「削減効果」のページを開き、楽しそうに言った。

 「それでは、 続きをやりましょうか。私はまた社長をやります‥‥さて、物流コストの削減はこの程度で精一杯ということかね?」

 「は、はい。 いろいろ検討しました結果、これが精一杯だと思います‥‥」

 「ということ は、うちの物流は効率化という点で最高レベルにきたと理解していいだな? 同業他社と比べても レベルは高いと‥‥」

 「‥‥」

 また言葉に詰まる。たばこに火 をつけると、大先生は諭すような口調で尋ねた。

 「いいです か、そこで答えられないようでは、物流部長としての役目は果たせませんよ。そして、あなたの報告も信用されません。違いますか?」

 大先生の問い掛けに、意を決し たように物流部長氏は話し始めた。

 

■「究 極のプログラムを作ってみます」物流部長氏は改めて決意を語った

 「おっしゃる とおりです。私には、うちの物流がどのレベルにあるのか、物流コスト削減という点でもう限界なのかということが、恥ずかしながら判断できないのです。そこ に不安を感じておりましたものですから、今日こちらにお伺いしたのです‥‥自社の物流レベルというのは、どう判断したらよろしいのでしょうか?」

 よほど悩んだのであろう。物流 部長氏の顔には悲壮感すら漂っている。

 ところが大先生は「そんなの簡 単ですよ」と、あっさり言い放った。そして立ち上がると、自分の机から万年筆を取ってきた。ソファに座り直すと、資料を閉じ、表紙の「物流コスト削減プロ グラム」という表題の前に「究極の」という言葉を書き加えた。

 怪訝そうな物流部長氏を見なが ら、大先生が説明する。

 「自社の現状 の物流レベルは、自社の究極のローコスト物流のレベルと比べるしか方法はないでしょう。それと比べてこそ、いまこの段階にあるということがわかりますし、 また、より上に行くために何をしなければならないかもわかります。そうすれば、改めて削減策を検討するなんてことをする必要もないでしょ?」

 「はい、たしかに‥‥」

 「コスト削減 をしろと言われて、そのたびに集まって何かないかと検討するなど、それこそ愚の骨頂です。素人集団と言ってもいい」

 大先生が言い切る。物流部長氏 は頷くだけだ。それを見ながら大先生が続ける。

 「そこで必要 なのが、究極のローコスト物流の姿を描き出すことです。あなたの会社にとって、その姿はどんなものですか?」

 大先生の端的な質問に、なんと 物流部長氏は即答した。

 「はい、工場 から必要なものだけを一定ロットで顧客に直送することだと思います」

 一瞬、大先生は驚いたような顔 をしたが、そのまま質問を続けた。

 「そのとおり です。では、なぜ、それができていないのですか?」

 「はい、物流 サービスというか、営業の都合というか、あるいは生産の仕方など、いろいろな制約要因があるためかと‥‥そう思います」

 「なーんだ、わかってるんだ‥‥」

 「はぁ、以 前、先生の講演をお聞きしたことがあるのですが、そのとき先生は『保管コストは物流部門で責任を持てますか?』と会場に問いかけられました。私はびっくり しました。保管コストは当然物流の責任だと思っていたからです。ところが先生は、保管コストについて物流部門が責任を負えるのはスペースの単価だけで、ス ペースの広さについては在庫量で決まるから、物流部門では責任を負えないとおっしゃいました。それがずっと頭に残っています」

 「それなら、 制約条件を段階的に取り払うことができれば、物流コストはこう変動する、そして、究極はこれだけのコストになるという、それこそ『物流コスト削減プログラ ム』をつくればいいじゃないですか?」

 「はぁ、そ のー、物流コストと制約条件の関係付けが何か難しいような気がして‥‥」

 「だって、 やったことないでしょ。なのに、なぜ難しいとわかるで すか。やる前から難しいと勝手に決めつけて何もしないというのは、職務怠慢ということですよ」

 話がとんでもない方向に進んで しまった。物流部長氏は返事ができない。大先生が話を戻す。

 「とにかく、 やってみたらいいですよ。というよりも、それが物流部長の本来の仕事です。向かうべき先がわからなくて、いったい物流部は何をしようというですか?」

 「はぁ、おっ しゃるとおりです。戻ったらすぐにその作業に取り掛かります。社長報告には間に合わないかもしれませんが、社長には、物流コスト削減は物流部門だけでな く、物流を発生させている部門の役割が大きいということを話します‥‥そうです、これこそ物流部として聞いてもらいたいことでした」

 大先生が笑顔で頷くのを見て、 物流部長氏は改めて決意を表明した。

 「はい、社長 に究極の物流コスト削減プログラムについて口頭で説明し、支持をとりつけます‥‥場合によっては、この件につきましてご指導をお願いするかもしれません が、そのときはよろしくお願いします」

 大先生が頷く。

 物流部長氏はすっきりした顔で 立ち上がると、深々とお辞儀をして帰っていった。

 「今日のお客さまがお仕事につながるといいですね」

 茶碗を片付けながら、女史が大 先生に話しかける。大先生は返事をしない。椅子に寄りかかり、外を見ている。大先生事務所はまた、まどろみの世界に入ってしまったようだ。




『月刊ロジスティクス・ビジネス』連載第28回 (20048月号)

 

■「私 は何をすべきなのでしょうか?」今日の相談者は新任の物流部長だ

 お盆休みを直前に控えたある日 の午後、大先生の事務所に二人連れの相談者がやってきた。その日の午前中に電話で「二人で行ってもよろしいでしょうか。その場合、料金はどうなるのでしょ うか?」という問い合わせが入ったのに対し、女史が「何人でもどうぞ。料金は変わりませんから」と返事をした案件である。

 来客の一人が「物流部長」の名 刺を差し出した。もう一人は「主任」という肩書きを持つ若い物流部員だ。どことなく聡明な雰囲気を持つ部長が、話し始めた。

 「実は、私は この四月に物流部長になったばかりです。それまでは営業にいました。工場の管理部門にいたこともあります‥‥」

 「それが突 然、物流部などに回されて、何をしていいかわからず困っている?」

 大先生がいきなり話を先回りす る。部長はちょっと戸惑いながら、隣に座っている若い部員をちらっと見て答えた。

 「おっしゃる とおりです。彼が、困っている私を見て、先生にご相談するのがいいと薦めてくれたのです。彼は先生のご本やご講演で先生に傾倒しておりまして‥‥先生の ファンです」

 大先生は黙って頷いている。 ファンなどにはまるで関心がないらしい。ファンだと言えば何か反応してくれると思っていた部長は、当てが外れて次の言葉が出ない。主任もつなぐ言葉がない らしく、うつむいたままだ。それを見て大先生がぼそっとつぶやいた。

 「オレの本を 読んだり、講演を聞いたりしてるなら、何をすればいいかくらいわかるじゃないの?」

 痛いところを突かれたという様 子で、主任はますます下を向いてしまった。何か言いかけた部長を制するように、大先生が話題を変えた。

 「前任の部長 から、業務についての引き継ぎはしてるんでしょ?」

 頷きながらも自信なさげに部長 が答える。

 「はぁ、これ まで何をしてきて、いま何をしている、という説明は受けましたが‥‥」

 「部長の役割については?」

 大先生の問いに、部長は首を傾 げながら言いにくそうに答えた。

 「物流サービ スの向上と、物流コストの削減をいかにバランスさせるか。それが課題だというようなことは言われましたが‥‥」

 「具体的に何のことやらわからない?」

 大先生の突っ込みに部長が頷 く。その様子を愉快そうに眺めてはいるものの、大先生の目は笑ってない。

 「はー、きっ と、それはからかわれたでしょ。サービス向上とコスト削減のバランスなんか実務的にはありえま せん。そういうことを言うのは、物流も管理も知らない輩のたわごと‥‥あっ、もしかしたら、前任の部長は物流も管理も知らない人だったの?」

 たまたま顔を上げた主任に問い 掛けると、主任は反射的に頷いてしまった。隣に座っている部長が苦笑しながら主任を見る。上目遣いに部長を見ながら、主任がぺこりと頭を下げた。

 「すみません、つい‥‥」

 なかなか楽しい二人だ。こうい う相談者が相手だと、大先生は饒舌になる。

 

■「物 流コストと物流サービスのバランスなどありえない」と大先生が断言した

 三人は冷たい飲み物で喉をうる おすと一息入れた。相談者たちもだいぶ落ち着いてきたようだ。

 「要するに、 今日の相談は、物流部長として何をすればいいかってことですか?」

 「はい、恥ず かしながら、そういうことです。よろしくお願いします」

 「ちっとも恥 ずかしいことではないですよ。わからないままで、本来の部長の仕事をしていない連中よりよっぽどいい。物流管理がきちっとできるように物流のコンサルがい るだから、遠慮なく聞けばいい」

 部長が安心したように頷き、大 先生に質問する。

 「物流サービ スのことですが、物流関係の雑誌などを読みますと、日本の物流管理はコスト削減ばっかり言っていて、サービスの管理をなおざりにしている点がダメだという 意見もありますが、どうなんでしょうか?」

 いつもの大先生なら中途半端な 質問に突っ込むところだが、今日は妙に優しい。新任の部長ということで指導型の会話に入っている。

 「その意見に 同調するためには、ある前提が必要になると思う。それは後で説明するとして、あなたの会社では、物流サービスをコントロールできますか? 上げたり、下げ たり」

 「いえ、でき ません。物流部では不可能なことですし、営業でも無理だと思います。ほとんど、お客さんの要求するサービスを提供せざるをえない立場にあります」

 部長が即答する。頷きながら大 先生が質問を続ける。

 「もう一つ聞 きますが、あなたの会社では、物流サービスで他社と差別化することができますか?」

 「それは考え られません。うちはメーカーですから、物流サービスはコア・コンピタンスたりえないと思います。物流サービスは、結局、同業他社と同じような内容になって しまいますから‥‥」

 見かけだけでなく、なかなか賢 い部長だ。よく物流の実態をとらえている。大先生は楽しそうだ。たばこを手に取りながら、また質問をした。

 「どうして日 本の場合、物流サービスは顧客の都合ばかりが反映されたものになってしまうでしょうね?」

 この質問にも、部長は即答し た。

 「顧客側で自 分たちの懐が痛まないからだと思います。どんな要求をしようが、仕入価格に変わりがないわけですから、自分たちに都合のいい要求を出してくるのだと思いま す‥‥」

 「物 流サービスをコントロールできない、物流サービスは他社との差別化の要因にはなりえない、要求されるサービスを価格に反映することができない、つまりビジ ネスライクな関係は存在しない‥‥これが物流サービスの実態です。こういう状況では、物流サービスを管理することなどできはしません。あなたは、よくわ かっているじゃないですか」

 「いえ、ご質 問に答えているうちに整理された、という感じです」

 部長が謙虚に答える。隣では主 任が懸命にメモを取っている。視線を感じて顔を上げた途端、大先生につかまった。

 「そうなると、物流部門がやることは何?」

 「は、はぃ。 要求されている物流サービスを前提にして物流コストを下げること、かと思いますが‥‥」

 主任は緊張した面持ちで答え た。笑顔で頷きながら大先生が言葉をつぐ。

 「そう。そう なると、物流コストと物流サービスのバランスをとるなんて、実際はありえないということになる。物流サービスを前提に物流コストを下げる取り組みをすると いうのが、妥当なアプローチ」

 そう言い切る大先生の言葉に対 して、部長と主任が大きく頷いた。一つの結論が出た。

 

■物流 サービスの条件を有名無実化するのは顧客ではなく社内の営業

 「ところで、 そうは言っても、コントロールできないからといって物流サービスを放置しておくわけにもいかない。違いますか?」

 主任がさかんに同意している。 大先生が何を言わんとしているかわかっているようだ。それを見て、大先生が主任に言葉を投げ掛けた。

 「どうすればいい?」

 ちょっと戸惑った顔をしたが、 主任は思い切ったように話し始めた。

 「先生の受け 売りのようになってしまいますが、よろしいでしょうか?」

 大先生が頷くのを見て、主任は 身を乗り出した。

 「以 前、私どもでは、物流サービスについて、たとえば注文の締め切り時間や納期などに一定の条件を設定して、これを遵守してもらうよう営業に働きかけたことが あります。お客様に文書でお願いもしました。ところが、これは、まったくの有名無実化してしまいました。例外が多発したのです。例外というよりも、今まで 通りのサービス要求が続いたということです。その原因は、お客ではなく、当社の営業にありました。この件ついてお客から問い合わせがあると、当社の営業 が、そんなの気にしないでくださいと返事をしてたのです。それが実態です‥‥」

 隣で部長が興味深そうに聞いて いる。先を促す大先生の言葉を受けて、主任が話を続ける。

 「そ ういう経験からしましても、物流サービスを管理するなど現実的には不可能ですし、意味がありません。そこで、ここから先生のお説になってしまいますが、物 流サービスについては、まず顧客別にサービス要求を反映させたコストを把握することがどうしても必要になります。顧客別の物流コストをつかんで、顧客別の 出荷金額に対する割合などを出して、採算性という視点からメスを入れて行くことが必要だと思います。当社のようなメーカーの場合、いくら物流サービスを上 げても売上増に結びつくわけではないのですから、採算性を切り口にするのがいいと思います」

 この主任も、結構しっかりして いる。隣の部長も「なるほど」と感心したように頷いている。いい雰囲気になってきたと思いきや、大先生が水をさした。

 「そのとおりだ。で、顧客別コストは計算してみた?」

 「いえ、まだやってません‥‥」

 「なぜ? い い考えを持ってても、それをやらないのでは考えがないのと一緒じゃないか」

 「はぁ、今 日、ここで先生にお話を伺ってから、部長に提案しようと思ってたものですから‥‥」

 部長が苦笑しながら、主任に問 い掛けた。

 「そうか、し きりに先生にご相談しろと言ったのは、自分のやりたいことを先生に後押ししてもらおうという狙いもあったのか?」

 「はぁ、すみません。それもありました」

 「まあ、悪い ことではないから、それはいいけど‥‥」

 部長はそう言うと大先生の方に 向き直った。そして自分の考えを整理し、確認するかのように話し始めた。

 「コ ントロールできないとはいえ、物流サービスを放置することはできない。そこで、顧客別に物流サービスのコストを把握して、採算性という視点から顧客別に物 流サービスを検討の俎上に載せる。採算性のデータが明確に示されれば、担当の営業としても動かざるを得ない。いくらお客は大事だと言っても、採算に問題が ある顧客は放置しておくことはできない。こういう展開で物流サービスにメスを入れていくアプローチが必要だということですね?」

 「そう、それ でいい。物流サービスを管理するためには顧客別にかかっているコストを把握することが第一歩。そのコストもわからずに、物流サービスの管理などありえな い」

 部長は頷きながらメモを取る。 大先生が続ける。

 「さっ き物流サービスを前提にすると言ったけど、そのアプローチで採算に合わないサービスが是正されていけば、その前提となるサービスが変わってくる。その結 果、物流センターなどの配置や機能も変わってくる可能性がある。部長としては、それを視野に入れておくことが必要だ」

 部長がメモをしながら、大きく 頷く。それを見て大先生が話題を変えた。

 「一方でその 取り組みをしながら、同時に物流コスト削減も行う」

 部長が待ってましたという感じで大先生に質問する。

 「はぁ、その コスト削減ですが、それはどう展開すればよろしいのでしょうか。正しい取り組み方というのはあるのでしょうか?」

 「もちろん、ある。論理的に取り組めばいいのさ‥‥」

 もう外は暗くなってきた。今日 の相談はもう少し時間がかかりそうだ。外出している弟子たちも、もうじき帰って来るだろう。そうなると、きっと相談会は宴会に変わるに違いない。そう思っ た女史が準備のために立ち上がる。いつもながらの事務所の光景だった。



『月刊ロジスティクス・ビジネス』連載第29回(20049月号)

 

■  ビールを飲みながら大先生が聞いた 「本当にコストは下がったの?」

 女史の予想通り、夕方になると 今回の相談会は事務所での宴会に変わった。大先生に「この後の予定は?」と聞かれた物流部長と主任が、「いえ、特に‥‥」と返事をした途端、「それじゃ あ、続きは飲みながらやろう」となってしまった。

 会議テーブルに場所を移して準 備をしていると弟子二人が帰ってきた。彼女たちも加わって宴会が始まった。思わぬ展開に部長も主任も最初は戸惑っていたが、ビールを飲みながら弟子たちと 雑談をしているうちに、だいぶリラックスしてきた。

 ひとしきり話が弾んだ後、これ ではいけないと思ったのか、部長が真顔になって大先生に確認した。

 「仕事の話で恐縮ですが、続きをよろしいでしょうか?」

 「もちろん。 仕事の話をするために飲んでるんだから。酒が入って、頭の回転もよくなったんではないかな」

 くだけた口調でそう答える大先 生は楽しそうだ。早くも酔っ払ってしまったのかもしれない。部長が座り直した。こちらは、なぜか緊張気味だ。

 「さきほど 『物流コストを下げるための取組みは論理的にやれ』とおっしゃいましたが、そのぉ、具体的にはどうすればいいのでしょうか?」

 緊張のせいか、部長は直球勝負 に出た。こういうストレートな質問には大先生は素直に返事をしない。きっと遠回しな話に持っていくだろうと弟子たちが思ったとおり、大先生が逆に質問をし た。

 「おたくで は、これまで物流コストを下げるためにどんなことをやってきた?」

 部長と主任が顔を見合わせる。 答えたそうな主任の様子を見て、部長が頷く。身を乗り出すようにして主任が話し始めた。

 「いろいろ やってきましたが、効果が大きかったのは拠点集約だと思います。そして‥‥」

 続けようとする主任を大先生が 止めた。いつものように酔っ払ってからまなければいいが、と体力弟子が心配そうな顔をする。

 「その拠点集 約とやらは、実際にどれくらいコストが下がった?」

 「はぁ、最初 全国に一〇〇くらい倉庫があったんですが、これを二段階に分けて一〇カ所くらいに集約しました。えー、北から札幌‥‥」

 長くなりそうな話を大先生が遮 る。

 「そんなこと はどうでもいい。拠点集約によるコスト削減の効果はどれくらいだったかと、聞いてるんだ」

 「はぁー、集 約前にどれくらいコストが下がるかは一応試算しましたが、集約した後、実際にどれくらいコストが下がったのかは出していません‥‥すみません」

 主任が白状する。大先生はたば こを吹かしながら頷いているが、部長はちょっと不安そうな顔だ。さすがにまずいと思ったのか、主任が慌てて付け加えた。

 「集約した結 果、倉庫全体の面積も減りましたし、作業者の数とか、管理者の数も減りました。工場から物流拠点への輸送も大型化されましたので、全体的にコストは下がっ たと思いますが‥‥」

 「ふーん、実 際にどれだけコストが下がったのか、わからないのか。のんきなもんだ。きっと、その集約はコストダウンにはなってないな。もしかしたら、かえって上がって るかもしれない。実際、そういう会社が多い」

 大先生が独り言のようにつぶや くと、部長が小さく頷いた。主任は下を向いている。そのかたわらでは、美人弟子が焼酎の水割りを作って大先生に渡すのを、体力弟子が不安そうに見ている。

 

■ 「その効率化っていったい何なんだ?」 物流部長は今さらのように呟いた

 沈黙を破るように、大先生が主 任に質問した。

 「集約した後、それまであった倉庫はどうなった?」

 「はい、業者 から借りてたものは解約しましたが、自社で持っていた倉庫は支店で使ったりしています。物置になったりしているところもあります」

 「拠点集約の おかげで支店が広くなったわけだ。広くなった分、売り上げも増えた?」

 「いえ、そういうことは‥‥ないと‥‥」

 答えるたびに傷口を広げていく 感じだ。主任の声が小さくなる。何かを察したらしく、部長は小さく頷いている。主任を見ながら、大先生が続ける。

 「それじゃ、 自社倉庫のコストは残ったままなんだ。そこに新拠点のコストが上積みされているわけだ。社員も同じだろうな。別に拠点集約を機会に社員を辞めさせたわけで はないだろう」

 突然、大先生が、質問の矛先を 隣で頷いている部長に向けた。

 「拠点集約と コスト削減との関係について、いまの話を聞いて、部長はどう思った?」

 「はい、拠点 を集約したからといって必ずしもコストが下がるわけではない。つまり、それ以前にかかっていたコストがなくなるとの前提で効果測定をするのは誤りだという ことかと‥‥そうでないと、コスト削減ができたという錯覚に陥ってしまいかねない‥‥」

 部長は突然の質問に慌てながら も、頭に浮かんだことを答えた。しかし、ここまで話すと黙り込んでしまった。その横顔を主任がちらちらと窺うが、頭の中で何かを整理するかのように一点を 見つめたまま動かなくなってしまった。

 ちょっと間を置いて、部長が再 び話し始めた。

 「当 たっているかどうかわかりませんが、物流コストを削減するという取組みにおいては、人や倉庫、トラックや設備など物流にかかわる経営資源を完全に減らすん だ、なくすんだという発想を常に頭に置いておくことが不可欠なのではと感じました。そうでないとコスト削減の方策だけに溺れてしまって、結局は何の効果も なかったということになりかねない。にもかかわらず、自分たちはコスト削減をしたという錯覚に陥ってしまう。そうだろ?」

 ゆっくりと確認するかのように 話すと、部長は最後に主任に念を押した。思い当たる節があったようで主任が答えた。

 「たしかに、 これまでを振り返ると、経営資源をなくすという視点は希薄だったかもしれません。と言うより、始めに方策ありきだったように思います。経営資源を減らすと いう視点で考えてみれば、新たな実効性のある方策が見つかるかもしれません。何となくそんな気がします」

 主任の話を受けて、今度は部長 が続ける。

 「そ う考えると、物流センター内の効率化も何かおかしいな。一方で効率を上げるなんて言いながら、他方で、せっかく集めたパートさんを切ることはできないなん て言ってる。いまの話からすれば、作業の効率を上げるということは、パートさんの数を減らすということになる。パートさんを切れないんだったら、その効率 化っていうのは、いったい何なんだ?」

 やれやれ、二人だけの世界に 入ってしまったようだ。部長の独り言のような問い掛けに、主任が妙に自信を持った感じで答えた。

 「物流セン ターのコストは、そこで働いている人を減らすか、センターの面積を減らすか、設備を減らすかしないと決して下がらないということですよね。これらに結びつ かないなら、効率化とか改善などいくらやっても意味はない‥‥ということになります」

 ここで大先生事務所を代表し て、ようやく美人弟子が口を挟んだ。

 「でも、セン ターの面積を減らせ、設備をなくせなんて言うと、こいつは何を言ってんだって顔で見られたりしませんか? こういうコスト削減を阻む意識の壁がよくありま すけど‥‥」

 

■ 部長と主任は何をすべきか見出した 大先生が温かい言葉を掛ける

 美人弟子の言葉に主任が大きく 頷く。部長も美人弟子の顔を見ながら、小刻みに頷いている。また何やら考えているようだ。部長は視線を大先生に移すと、確認するように話し始めた。

 「こ こは、原点に立ち戻って、なぜ物流をやってるんだ、そのために必要な物流というのは何なんだというところを徹底的に詰めて、それに最低限必要となる人、ス ペース、設備に絞り込んでいくという作業がまず必要な気がします。当然、できない理由がいろいろ出されるでしょうけど、物流は本来これだけでいいんだとい う姿が見えていれば、われわれが何をすればいいかがわかります。そして、できない理由がわかれば、それをどう排除するかを考えればいいわけですから‥‥こ ういうアプローチが必要な気がするのですが、いかがでしょうか?」

 「考えとしてはいいけど、具体的にどうする?」

 逆に質問されて、部長は答えに 詰まってしまった。大先生が弟子たちを見る。その視線にうながされて体力弟子が助け舟を出した。

 「さきほど、 原点に立ち戻るとおっしゃいましたが、原点というのをどうとらえますか?」

 体力弟子の問い掛けに、なぜか 主任が小さく手を上げた。何かひらめいたらしい。体力弟子が答えるように促す。

 「あのー、こ れも先生の受け売りになってしまうかもしれませんが、わたしどもメーカーのあるべき物流の姿、これが原点だと思うのですが、ここに立ち戻るというのが一番 現実的かと思います。はぃ」

 弟子二人が頷くのを見て、主任 がちょっと自信を持ったように続ける。

 「メーカー物 流の原点というのは、工場からお客様に直送するというところにあると思います。ここを出発点にして、工場とお客様の間に位置している物流センターの存在価 値を問いただしていく。そんなやり方もあるのではないでしょうか?」

 「な るほど、物流センターなんかそもそも要らないのではないかと問い掛けると、いろんな反論が出てくる。この反論を整理すると、まあ、それが価値なのかどうか は別として、物流センターの存在理由が明らかになる。いや、ここではやっぱり価値じゃなく、機能かな。そう、機能が明らかになる。そうなると、その機能を 果たすために必要なセンターの広さや業務が明らかになる。これが、当面のあるべき姿で、あとは出された反論を徐々につぶしていけば、どんどん原点に近づい ていく。物流センターの機能となると、昼間ご指導いただいた物流サービスに当然関係してくるということだ。うん、なるほど‥‥」

 酒が入ると饒舌になるのか、部 長は、すっかり自分の考えを自分で確認するような話し方になっている。主任も負けず劣らず饒舌だ。もはや大先生と弟子たちの出番など、なくなってしまった ようだ。

 「そ うです、ここは、部長が変わられたのを機に、うちの物流を改めて原点から見直す必要があると思います。物流管理元年に立ち戻った気で取り組んでみません か。ABCを入れると、物流コストについての責任区分も明らかになります。物流コストのうち、この部分は営業の責任だ、生産の責任だということがわかりま すので、そこからもこれまでにないコスト削減の方策が見つかると思います」

 「なるほど、 もう一度、物流管理をやり直してみるということか。それはおもしろそうだ。それが、おれの仕事かもな。やってみるか」

 大先生と弟子たちを置き去りに して、二人だけですっかり盛り上がっている。大先生はといえば目を閉じたまま動かない。眠ってしまったのかもしれない。酒に弱い体力弟子も、うつろな目を している。ひとり酒に強い美人弟子だけが、グラスを片手に楽しそうに二人の様子を見ている。

 ようやく、その場の雰囲気を察 知し、部長と主任は二人だけの世界から脱して我に返った。慌てて謝辞を述べると部長は帰り支度を始めた。

 事務所を出る前に、再度、大先 生にお礼を言う。扉を開けて出ようとする二人の背中に大先生が声を掛けた。

 「さっき、で きない理由を排除するなんて言ってたようだけど、その場合、結果だけに目を奪われないように注意すること、いいね。表面上の問題ではなく、必ずその原因に 踏み込むこと。それを常に忘れないように。まあ、頑張りなさい。困ったらまた来ればいいさ」

 大先生は眠ってはいなかった。部長と主任は嬉しそうに「はい」と答えると、 一礼して事務所を後にした。



 
『月刊ロジスティクス・ビジネス』連載第30回 (2004年10月号)

 

■ 生真面目そうな相談者が訪ねてきた 物流ABCの導入を計画中だという

 大先生の事務所の窓から、秋の 澄み切った青空が見える。街路樹の銀杏の葉も色づいてきた。いい季節になった。大先生は青空に誘われて、近くの神社に散歩に出掛けていってしまった。美人 弟子がお供だ。

 そろそろ相談者が訪れる時間 だ。事務所に戻るよう女史は大先生の携帯に電話を入れた。すぐに大先生の机の上で呼出音が鳴る。「まぁ」と呆れながら女史が美人弟子の携帯に掛け直す。す ぐ戻るよう伝えて電話を切った途端、事務所の扉が開き相談者が入ってきた。

 今日の相談者は、あるメーカー の物流担当者だ。 「物流ABCの導入を考えていて、コンサルを受けたいのですが、その前にお話しをお聞ききする機会を設けていただけるでしょうか」と電話を掛けてきて、今 日の会合が設定された。

 お茶を出しながら、女史が、大 先生の戻りが遅れている旨を詫びると、「私の方は一向に構いません。お気になさらずに」と生真面目な返事がかえってきた。見るからに几帳面な性格のよう だ。

 そこに、大先生と美人弟子が 戻ってきた。反射的に相談者が立ち上がる。

 「いやー、今 日はいい天気だ。どうです、ちょっと散歩にでも行きますか?」

 冗談なのか本気なのかわからな い大先生の物言いに、相談者は言葉が出ない。名刺を交換し、大先生が座るように促した。今回は美人弟子が同席だ。大先生はなぜか楽しそうな顔で相談者を見 ている。今日は機嫌がよさそうだ。大先生とまともに目を合わせた相談者が、慌てて切り出した。

 「実 は、物流ABCを導入しようと思っておりまして、先生のご指導を受けたいと考えています。そのための承認を上司から得るのに説明しなければならなくて、本 や雑誌で少し勉強したのですが、わからないことがいろいろ出てきてしまいました。そこで、ご指導いただければと、今日お伺いさせていただきました」

 「物流ABC なんぞで、そんなに疑問が出ること自体が疑問だな」

 大先生が独り言のように呟く。 戸惑った表情を見せる相談者に、美人弟子が「どうぞ」と先を促した。相談者は気を取り直すかのように頷くと、鞄を開け、中から分厚いシステム手帳を取り出 した。相談者がページを繰るのを大先生と美人弟子が興味深そうに見ている。びっしりと手書きのメモで埋まっているようだ。相談者がペンケースから取り出し た筆記具は外国製の万年筆だ。使い古した感じで、いい艶をしている。準備が整った。

 

■「使えないという意見がありますが‥‥」 質問に苦笑しつつ大先生が諭す

 「物流ABC について書かれたものを読んでいますと、ABCは物流では使えないという意見もあります。あっ、私がそう思うということではなく、そういう意見を言う人も いるということです‥‥」

 「そんなこと はどうでもいいけど、そもそもABCというのは原価計算の技法だよ。原価計算が使えない世界なんぞあるわけがない。使えないのではなく、使い方を知らない んじゃないの?」

 いきなり大先生に突き放され て、相談者は二の句を継げなくなってしまった。すかさず美人弟子がフォローする。

 「使えないと いうのは、具体的にどんな意見なんですか? だいたい見当はつきますけど‥‥」

 あっさりと切って捨てられた話 を詳しくしてもいいものなのか迷って、相談者が大先生の顔色をうかがう。大先生が頷くのをみて安心したのか、分厚い手帳を手に話し始めた。

 「はい、よく 言われるところでは、物流ABCではスペース費や設備機器費のような固定費までコストに入れているけれど、これでは処理量によって単価が変動してしまって 使えないとか、作業効率をコストが反映しない、といったものがあります

‥‥」

 相談者がちらっと大先生の顔を 見る。「またか」という顔をしたが、意外にも大先生は楽しそうだ。ただし、言葉は辛辣だ。

 「も し、そういう意見で物流ABCがわからなくなってしまったというのなら、あんたの勉強不足ってことだな。まあ、それはいいとして、単価が変動して使えない というけど、何に使えないって言ってるわけ? 変動するのがいやなら、数カ月間の平均単価を出すとかで変動を収斂させればいいのさ。作業効率とからめて使 うのなら、人件費だけを使えばいい。いずれにせよ物流ABCが使えないという理由にはなっていない。使い方を知らないだけのことさ」

 相談者はメモも取らずに神妙な 顔で聞いている。こんな程度の話でメモを取ったら、それだけで怒られそうな雰囲気がそうさせているようだ。頷いているだけの相談者に、大先生が先を促し た。

 「それから、 どんな意見があった? この際だから、どんどん疑問を出してしまった方がいい」

 そう言われて安心したのか、相 談者はあらためて手帳に目を落とした。

 「えー と、こういう意見もあります‥‥あっ、これです、これです。また怒られるかもしれませんが、物流ABCは販売物流には使えない、販売物流は複雑だから細か いコスト計算には適さないというものです。複雑というのは、なんか、顧客の注文次第で作業のパターンがいろいろあるとか、バラピッキングといっても取る個 数がそのつど変わるとか、そういうことをいうようです。はい‥‥」

 苦笑しながらも、大先生は簡単 にコメントした。

 「顧 客の多様な注文に合わせて作業が多様化する。それは当たり前のこと。そのコストを計算するのは物流ABCの本領。多様化した作業に合わせてアクティビティ を設定すればいいだけで、何も難しいことはない。これをやるためにこそ物流ABCがあるといってよい。ところで、ピッキングの個数が変わるというのは何を 言ってるんだ?」

 「はぁ、 平均値は意味がないということを言ってるようです。具体的に言いますと、えー、たとえばバラピッキングで一〇アイテムを一個ずつ一〇個取るのと、一アイテ ムを一回で一〇個取るのとでは、同じ一〇個でも生産性が違う。だからこれらを一緒にしてバラピッキング一個当りの平均値など出しても意味がないということ のようです‥‥」

 「意味がないって、何の意味がないっていうんだ?」

 「はぁ、生産 性が違うから平均値は意味がないってことしか‥‥」

 「要 するに、その平均値をどんな管理に使うかによって、意味があるとかないとか言える。管理目的が重要なのさ。物流ABCは、バラの注文はケースの注文よりコ スト負荷が大きいという認識を前提にしている。だから、バラの注文をケースの注文に移行していくことが必要であり、その方向に持っていけという管理を念頭 に置いている。また、顧客別のコストは、これらコスト負荷の違いを反映する形で取ることが必要になる。そうだろう?」

 頷きながら相談者はメモを取っ ている。メモのための時間を与えようというのか、ここで一呼吸おき、大先生は再び話し始めた。

 「こ のような管理においては、そのコスト負荷の違いを、どのレベルでとらえるかという線引きが重要になる。仮に、バラピッキングで、先ほどのような個数差に効 率の差を反映させたければ、一個の場合、二個の場合、三個の場合の単価という具合に、あらゆる場合の単価を設定することが必要になる。ただ、このような区 分は、実際のデータ把握という点で現実的ではないし、管理目的からすれば、そこまでしなくてもバラピッキングはひとまとめにしていいと線引きすればそれで 話は済む。それが原価計算の基本的な考え方」

 相談者の様子を見ながら続け る。

 「あ るいは、バラピッキングというアクティビティを『取り出す』というアクティビティと『棚間を移動する』というアクティビティに分けて設定してもいい。こう すれば、一個ずつ一〇個取っても、まとめて一〇個取っても、取り出す時間に差は出ない。つまり、先ほどの平均値は意味がないという議論自体が成り立たなく なる」

 相変わらず相談者は懸命にメモ を取っている。ちょっと間を置いて、大先生が声を掛ける。

 「わ かるかな? バラピッキングを一つのグループととらえれば管理上十分だということなら、それでいい。アクティビティを分ければ、個数差による時間差など存 在しなくなる。いずれにしろ、それ以上の区分は必要ないということ。まあ、バラとかケースという括りで平均値を出して、そのコスト格差を顧客別のコスト格 差として反映させれば十分に管理目的は果たせるな」

 

■ 大先生に代わって美人弟子が答える 「注文件数を考えないことはありえない」

 大先生がたばこを取り、火をつ けた。相談者は、わが意を得たりといった感じで大きく頷くと、今度は自分の頭のなかを整理するかのように話し出した。

 「ちょっ とよろしいでしょうか。えー、コストというのは前提条件をもとに計算されるものだと思いますが、その前提条件というのは管理目的で決められるものだと思い ます。つまり、この管理のためには、このレベルのコストで十分だと線引きすればそれでいいということになる。この管理目的を考えずに、前提のところだけを つついても、その議論は意味がない‥‥という風に理解しましたが、これでよろしいでしょうか?」

 頷きながらも、美人弟子が念を 押した。

 「コストをど のレベルでとるかという点では、おっしゃるとおりです。ただ、先ほどの物流ABCは使えないといういくつかの理由については、批判として当っていないとい うことです。使えないではなく、それをどう使っていくかという前向きの取組みが重要です」

 「はい、それ についてはよくわかりました。私の理解不足でした。ありがとうございます」

 相談者は嬉しそうに頭を下げ た。しばらく一人で頷きながら手帳のページをめくっていたが、新たな質問をした。

 「もう一つよ ろしいでしょうか。なかには、注文件数を反映させないところが物流ABCの弱点だという指摘もあるようですが‥‥」

 もう結構、という感じでたばこ を喫いながら、大先生は天井を見つめたままだ。代わって美人弟子が質問した。

 「あなたは、それについてどう思っているのですか?」

 なぜか嬉しそうに相談者が答え た。

 「はい、私 は、その指摘は当たってないと思います。物流ABCは注文件数に対応したアクティビティを設定していますので」

 美人弟子は同意すると、さらに 質問を重ねた。

 「おっしゃる とおりです。もともと注文件数を反映しないで、顧客別コストを取るなんてことはできません。注文件数を反映しないABCなどありえないわけです。まあ、そ んなことはいいとして、御社は、どんな目的で物流ABCを使おうと思っているのですか?」

 「はい、先生 が、いつもおっしゃっている正統な目的で使おうと思ってます」

 相談者が「正統」に力を入れ る。美人弟子が微笑む。こいつは何を言い出すんだという顔で大先生が相談者を見るが、いっこうに意に介さない。結構、乗ってきたようだ。

 「私 どもでは、現場の作業効率化のためにこれを使おうとは考えていません。そこでは、大したコスト削減はもはや期待できないからです。そうではなくて『物流コ スト責任の明確化』と『顧客別コストの算定』という物流ABC本来の使い方をしたいと思ってます。私は、物流管理においてABCは、ここにこそ威力を発揮 すると確信しています。また、ここでのコスト削減効果はかなりのものになると思ってます」

 こう言うと相談者は、美人弟子 に向かって微笑んだ。すかさず大先生が口を挟む。

 「そんなにコ スト削減の効果が大きいのなら、導入のコンサル料もかなり取れるな」

 わざとらしく顔を歪めたが、相 談者の表情には余裕がある。その顔を見た大先生は、もう一言つけ加えた。

 「それより も、コンサルなんか頼まなくて大丈夫だよ。その手帳を見ながらやれば自分でできるさ」

 すると相談者はムキになって、 わけのわからないことを言った。

 「この手帳には、自分でやるというメモはありません」

 さすがの大先生も絶句する。イタズラに成功した子供のような笑顔が相談者の 表情にひろがった。美人弟子の明るい笑い声が事務所に響いた。


『月刊ロジスティクス・ビジネス』連載第 31回(2004年11月号)

 

■ 自 社の将来方向を検討したいという 物流事業者の会議に出席する大先生

 「先生に当社 の会議にご出席いただき、ご指導いただくということは可能なのでしょうか?」

 ある物流事業者からの電話での 問い合わせに、大先生事務所の事務を一手に取り仕切る女史は「はい、もちろんです」と二つ返事で引き受けた。

 今日の午後、その物流事業者の 本社で幹部を集めた会議が開かれることになっている。午前中から大先生の機嫌はあまりよくない。

 「なんで、こっちから出掛けて行かなきゃならねえんだ」

 女史が辛抱強く対応する。

 「何度も言っ てますように、あちらは一〇人くらいが参加する会議ですので、こちらに来られても入りきれません。困ってる会社があれば、可能な限り何でも支援してやると いつもおっしゃってるでしょ。先生の方から出掛けて行かれるのは、可能な限りの範囲内だと思いますが?」

 「まあ、それ はそうだけど‥‥それで、行くのはおれ一人か?」

 「はい、お二 人はお仕事で外出してますから‥‥ところで、お昼はどうしますか。外に行きますか。それとも何か買ってきましょうか?」

 女史が巧みに話題を変えた。大 先生は事務所で食事をし、女史に背中を押されるように出掛けていった。

 

■「お たくのように業界どっぷりでは‥‥」 大先生のきつい皮肉が飛んだ

 大先生に指導を依頼した物流事 業者の役員会議室には、すでに社長をはじめ役員全員と主だった部長など一〇人ほどが集まっていた。いまや遅しと大先生の到着を待つ室内には、どことなく緊 張感が漂っている。

 それもそのはずだ。誰も大先生 とは本格的な面識がない。以前、社長が何かの会合で名刺を交換した程度だ。社内で実力者と目されている専務が、平静さを装うかのようにゴルフの話をし、数 人の役員が気のない返事で応じている。

 この会社は、トラック輸送から 物流センター業務まで事業を展開している中堅の物流事業者である。先月の幹部会議で、会社の将来方向に話がおよび、ロジスティクスやSCM、アウトソーシ ングなどが話題に上がったのだが、まったく議論にならない。当然、何も答えは出なかった。

 このときの様子を憂えたある部 長が、後日、社長に大先生の招聘を進言した。社長の一存で、その部長が大先生事務所に電話で問い合わせたところ、断られるだろうと思っていたのが簡単に女 史から了解の返事をもらってしまった。その旨を知らされた幹部会のメンバーは、そのときから何となく落ち着かない雰囲気に包まれていた。

 定刻の数分前に、大先生が女子 社員に案内されて会議室に現れた。社長以下、全員が立ち上がって大先生を迎える。

 会議机の三方に役員や部長が座 り、一方に大先生が一人で対峙する形になった。大先生の正面に座った社長が、お礼と会議の趣旨を述べる。大先生が頷く。それを見て社長が問題提起をしよう としたとき、隣に座っていた専務が突然口を挟んだ。社長がむっとした顔をする。

 「先生は、こ れまで、物流業者の経営に関係なさったことはおありなんでしょうか?」

 専務は『現場を知らないやつが 何を言うのか』と出鼻を挫くつもりだったのかもしれないが、そんな牽制は大先生には通じない。

 「別にありませんが、それがどうしたと言うんですか?」

 大先生に逆に質問された専務は 言葉に詰まってしまった。大先生は機嫌が悪い。

 「会社の将来 を考えるのに、物流事業者特有のしがらみだとか慣習だとかについての知識はまったく必要ありません。論理的に本来あるべき姿を突き詰めていけばいいので す。そのとき、物流事業はそんなものじゃないという経験からの反論があれば、そのギャップをどう埋めるかを次のステップで考えればいいだけです。わかりま すか?」

 意外に素直に専務が頷く。大先 生が続ける。

 「コンサルタ ントに業界の知識など必要ないのです。それについてはあなた方に聞けばいいだけです。逆に、業界どっぷりのコンサルタントだと、業界を知っているそのこと が制約となって革新的な発想は出てきません。あなたがたと同じように‥‥」

 何とか無難な発言が続いていた が、最後に痛烈な皮肉が出た。さすがに今度は、専務がむっとした顔をする。隣で社長が愉快そうに小さく頷いている。すでに社長は、ここは自分が主導などせ ず、流れに任せようという気持ちになっているようだ。

 専務の顔を直視しながら、大先 生が本題に踏み込んだ。

 「あなたは、 この会社の成長に大きな貢献をなさってきたと思いますが、今後さらに成長させるために何をする必要があると思ってますか?」

 突然の核心を突いた質問に、専 務が戸惑った表情を見せる。すぐに答えが出ない。ちらっと周りを見るが、他の連中は知らん顔を決め込んでいる。意を決したように、専務は持論と思われる言 葉を吐き出した。

 「それは、荷 主様のご要望を最大限に受け入れていくことかと、思いますが‥‥」

 抽象的でありきたりの答えに大 先生がどんな反応を示すのか、社長はじめ全員が興味深々といった様子で見守っている。きつい言葉が返るかと思いきや、大先生が意外な返事をした。

 「そのとおり です。それが、この業界で成長が期待されている業態と言われるサードパーティ・ロジスティクス、つまり3PLの本質です」

 本気で同意されているのか、単 にかまわれているだけなのか理解できないまま、専務は伏し目がちに頷いている。これ以上突っ込まれたらかなわんとばかりに下を向いたままだ。他の誰も発言 しなくなってしまった。

 

■「物 流活動の管理など物流部はすべきでない」と大先生が持論を展開する

 その沈黙を破るように、末席か ら遠慮がちな声がした。

 「ちょっと、よろしいでしょうか?」

 大先生と社長が頷く。後でわ かったことだが、この声の主が社長に大先生の招聘を進言した部長だった。

 「間違ってま したら、ご指摘いただきたいのですが、私の理解では、3PLにつきましては、人によっていろんな解釈があるように思います。先生は、荷主の物流管理を代行 することが3PLだとおっしゃってますが、そのように理解してよろしいでしょうか‥‥」

 沈黙の重圧から逃れるためだけ の、その場しのぎの質問だ。ここで大先生に「はい」と答えられたら、それで終わってしまう。だが、またしても大先生はやさしかった。発言者の意を汲んで、 議論が展開する形の返事をした。

 「いろいろな解釈って、たとえばどんなもの?」

 その場の緊張をほぐそうとして か、大先生の口調がくだけたものに変わってきた。部長がほっとした感じで、すぐに答える。

 「はい、たと えば、1PLが荷主主導で、2PLが物流業者主導で、3PLはそれ以外の第三者主導で物流をやるものだという解釈がありますが、これだと物流業者の出番は ないということになってしまいます」

 「へー、そん な解釈があるんだ? 戯言としか言いようがないな。他には?」

 「えー、輸送 だけでなく、物流センター業務にまで受託範囲を拡大するのが3PLだ、などというわけのわからないものもあります‥‥」

 「へー、そん なのもあるのか。おもしろい。まあ、ちょっと擁護すれば、それらの解釈は大間違いってわけではないな。でも本質を突いてはいない。それはいいとして、本当 は、3PLなど議論するほどのものでもないんだけど‥‥」

 ここで、大先生が全員を見回 す。社長が何か言いたそうだ。大先生が社長に質問する。

 「社長は、3PLについてはどうお考えですか?」

 「はい、これ は私の意見というわけではなく、先生のご意見に私も同感だということなんですが、つまり、3PLの本質は、荷主以外の誰かがその荷主の物流とその管理を代 行するところにあるということだと、思いますが‥‥」

 社長の意見に例の部長が大きく 頷いている。そこに役員の一人が言わずもがなの言葉を挟んだ。

 「つまり、 3PLとは物流のアウトソーシングを受託するということですな」

 この発言を受けて、大先生の講 義が始まった。

 「どうでもい いことですけど、正確に言うと、荷主が物流全般をアウトソーシングするという物流のやり方を3PLというのです。そのアウトソーシングされた物流を事業と して受託する事業者を3PL事業者と呼ぼうということです」

 大先生の指導を受けた役員が怪 訝そうな顔をしながらも頷いている。今度は別の役員が発言した。座が活発になってきた。

 「そうなりま すと、荷主の物流や物流管理のどの範囲を受託するのかという業務範囲が問題になりますね?」

 この質問に大先生はすぐには答 えずに黙っている。

 誰も何も言わないのを確認する かのように少し間を置いて、さきほどの部長が答えた。

 「先生は、物 流活動にかかわるものはすべてアウトソーシングしてしまえ、あっ、こういう言い方ではないと思いますが、物流活動がアウトソーシングの対象だとおっしゃっ ています。そうなると、えーと‥‥」

 ここで、ちょっと口ごもった。

 「それで?」 と大先生が先を促す。

 「はー、そう なりますと、いまの荷主の物流部がやってること全部がアウトソーシングの対象になってしまいますね‥‥」

 大先生が嬉しそうに頷き、さら に煽る。

 「つまり荷主 の物流部は、その程度しかやっていないということが言いたいんだ?」

 「いえ、とんでもありません。そんな大それたことは‥‥」

 「まあ、それ はいいとして、本来、物流活動の管理なんて物流部でやる仕事ではない。それは、物流事業者がやればいいこと。ただ、これまでの物流事業者が、その任に堪え られなかっただけ。だから、荷主みずからがやらなければならなかったわけだ。だから、それをできる事業者が出てきたのなら、そこからアウトソーシングして しまえというのが私の意見」

 みんな、大きく頷いている。大 先生のペースに乗ってきたようだ。さらに続ける。

 「ところで、 一応、このようにアウトソーシングの範囲を示しているけど、これは、理解を助けるために示しているだけであって、実は、範囲なんてどうでもいいこと。この 意味がわかりますか? ここからが専務の言う実務の世界です‥‥」

 専務がぎくっとした顔をする。 だが大先生は専務には答えを求めず、たばこに火をつけた。そのとき、また末席から手が上がった。例の部長ではないが、この人も部長のようだ。大先生が首を 縦に振って発言をうながす。

 「実務的に は、荷主がアウトソーシングしたいと思うのなら、その範囲は決める必要がない。その範囲は、どこまで受託できるかという3PL事業者側の能力にかかってい るという理解で、よろしいでしょうか?」

 「正解!」

 大先生が嬉しそうに頷いた。

 「3PLと 言っても、実務的には、ここまでアウトソーシングしたいというニーズとここまでなら受託できるという受託側の能力で、その範囲が決まってくる。どちらが決 め手になるかというと、受託側の能力だな。ここまで受託できますという提案があって、はじめて荷主側でアウトソーシングの範囲を考えることができるわけだ から。その意味で、さっきの専務の、ご要望にできる限り応えるという言葉が、3PLの本質だということ」

 「なるほど、よくわかりました」

 社長が、ようやく腑に落ちたと いう顔で苦笑しながら答えた。なぜか専務も苦笑している。社長は時計を確認すると、みんなの顔を見ながら提案した。

 「そうなる と、次の課題は、当社は一体どんな受託能力を持っているのかということになる。できる限りご要望に応えるといっても、できなければ受託しようがない。 ちょっと、ここで休憩して、それからこの点について議論したい。先生、よろしいでしょうか?」

 大先生が無言で頷き、会議は休 憩に入った。



『月刊ロジスティクス・ビジネス』連載第32回 (2004年12月号)
 

■ 社 長がため息まじりで心情を吐露した 「うちの現状では3PLは‥‥」

 会議の休憩を宣した社長が、大 先生を社長室へと案内した。広くはないが、趣味のいい大先生好みの部屋だ。

 社長が改めて来訪の礼を言う。 運ばれてきたコーヒーを前に、大先生がたばこに火をつける。言葉を選びながら社長が話し始めた。

 「当社として も、一層の業容拡大を図るためには、積極的にお客様に提案をしていくことが必要だと痛感してはいるんです‥‥。しかし当社の社内体制を考えますと、実のと ころその可能性ははなはだ心許ないというのが正直なところです」

 「人材がいない、ノウハウがないということですか?」

 コーヒーを飲みながら大先生が 聞く。

 「はー、それ もありますが、これまでの体質というのでしょうか。表現はよくないかもしれませんが、物流業者風情が荷主様に物申すなんてとんでもないという社内の風潮が あることも事実です。ですから、営業と言いましても、お客様の言うことは何でも聞く、付き合いを大事にするということしかやっていないというのが実態で す、はい」

 なにやら社長のため息が聞こえ てきそうだ。激励するかのように大先生が言った。

 「これまでそ うだったからといって、これからも同じというわけではないでしょう。これまではどこでもそんなものでしょ。何も悲観的に考える必要はありません」

 顔を上げた社長に向かって、大 先生が大きく頷く。それを見た社長が控えめに確認する。

 「当社のよう な会社でも3PL的な事業展開は可能だということでしょうか?」

 「もちろん、 どの会社でも可能ですよ。社長が強い意志を示し、特命チームを作って、そこを中心に始めればいいじゃないですか。なにも最初から全社員をそっちに向かせる 必要はないし、具体的に新しい方向に動き出せば、みんな自然にその方向に向かいますよ」

 「なるほど、 一点突破で行けばいいということですね。全社でそれに取り組むなんてことは考えなくてもいいと‥‥なるほど、それなら当社にもできるかもしれません」

 「物流のある べき姿はわかっているわけですから、それを理解し、実現する方法論を身に付ければいいだけです。提案内容は決まってますから、あとは提案先を絞り込んで、 提案方法に魅力的な工夫を凝らせばいいのです」

 社長が力強く頷く。できるかも しれないと自信を持ち始めたようだ。大先生は楽しそうに社長の顔を見ている。ちょっとした沈黙の後、社長が意を決したように言った。

 「そのぉ、特 命チームに対するご指導を先生にお願いすることはできますでしょうか?」

 大先生が頷く。それを見た社長 の表情が緩んだ。

 

■ 休 憩後は前向きな発言が相次ぎ トントン拍子で進んだが‥‥

 会議室では参加者が社長と大先 生の戻りを待っていた。しかし、いまや遅しという雰囲気ではない。休憩時間はとうに終わっているのに、苛ついている参加者もいないようだ。むしろ少しでも 時間が過ぎていくことを歓迎しているかのようにすらみえる。

 ようやく二人が登場した。全員 が居住まいを正すなか、社長が口を開いた。

 「それでは会議の続きを始めます」

 社長の言葉に力がこもっている ことを、大先生の招聘を社長に進言した例の部長は聞き逃さなかった。すかさず大先生が切り出した。

 「さて、これ から、みなさんの会社の受託能力について議論しようというわけですが、どなたか意見はありますか?」

 誰も答えない。例の部長が何か 言いたそうなそぶりを見せたが、大先生はあえてそれを無視して続けた。

 「御社の受託 能力は何か‥‥なんて聞いても、あまり活発な議論にはならないでしょうから、それはやめにして、荷主に提案するとしたら、どんな提案が喜ばれるかというこ とをテーマに議論していきましょう。みなさん方の受託能力は考えずに、つまり、できるかどうかは別にして、どんどん意見を出してください。それでは、あな たからいきましょうか?」

 そう言うと大先生は、さきほど の部長を指名した。部長が即答した。

 「はい、当た り前のことですが、まず間違いなく喜ばれるのは、物流コストを削減する提案だと思います」

 みんなが、そんなの当然じゃな いかという顔をするなかで、大先生が聞き返す。

 「たしかに当 たり前のことだけど、そのコスト削減能力という点では御社はどうなの?」

 取締役の一人が、控えめではあ るが、結構、自信を持った感じで答える。

 「はい、物流 センター内システムの構築と運営には自信があります。私どもに委託された多くの荷主さんから評価されています」

 「へー、それ はいい。それが重要。いくら荷主にいいことを言っても、現場の業務運営に問題があったら、何にもならないから。ところで、そのレベルになるまでずいぶん授 業料を払った?」

 大先生がストレートに質問す る。取締役が苦笑しながら頷く。

 「はい、物流 センター事業を立ち上げた当初は大変でした。社長にずいぶん怒られました。でも、あの経験がなかったら、いまのレベルにはなっていなかったと思います」

 「これから 3PL事業を展開したとしても、同じことが起きるかもしれないな。まあ、こっちは、マネジメントを売り込むわけだから、それほど心配することはないけ ど‥‥。ところで、これからの物流コスト削減という点では、どんなことが考えられる?」

 大先生の問いに、今度は別の取 締役が小さく手を上げた。

 「先生の受け 売りになってしまうのですが、やはり、物流をやらないための提案が有効かと思います。たとえば、物流センターには必要最小限の在庫を置いて、出荷動向に合 わせて在庫を補充するというようなシステムを提案するといったものです。うちのセンターを見てましても、在庫のスペースをかなり取ってます」

 事前に大先生の書いたものなど を読んで勉強しているようだ。すぐに大先生が聞き返した。

 「そうする と、センターのスペースが小さくなってしまいますよ。御社の収入が減ってしまうのでは?」

 大先生の言葉に専務が無言で頷 いている。社長が、ちらっと専務を見る。だが答えた取締役は意に介さず、続けて自分の意見を述べた。

 「その荷主さ んからのスペースの収入は減るかもしれませんが、在庫管理料という形で新たにもらえるかもしれません。たとえ、その荷主さんからの収入が減っても、そのよ うなシステムを武器に新規の荷主さんを獲得すればいいのではないでしょうか‥‥収入が減るのを嫌がって何もしないでいると、他社にとられてしまうかもしれ ません。3PLが大きな関心を呼んでるというのは、そういう時代だということではないでしょうか」

 社長が、驚いたようにその取締 役の顔を見る。大先生はとくに驚いた風もなく、確認のための質問をした。

 「いまのご意見に、みなさん賛同されますか?」

 専務を除いて、みんなが頷く。 ただ独り専務だけは納得していないようだ。

 大先生が質問を変える。

 「そのような システムを提案していこうとなると、御社において課題になると思われることは何ですか?」

 待ってましたとばかりに別の取 締役が答える。

 「はい、恐ら く、どういうビジネスモデルをつくるかということが大きな課題だと思います。これまで当社にはなかったメニューですから」

 ここでまたみんなが頷く。そこ に例の部長が口を挟んだ。

 「具体的に何 を商品として売るのかということをはっきりさせないと、答えは出ないと思います。それに、当社でそのような商品を売る能力を、どう身に付けていくのかとい うことも検討課題だと思います」

 「能力は、勉強させればいいさ」

 どこからか威勢のいい声が飛 ぶ。

 おもむろに大先生が立ち上がっ た。こころなしか表情が険しい。みんな、何事かと息を潜めて、大先生の方を注目する。

 

■ 「みなさんは本気とは思えない」 大先生の言葉に室内は静まり返った

 大先生が話し始めた。

 「いま、ここ で議論したことは、すべて正しい方向性です。でも、私には机上の空論のように聞こえます。この会議のために勉強した成果を披露しているだけのように感じま す。会議が終わって、この部屋を出た途端、いまここで議論したことは忘れてしまうのではないですか?」

 大先生が全員を見回す。さきほ どまで元気よく発言していた取締役たちが、伏し目がちに聞いている。社長と部長たちは興味深そうに見ている。大先生が続ける。

 「先ほど、あ なたでしたか、物流センターの運営について荷主から高い評価を受けているとおっしゃってましたが、物流センターを評価する尺度としてどんな指標を取ってま すか? その指標がどう推移して、いまどんな水準にあるか教えてくれますか?」

 質問された取締役は、答えに窮 する。恐らく指標はあるのだろうが、あまり見てないのだろう。大先生は深追いするのをやめて、別の話題に展開した。

 「スペースの 収入が減っても、他の収入を得ればいい。うちがやらなければ、他に仕事を取られてしまうともおっしゃいました。そして、みなさん、賛成されましたが、本気 でそう思ってますか?」

 誰も何も言わない。専務が大先 生の顔を見る。大先生が頷き、言葉を補足する。

 「専務さんの 名誉のために言っておきますが、専務さんは納得されませんでした。それが正直な感覚でしょう。恐らく、皆さんの間で、昨日までそんな話は出てなかったと思 います。それが私を交えた今日の会議では、昨日までの延長線上にはない方向に話が展開した。なぜそんなことになったのか? 答えは簡単です。みなさん、本 気ではないからです。その意味で、新規事業を展開するための最大の課題はビジネスモデルでも能力でもありません。みなさん自身が本気でこの会社の将来を考 えているかどうかという一点に尽きます」

 一気に大先生が結論を出し、席 に座る。そして、専務に話しかけた。

 「専務は、私が書いたものを何も見なかったのですね?」

 「はい、だか ら、みんなの話の流れに乗れませんでした」

 専務の茶目っ気たっぷりの物言 いに大先生が笑う。社長も苦笑している。ちょっと間を置いて専務が真顔で話し出した。

 「私は、正直 なところ、先ほどの彼の話に納得できませんでした。せっかくいただいている収入をわざわざこちらから返すようなことをなぜするのかと思ったからです。先生 が机上の空論とおっしゃいましたが、たしかに、彼らは本気でそう言ったのではなく、この会議のためだけの発言だったと思います。まあ、彼らは本気かもしれ ませんが‥‥」

 そう言って部長たちを指し示 し、話を続けた。

 「ただ、みん なの話を聞いていて、私自身も、いま議論したことは当社の将来にとって大事なことだと思い始めました。もちろん、私には、そのような商売はできません。こ こにいる役員連中にもできないかもしれない。しかし、部長たちや若い連中には、そういうビジネスを展開したいと思っているものが少なくないのかもしれませ ん。そういう連中には是非やらせてみたいと思ってます。どうでしょう、社長? 少なくとも、それに対して私は、邪魔はしません」

 専務は、その場を和ませるよう な物言いで締めくくった。社長が、専務の言葉を引き取った。

 「私も同感で す。これからのわが社を担う連中を中心に3PL事業の開発をやらせたいと思うけど、みんなはどう思う?」

 取締役たちが口々に賛意を示 す。先ほど発言した取締役が大先生に言い訳をする。

 「机上の空論 とおっしゃいましたが、半分は本気だったんです‥‥」

 「半分じゃあかん、半分じゃ」

 専務が大きな声を出す。会議室 が笑いに包まれた。

 


『月刊 ロジスティクス・ビジネス』連載第33回 (2005年1月号)

 

■ プ ロジェクトの初会合が招集された 大先生を待つ会議室に緊張感が漂う

 将来の事業戦略に悩む物流事業 者が、大先生を招いて幹部会議を催してから約半月たった。あのときと同じ会議室には、大先生の招聘を社長に進言した部長と、六人の中堅・若手社員が勢揃い している。先日の会議を受けて立ち上げた「3PL事業プロジェクト」の候補者の面々である。

 このプロジェクトの終了後、会 社は彼らを中心に「3PL事業部」を発足することになっている。集まった候補者たちは営業部門、管理部門、物流センターなどから選りすぐられた社員ばかり だが、会議室は重苦しい緊張感に包まれている。

 プロジェクトの発足に先立って 社長は、大先生にプロジェクト顧問への就任を要請した。これを「メンバー選定を自分に任せる」ことを条件に引き受けた大先生は、メンバーの適否を判断する ために早急に候補者を集めてくれるよう依頼した。

 それから一〇日間ほどかけて、 物流事業者の社内でメンバー候補の選定が行われた。プロジェクトリーダーの候補としてすぐに決まった前出の部長と、社長と、専務の三人が何度も会合を重 ね、候補者との面接を繰り返した。

 そうやって選ばれた社員たちが 今日、会議室に集められている。参加者には、この会合が、大先生との面接を通じてプロジェクトメンバーとしての適否を判断するためにセットされたものだと いうことも伝わっている。

 約束の時間ちょうどに大先生が 登場した。名刺交換をしようと立ち上がったメンバーたちにかまわず、大先生は会議テーブルの中央席に着いた。みんなにも座るように促す。まず最初に部長 が、顧問就任の謝辞を述べた。大先生は黙って頷き、参加者の顔を見回すと、おもむろに口を開いた。

 「プロジェク トのメンバーとして適任かどうか、私が面接して判断したいと社長に伝えてあったので、みなさんは結構緊張してるでしょう?」

 全員が小さく頷く。大先生がい たずらっぽい顔で頷き、本音を明らかにする。

 「もちろん、 私はそんなことはしません。それだけのプレッシャーをかけられて、それでもここにいるという、その心意気だけで、みなさんはメンバーとして適任です‥‥」

 大先生の言葉に会議室にちょっ とした安堵感が広がった。でも、まだ何かあるのではないかという緊張感はぬぐいきれない。大先生はそれきり何も言わず、たばこに火をつけた。それに合わせ たかのように会議室にコーヒーが運ばれてきた。

 

「荷 主の信頼を得る方法は何?」 大先生が参加者に質問した

 ちょうどその頃、同じ建物のな かにある社長室では、社長と専務がソファーに座って、お茶を飲んでいた。腕時計を見ながら社長が独り言のように呟いた。

 「さきほど先 生が来られたと報告があったけど、今頃は面接の真っ最中ですかね?」

 「はぁ」

 専務が気のない返事をする。そ の顔を見ながら、社長が確認するように問い掛ける。

 「先生は、本 当に彼らの適否を判断されるおつもりなのかな?」

 首をかしげながら専務がゆっく りと答えた。

 「いやー、あ れは、われわれにメンバーはちゃんとしたやつを選べよというプレッシャーだと思いますが‥‥」

 社長は同意を示すように頷く と、自分の見解を述べた。

 「面接をする というプレッシャーを彼らにもかけて、それでも参加するかどうか、ここで適否を判断したのかもしれないな‥‥」

 社長と専務がいい読みをしてい た頃、会議室では、大先生がコーヒーを飲みながらメンバーに一つの質問をしていた。

 「みんなに ちょっと聞きたいんだけど、まあ、簡単な質問だから、気楽に答えてくれればいい」

 全員が緊張した空気に包まれ た。会合の主旨を知っているだけに、気楽にと言われてもそうはいかない。大先生が続ける。

 「みんなが新 規のお客さんのところに営業に行ったとして、そのお客さんの信頼をかち得るもっとも手っ取り早い方法は何だと思う?」

 思いもよらない質問に、部長を 除く全員が戸惑いの表情を浮かべた。部長だけは大先生の意図がすぐにわかったらしく、ひとり頷いている。だが他のメンバーたちは何も答えない。それぞれに 答えは持っているのだろうが、それを口にしていいのかどうか迷っているようだ。

 ゆっくりと参加者の顔を見回す 大先生と、横の方に座っていた一番若いと思われる参加者の視線がふと合った。この社員は、思い切って、しかし心細げに答えた。

 「料金の妥当 性とか、たしかな物流品質とかを提示する、とかでしょうか?」

 大先生がわざとらしくのけぞ り、大きな声を出す。

 「料金の妥当性とか物流品質だって?」

 答えた当人が首をすくめる。そ れを見た大先生が穏やかに聞く。

 「まあ、それ も間違いではないな。ただし、それを客観的に数字で示すことができればだけど‥‥できる?」

 その若手の社員は、首を傾げた まま答えない。大先生が別の質問をする。

 「ここに物流センターの関係者はいる?」

 正面に座っている一人が恐る恐 る手を上げた。

 「あなたの物 流センターでは、作業は効率的に行われていた?」

 「はぁ、まあ、良いほうだったかと思いますが‥‥」

 「どの程度効 率的なのか数字で証明できる? 誰もが納得できるように」

 このセンター関係者も答えられ ず黙り込んでしまった。大先生の厳しい声が飛ぶ。

 「証明できる か聞いているんだよ。どっちでもいいから返事をしなさい」

 「は、はい、証明はできません」

 慌てて即答する。頷きながら、 大先生はたばこに手を伸ばした。座がすっかり萎縮してしまった。大先生の穏やかだが、厳しい指導が始まった。

 「客観的な証 明ができない限り、顧客は信頼しない。そんなの当たり前さ。数字で示せなければ、誰も何の判断もできないのだから。いま、物流センターの効率性を数字で示 せないって言ったけど、いったい何なんだ、それは。物流センターを売り物にしている物流業者がそんな情けないことでどうするの?」

 こう言うと大先生は全員を見回 した。みんな、うつむき加減で聞いている。大先生が続ける。

 「物流セン ターの作業効率の程度を客観的に証明するのは簡単なことさ。そんなこともできずに、どうやって荷主に売り込むんだ? まあ、これについては、またの話にし て、最初の質問に戻るけど、要するに、荷主の物流担当者の立場に立ってごらんよ。どんな提案だったら身を乗り出す?」

 ここで、いままで黙っていた部 長が手を上げた。大先生が頷く。

 「まず、荷主 さんにとって明らかに自分たちのメリットになるという提案、これを数字で示すことが必要だと思います。しかも、そのメリットがどう生まれるかを納得できる 形で示すことも必要です。さらに、同時に提案者側のメリットも示すことも必要なのではないでしょうか。こういう三つの条件が揃った提案を出せれば、荷主さ んに信頼されるのではないかと思いますが‥‥」

 部長が賢い答え方をした。大先 生が『こいつ、わかってるな。頭のいいやつだ』という顔で頷いた。大先生が頷くのを見て部長はほっとした表情をする。

 他のメンバーたちは、感心した ような顔で頷いている。その様子を見ながら、大先生が繰り返して念を押す。

 「わかる?  いま部長があげた三つの条件を備えていることが提案と言われるものの原点。どれ一つ欠けてもダメ。荷主のメリットが提示されていないのはもともと提案じゃ ないし、いくら良いことを言っても、そのメリットがどう生まれるのかを論理的に説明できなければ荷主は納得しない。そして論理的に納得したとしても、その 提案をした事業者にとってどんなメリットがあるのかまで分からなければ、荷主はいぶかしさを払拭できない。どこかに落とし穴があるのではないかと疑心暗鬼 になってしまう。そうだろ?」

 全員が素直に頷く。

 「これまで荷 主と物流業者との関係は、互いに利害が反すると言われていた。だから、なぜ物流業者がこんな提案をするんだという怪訝な気持ちを持つことは、まあ仕方ない な。その怪訝な気持ちを、なるほどと納得させるためには、物流業者側のメリットを同時に示すことが必要になる。つまり、この三つの条件が揃ってはじめて、 荷主はその業者を信頼することになる」

 再び全員が同意する。さらに大 先生が続ける。今日はなかなか饒舌だ。

 「3PLとい うのは、簡単に言えば、荷主の物流を可能な限り代行するということだから、当然、信頼を得られる提案をしていくことが必要だ。その信頼は、要するに納得で きるかどうかがポイント。そこで重要なのが論理とそれを裏付ける数字。この二つを欠いてしまうと3PLなど成立しない。わかる? それこそ、この意見に納 得できるかどうかがこのプロジェクトのメンバーとして適任かどうかの判断基準になる。どう、納得できる?」

 即座に全員が大きく頷いた。

 「全員合格。 それでは、休憩にしよう」

 

■ 大 先生は手応えを感じたようだ 「記念にサインしてやろう」

 休憩を宣した大先生を、部長が 社長室に案内した。社長室には、まだ専務もいた。部屋に入ってきた大先生を見て、専務が慌てて立ち上がった。専務は大先生が苦手なようだ。社長は嬉しそう な顔で大先生を迎え入れると、さっそく丁寧に謝辞を述べた。

 大先生は会釈をしてソファーに 座ると、専務に話しかけた。

 「3PL事業 部なるものができたら、あなたが担当役員になるそうですね?」

 専務は『たしか、このプロジェ クトを立ち上げるときに社長にそんなことを言われたな』と思い出しながら素直に頷く。大先生も頷きながら、遠回しに質問をした。

 「あなたが担 当されるのは私も賛成です。あなたなら、かれらが、いま受託している仕事を減らすような提案を荷主にすると言ってきても、平然と対応なさるでしょうか ら‥‥」

 「はぁ、少な くとも私は反対はしません。きっと、それがうちにとってもメリットがあることに違いないと思ってますから。私に限らず、誰も反対しないと思います。かれら はみんなが納得できるように説明してくれるはずですから‥‥」

 専務の最後の言葉を聞き、部長 が大先生の方をちらっと見た。大先生が頷きながら、社長に話しかけた。

 「今日は、第 一回目ということで、ちょっとした意見交換をしました。全員、メンバーとして適任だと思います。今日はこれから今後のスケジュールなどを確認して、終わり にしたいと思います。このプロジェクトの進捗や内容についてはリーダーである部長から聞いてください」

 社長と部長が頷くのを確認する と、大先生は早々に立ち上がった。社長室を出ようとする大先生に専務が声を掛けた。

 「先生、この 部長をはじめメンバー全員、どこかで先生のご講義を受けたり、ご本を読んだりして、ご迷惑でしょうけど、先生の弟子を自認しているものばかりです。ご指導 をよろしくお願いします」

 社長と専務が深々と頭を下げ た。大先生も無言で礼を返し、社長室を後にした。

 こうして、この会社の3PLプ ロジェクトは無難にスタートすることになった。会議室に向かいながら大先生は『あとは技術的な課題だから弟子たちに任せて大丈夫だな』とひとり納得してい た。

 大先生と部長が会議室に入る と、全員が立ち上がり一礼をした。大先生が座りながら、みんなに声を掛けた。

 「オレの本を 持ってるなら、ここに持っておいで。記念にサインをしてやる」

 大先生のおどけた物言いに、会 議室の雰囲気が一気に和んだ。部長が顔をくしゃくしゃにして大先生を見た。


『月 刊ロジスティクス・ビジネス』連載第34回 (2005年2月号)

 

■ 事 務所で少し遅い新年会が催された 大先生の一言で環境談義が始まった

 大先生が講師をしているある講 座の修了生が事務所に集まって、少し遅い新年会が開かれた。「大先生を囲む会」と称した集まりで、久し振りの会合である。事務所の近くにある大先生行きつ けの店々から料理を取り寄せたこともあって、いつもは殺風景な会議机が豪勢なテーブルへと変身している。

 幹事による新年の挨拶と乾杯で 宴会が始まった。弟子二人に加えて、事務所の庶務を一手に引き受ける女史も参加して、にぎやかな宴席となった。

 話題が、各社の物流の新しい取 り組みから、個人的な趣味の世界にまで広がり、宴もたけなわとなったとき、突然、大先生が話題を変えた。

 「知ってる?  西暦二一〇〇年頃になると、真夏日がいまより何日増えるかってこと?」

 「あっ、それ 聞いたことがあります。なんか昨年の二倍の一二〇日くらいになるんだそうですね。昨年は暑い日が続きましたが、その倍になんてなったらかないません。一二 〇日といったら四カ月間ですよ。具体的にそういう話を聞くと大変なことだと感じます。これはもう、温暖化についてわれわれも本気で対策を取らねばと考えて ます」

 ある大手メーカーの物流部長が 深刻そうな顔で答えた。

 それを聞いて、隣に座っている 物流業者の部長が大きく頷き、ぐっと身を乗り出した。この会社は環境対策に熱心なことで知られている。それだけに環境についてはいろいろと調べているらし い。

 「ある報告書 によりますと、CO2がいまのまま増え続けると、二一〇〇年までに平均気温が六度近く上昇し、海面も九〇センチ近く上がってしまうらしいんです。これは 思っている以上に大変なことですよ」

 「うん、そう。そこにおける最大の問題はなんだと思う?」

 大先生はこう言って、たばこに 火をつけると、煙を吐き出した。何を言うのか、みんなが興味深そうに見守る。

 「そこにおけ る最大の問題は、学校の夏休みを何日にするかということだな。まさか、いまの倍にするわけにはいかないわな。そうだろ?」

 「‥‥」

 誰も返事をしない。呆れ顔で大 先生を見ている。突然、美人弟子が立ち上がり、自分の席の方に小走りに駆けて行った。

 その場を取り繕うように、女史 が「どうぞ、召し上がってください」と料理を勧める。思い出したように、みんなは箸を取り、料理に手を伸ばした。そして「これは素材がいい」だとか「これ は酒に合う」などと好きなことを言い交わしはじめた。一安心といった風情で、女史がその様子を見守っている。

 そこに、美人弟子が手にファイ ルを持って宴席に戻ってきた。環境に高い関心を持っている美人弟子はいろいろな資料を集めている。席に座るなり、さきほどの大先生の夏休み問題などおかま いなしに話し始めた。

 「これは、温 暖化が地球にどんな影響を与えるかについての新聞などの記事を集めたものなんですが、恐いですよ。えーと‥‥」

 大先生を除く全員の視線が美人 弟子に集まる。また箸が止まってしまった。ひとり大先生だけが酒を口に運び、料理に手を出している。

 「温暖化の影 響と考えられる異変がすでに各地で見られるそうです。たとえば北極海では氷が溶け始めていて、過去三〇年で海氷面積が二〇%も減ったそうです。このままで は今世紀末までに北極熊やアザラシが絶滅する可能性さえあるそうです。また、アルプス山脈やヒマラヤ山脈でも氷河の後退が進んでいるし、フィジーなどでは 海面が上昇しているそうです。超大型の台風や大干ばつなども温暖化の影響とみられているようです」

 美人弟子の解説に、物流業者の 部長がつけ加える。

 「温暖化ガス を自然が吸収できるレベルにまで戻すには、排出量をいまの三分の一に抑えないとダメらしいですね。それに、CO2やメタンなどの温暖化ガスは、たしか一〇 〇年くらいは無くならず大気中に存在し続けるんだそうです。これは大変なことです。早く排出を抑えないと‥‥」

 「京都議定書 が今月半ばに発効しますけど、これは本当に小さな一歩ってことですね」

 今度は、体力弟子が深刻そうに 口を挟んだ。みんなが頷く。それを見た体力弟子が続けた。

 「物流業界で は低公害型トラックを使うだとかエコドライブをするとか言われてますが、私たち消費者もマイカーを使うときにはエコドライブをやる必要がありますね」

 美人弟子は大きく頷くと、 ちょっと恥ずかしそうに言った。

 「実は私、最 近はなるべく車を使わないで、電車やバスを使うようにしています‥‥」

 「それ、それ ですよ。車を使わないようにするのが最大の環境対策です。さすがですね」

 物流業者の部長が褒めた。

 そのとき、それまで黙って話を 聞いていた卸売業者の物流マネジャーが、にこにこしながら口を開いた。

 

■ 物 流は『やらないのが一番!』 話が大先生の持論に展開する

 「そうなる と、コスト削減だけでなく、環境対策という点でも、先生がいつもおっしゃっている『物流はやらないのが一番』というのが大きなポイントになってきますね」

 物流業者の部長が大きく頷きな がら、自分の考えを述べた。

 「それが大 事。私どもも、物流をやらないためのシステム提案を今年の営業の大きな柱にしていくつもりで準備を進めています。ここに3PLの本質があると、私は思って います」

 卸の物流マネジャーが、にこに こしながら頷く。彼は社内では結構厳しい仕事振りのようだが、酒が入るとまるで好好爺だ。にこにこしたまま物流業者の部長をかまう。

 「でも、そう すると輸送業務が減ってしまうでしょ。収入に影響は出ない?」

 「物流システ ム全体の受託が前提ですからトータルの収入は増えるはずです。いずれにしても、荷主さんにとって本来必要のない輸送などで稼ごうとは思いませんし、収入が 減ってしまうからと黙っていたら、他の業者にその無駄を省く提案を先にされてしまって、われわれは外されてしまうかもしれません。3PLの時代というの は、そういう時代だと思ってます‥‥」

 物流業者の部長が生真面目に答 える。ここで、また大先生が「そうそう」と言って割り込んできた。今度はみんな、何を言うつもりなのかと少し警戒気味だ。

 「さっきの夏休みの件だけどさ‥‥」

 みんなが一斉に引く。にっと笑 いながら大先生が続けた。

 「まあ、それ はいいとして、そういう時代だっていう今の認識はそのとおり。その認識を強く持つことが必要。知ってるだろ? かつて荷主から合理化提案をしろと言われな がら、そんなことしたら収入が減ってしまうと手をこまねいていた物流業者が、他の業者に先を越されて仕事を失う事例が少なからずあったことを‥‥」

 物流業者の部長が「ありまし た、ありました」と相槌を打つ。大先生が続ける。

 「それから、 親会社の物流を合理化すると自分たちの収入が減ってしまうなどといって、何もしなかった物流子会社もあったな。結局、親会社の不信を招いて、その後は親子 関係がぎくしゃくしてしまったけど」

 今度はメーカーの物流部長が、 思い当たるところがあったのか頷いて同意している。さらに大先生が続けた。

 「要するに、 荷主の立場に立つということを本気で考えなければならない時代だってことさ。荷主の物流部長の立場に立って、そんな無駄な物流を見つけたらどう思うかって こと。明らかに無駄だという活動があったとしたら、物流部長として放っておくか? おかないだろ? 物流業者としての自分たちの利害より荷主の利害を優先 するという強い意識を持たなければダメなんだよ。それでも、決して物流業者の収入は減らないから、心配はいらない。自分の収入が減ってしまうなどという小 さい考えは捨てないと‥‥」

 わが意を得たりとばかりに、物 流業者の部長が言葉をついだ。

 「はい、まっ たく同感です。ただ、そういう意識になるのが難しいのもたしかです。これまでの常識からなかなか抜け出せないというのが実態です。うちも、全社的に見る と、まだそのような考え方が共通認識という形にはなっていません。でも、私はその方向でどんどん進めるつもりです。言葉だけで意識を変えるのは不可能です から、実例を示して理解を得ようと思ってます」

 大先生が頷くのを見て、物流業 者の部長が一言つけ足した。

 「3PL事業 を推進するにあたって、先生のお力をお借りしたいと思いますが、その場合はよろしくお願いします」

 大先生がまた頷く。物流業者の 部長は安心したように酒に手を伸ばした。

 そこに、メーカーの物流部長が 楽しそうにチャチャを入れた。

 「彼のところ はずいぶん儲けているようですから、コンサル料はがっぽり取ってください」

 物流業者の部長が慌てて否定す る。

 「そんなことありませんよ。なるべく安くお願いします」

 美人弟子が、笑いながら話を引 き取る。

 「大丈夫です。うちは顧客の立場にたってますから」

 「かっこい いー」

 メーカーの物流部長が小さく拍 手をすると、美人弟子は「はいー」と胸を張った。座が笑いに包まれた。

 

「え らい! そういう視点が重要だ」 いきなり大先生が物流部長を褒めた

 料理をつつきながら、体力弟子 が誰にともなく質問した。

 「最近、グ リーン調達と言われて、原材料や部品を調達するときにも環境への配慮が事業者選択の一つの要因になっています。これは、物流事業者を選択するときにも重要 な要因になるということでしょうか?」

 メーカーの物流部長が即答し た。

 「それは、も う当然です。サプライチェーンをマネジメントする主要な要素に環境対策が入っているということです」

 頷きながら、体力弟子がさらに 質問した。これが聞きたかったらしい。

 「そうなる と、荷主側でも既存の物流業者の環境対策を積極的に支援してやる必要がありますね。物流業者任せでは対策が遅れるかもしれませんし、環境対策がしっかりし ている業者を選べばいいと言っても、そう簡単に取引先を乗り換えるわけにもいかないでしょうし‥‥」

 「そのとおり です。うちとしても、積極的に支援していくつもりでいます。ただ、荷主と言ってもいろいろですから。環境対策は物流業者がやればいいんだというスタンスの ところもあるでしょうね。でも、そうやって本来は自分たちにとって重要なことを業者に押しつけてしまうような企業は、後で必ず痛い目を見ますよ」

 「えらい!」

 突然、大先生がメーカーの物流 部長を褒めた。

 「きれいごと に聞こえるけど、あんたの性格からすると、本気で言ってるんだろうから、えらい! 目先のことにとらわれず、全社的な視点に立って考えるというスタンス が、いま物流部長に求められている。とくに環境問題においては、そういう視点が重要だ」

 いきなり大先生に褒められた部 長は当惑気味だ。でも、まんざらでもなさそうな顔をしている。その顔を見ながら、大先生が突然また話題を変えた。

 「ところで京 都議定書の発効もいいけど、その前にワールドカップの最終予選が始まるな‥‥」

 大先生の大好きなサッカーに話 題が移った。今日の宴会も長くなりそうだ。



『月 刊ロジスティクス・ビジネス』連載第35回 (20053月号)


■ 社長から在庫半減を命じられた 物流担当者が助けを求めてきた

 日本列島が寒波に襲われた凍え るようなある日、某メーカーの物流担当者二人が大先生の事務所を訪ねてきた。訪問者のうちの一人が、入ってくるなり挨拶もそこそこに「寒いですねー、今日 も」と元気よく大先生に声を掛ける。初対面とは思えない馴れ馴れしさに大先生が戸惑っていると、「寒いですよー、外は」とたたみかけてきた。

 面倒くさくなった大先生が、 「だから?」と問い返す。思いがけない大先生の言葉に、さすがに元気のよい訪問者も言葉を失ってしまった。

 傍らで二人のやり取りを見てい たもう一人の訪問者が、大先生に名刺を差し出した。続いて、元気のいい方も名刺を出す。元気のいい方が課長で、もう一人が部長だ。さっそく部長が用件を切 り出した。

 「実は先日、 社長から呼ばれまして、在庫を減らすように指示されました」

 大先生が頷くのを見て、課長が 口をはさむ。

 「なんか、新 聞でライバル会社が在庫を三割減らしたとかいう記事を見たらしいんです、社長が。それで、うちもやらねば‥‥とこういうことらしいのです」

 部長が『余計なことを』という 顔で、ちらっと課長を見る。大先生が課長をあおるような質問をする。

 「それで、社長は在庫をどれくらい減らせって?」

 「ライバルが 三割なら、うちは五割だなんて‥‥むちゃくちゃ言ってます」

 課長が即答するのを嬉しそうに 見て、大先生がさらに突っ込んだ。旧知の仲間内のような感じで話しが弾む。課長の性格がそうさせているようだ。

 「でも、おた くは在庫、たくさん持ってるでしょう。在庫半減なんて簡単なことだよ?」

 「はぁ、たく さんあることはありますが、これを減らすとなると、生産や営業の連中もなんだかんだ言ってくるでしょうから、そう簡単にはいかないと思います」

 「生産や営業 の連中を敵に回して、在庫を減らす戦いをしようってこと?」

 あまりにいい加減な課長の返事 に大先生が呆れ顔で聞く。

 何か言おうとする課長を遮っ て、すかさず部長が割り込んできた。この課長と一緒では発言権を確保するのが大変なのだろう。大先生と初顔合わせの会話にしてはめずらしい展開だ。

 

「在 庫は完全に無管理状態です」 訪問者が自信たっぷりに答える

 「在 庫に手をつけようとすると、うちの社内はだいたい敵対関係になってしまいます。でも敵対関係では、在庫に手をつけることなんてできません。それに、私とし ては、単なる在庫削減ではなく、在庫を適正に維持するマネジメントを導入したいと思ってます。そこで、先生にご指導をお願いできないかと思いまして、お伺 いしたわけです」

 課長に割り込まれまいとするか のように部長が一気に話す。案の定、部長が一息ついた途端、課長が口をはさんだ。

 「よそさんは 知りませんけど、うちでは、社内の人間だけでは在庫に手をつけることはできません。自慢じゃありませんけど‥‥」

 「たしかに、自慢にはならねえ」

 大先生の一言に課長が「はい」 と素直に返事をする。その課長の顔を見ながら、大先生が聞く。

 「営業は、在庫についてどんな感覚を持っている?」

 嬉しそうに頷きながら、自信あ りげに課長が話し始めた。隣に座っている部長は諦めたようにソファにからだを沈めてしまった。

 「ま ず、営業の連中は、在庫意識ってものがまったくありません。欠品にはうるさいですが、在庫が溜まるのは平気です。営業所間で在庫の取り合いをしてますし、 取った在庫は絶対に手放しません。ですから、他の営業所にたくさん在庫があるのに、なくなりそうな営業所が生産依頼を掛けるなんてことがしょっちゅうあり ます。これは営業マンの間でもあります‥‥あっ、自慢にはなりません、はい」

 大先生に言われる前に、課長が 先取りして首をすくめる。大先生は楽しそうだ。思い出したように名刺の社名を見ると、独り言のように呟いた。

 「そうか、お たくは受注生産品もあるな。受注生産とはいいながら、これも在庫がある?」

 「はい、ご賢 察です。営業は納期が心配だとか言って先行生産をさせてますし、生産も平準化とか何とか言いながら喜んで事前に作ってます」

 なぜか、課長も嬉しそうに答え る。大先生と勝手に意気投合しているようにみえる。ひとり部長だけが仲間外れだ。その部長を仲間に引き入れようと、大先生が声を掛ける。

 「おたくで は、誰か在庫に責任を負えと言われている部署か人はいる? まあ、物流部に在庫削減をしろと言ってくるくらいだから、いないか?」

 からだを起こして部長が答えよ うとする前に、課長が答えてしまった。

 「はい、いません。在庫は完全に無管理状態です」

 「部長に聞い てるんだよ、おれは」

 さすがに大先生が怒る。「済み ません」と頭を下げる課長を部長が睨み付けている。大先生がまるで部長を慰めるかのように提案した。

 「もし、この コンサルをやるようになったら、プロジェクトの御社側の責任者は彼にやってもらうことにしましょう」

 「はい、私に異存はありません」

 部長が、溜飲を下げたように笑 顔で応じる。

 「ちょっと 待ってください。間違いなく損な役割ですよ、それは。勘弁してください」

 課長が慌てて辞退するが、そん なに嫌がっている風でもない。

 「それじゃ決まりだ」

 大先生が結論を下す。すかさず 部長が、大先生に念を押す。

 「それでは、 コンサルをお引き受けいただけるということで、よろしいですか?」

 「あっ、そう か、そういうことになるか。課長がプロジェクトを引っ張るということなら、それでいい」

 今度は課長もしぶしぶ頷いた。

 

「在 庫はマネジメントの失敗の産物です」 部長がずばりと本質を突いた

 課長の顔を見ながら、大先生が 本質的な質問をした。

 「それじゃ在 庫プロジェクトのリーダーに聞くけど、在庫って何?」

 課長の顔に不安がよぎる。社内 の在庫事情ならいくらでも話せるが、この手の質問は苦手と言いたげな表情で部長を見た。ところが部長も愉快そうに課長を見ながら、「何?」と発言を促す。

 「えー、やっ ぱり販売のために事前に準備しておくものかと‥‥」

 途中で、大先生が首を振ったた めか、最後は消え入るような声になってしまった。大先生が今度は部長を見た。思わず部長の目が天をあおぐ。しかし、答えないとまずいと観念したのか、あら ためて大先生の視線を見据えながら答えた。

 「これは、ど こかで読んだのですが、あるアメリカの化粧品会社の社長が、たしか『在庫は、企業内のあらゆるマネジメントの失敗の産物だ』というようなことを言っていた ような記憶があります。実感としては、これが正しい位置づけかと思ってるのですが‥‥」

 最後は自信なさげだったが、大 先生が大きく頷くのを見てほっとした表情を見せる。大先生が、課長に同意を求めるように部長をほめる。

 「さすが部長だな。いいこと言う。頼もしいな?」

 大先生の問い掛けに課長が屈託 なく頷き、あからさまにほめる。

 「はい、部長 は勉強家ですし、しっかり理論武装しているので、他部門との交渉なんかでも頼りになります」

 「在庫以外は‥‥か?」

 大先生がちゃちゃを入れる。め げない課長がぬけぬけと部長を持ち上げた。

 「はぁ、い え、きっと在庫も頼りになりますよ。部長、頼りにしてます」

 「それは、おれのせりふだ。リーダー、頼むぞ」

 部長も乗ってきた。ようやく仲 間に入ってきた感じだ。座が楽しく賑わってきたところで、女史がコーヒーを持ってきた。

 コーヒーを飲みながら、大先生 が課長に聞く。

 「倉庫の中には何がある?」

 なぜか嬉しそうに課長が答え る。

 「はい、たく さん在庫があります。しかし、よく見ると、在庫の裏にはマネジメントの失敗がぎょうさん隠されています」

 元気がいいだけではなく結構、 飲み込みもいいし、変わり身も早い。大先生は手応えを感じたようで、質問を続けた。

 「何のマネジメントの失敗?」

 「はい、作り 方の失敗はもちろんありますし、売り方のまずさもあります。商品企画やマーケティングの失敗も隠れているはずです。うちの会社のよくないところが見事に 揃ってます、きっと」

 この課長らしい率直な表現だ。 苦笑しながら大先生が、部長に向かって質問する。

 「在庫を持っ てていいことは何だと思います? きっといいこともあるでしょう。いいことと、よくないことを識別して、適正在庫なるものを明らかにすることから始めます か?」

 大先生の持論である「在庫など 無用の長物だ」という在庫不要論を知っている部長は、大先生の問い掛けに引っ掛からず、きっぱりと言い放った。

 「た しかに、私も以前は、在庫を持つメリットもあると考えていたこともありました。でも、よくよく考えると、そんなメリットなどありません。あるのは、持ちた くないけど持たざるを得ないという、よく先生がおっしゃる制約条件です。制約条件があるから在庫があるんだと、いまはそう考えています」

 隣で課長が感心したように頷き ながら、メモをしている。大先生が課長にそっと聞く。

 「リーダーとしては、部長の言葉をどう解釈する?」

 ちょっと考えたあと、課長が相 変わらず元気よく答えた。

 「はぁ、 私が思いますには、そもそも在庫はないのがいいという位置づけからスタートしないと、在庫問題の本質は見えてこない、少しでも在庫を持つことを許容してし まうと、それに流されて本質的な解決はできない、ということを言おうとしているんだと思いますが‥‥違いますか?」

 部長に確認を求めるが、部長が 答える前に大先生が軽く拍手をする。

 「かっこいい なー、二人とも。結構、論理的に考えてるじゃん。そこまでわかっているなら、コンサルは楽でいい。いや、コンサルなんかいらないかもしれない。二人でタッ グを組めば大丈夫だよ」

 大先生の言葉に部長が慌てて、 真顔で否定する。

 「とんでもあ りません。頭の中ではそう考えてはいますが、それでは実際にどうしたらいいかとなると、正直なところ何もわかりません」

 そう言って、にやっとしながら 一言付け足した。

 「リーダーはわかっているのかもしれませんが」

 「自慢じゃあ りませんが、間違いなく私もわかっていません。先生のご指導どおり、部長の指示どおり、動くつもりです、はい」

 あくまでも屈託なく課長が答え る。この屈託のなさは、どちらかというと大先生の苦手なタイプだ。そのせいか、何か言おうとしていたのを大先生はやめてしまった。ちょっとした沈黙のとき が流れる。

 それを打ち破るように、部長が 口を開いた。

 「私としまし ては、在庫問題を解決するプロジェクトなどといって、生産や営業などの人間を集めて検討するというやり方はしたくないと思ってます。在庫の何が問題なのか を数字で見せ、在庫管理の技法を導入することを先行させたいと思ってるのですが‥‥」

 大先生が頷くのを見ながら、課 長がぽつりとつぶやいた。

 「しかし、在 庫管理論というのは、論者の数だけ理論があるって感じですね‥‥」

 こうして、話題は在庫管理論に移っていった。


『月 刊ロジスティクス・ビジネス』連載第36回 (20054月号)


■ 大 先生が本質的な質問をした 「在庫管理って何をすること?」

 大先生がたばこの煙を吐き出す のを見ながら、課長が楽しそうに言った。

 「私、思うん ですが、在庫管理の先生方を集めて、パネルディスカッションのようなものをやったら、おもしろいだろうなって。いろいろ見解が違うわけですから、議論が白 熱して、喧嘩なんかしたりして‥‥」

 この妙な提案に、大先生は、た ばこの火を消しながら首を振ると、つまらなそうに応えた。

 「そんなこと にはならないさ。みんな、大人だから。見解の相違は『そういう見方もあると思います。ただ、私はちょっと違った視点から‥‥』なーんて言って、かわしてし まうさ。結局、みんな、自分の言いたいことを言って終わってしまうのが関の山だろうな」

 「でも、先生 が出席していたら、そんな展開を許さないんじゃないですか。いい加減なことを言うやつをどんどん追い詰めていって‥‥」

 なおも課長が煽る。しかし、大 先生は興味がなさそうだ。

 「おれに、そ んな趣味はない。もちろん、追い詰められれば反撃はするけど‥‥」

 そう言うと、にっと笑った。思 わず課長が首をすくめるのを見ながら、大先生が話題を変えた。

 「ところで、 在庫を管理するっていうけど、いったい何をすることだと思う?」

 いきなり発せられた大先生の本 質的な問い掛けに、部長も課長も黙ってしまった。いろいろな答ができそうだが、適当に答えると、この場では大先生に追い詰められてしまいそうだ。

 ちょっとした沈黙の後、大先生 が課長に答えを促した。課長がしぶしぶ口を開く。

 「なんか、感覚的になってしまうのですが‥‥」

 大先生が頷く。課長は思い切っ たように言った。

 「在庫を管理 するという発想自体が、なんか違うんじゃないのかと思ったりしてます」

 大先生がじっと課長を見てい る。課長が戸惑ったような顔をしながら、それでも続ける。

 「うまく言え ないんですが、在庫はマネジメントの失敗の産物、つまり結果でしかないとなると、結果としての在庫を管理するという考え方はしない方がいいような気がしま す。中途半端な答ですいませんが‥‥」

 課長がぺこっと頭を下げる。そ れを見た大先生は、笑顔で頷きながら課長を誉めた。

 「たしかに中 途半端だけど、いい発想だ。在庫を管理するって言うけど、ようするに、それは何をやりたいのかってことだ」

 そのとき部長が身を乗り出し た。大先生に促されて、部長は頭の中で考えていることを整理するようにゆっくりと答えた。

 「ようする に、市場の動きに、われわれの製品供給をいかに合わせるか、ということが肝心なことかと思います。合わせられない部分が在庫になるわけですから、いかに合 わせるかを考えるのが重要かと‥‥」

 

「こ れが在庫管理の基本原理。わかる?」 大先生の問い掛けに二人が大きく頷く

 大先生が女史にコーヒーのお代 わりを伝えた。部長と課長が、中途半端ながらも評価できる考え方を示したので、ここからは自分が議論をリードしようと決めたようだ。

 「そう、二人 の言うとおりだ。むしろ在庫管理などと言わない方がいいのかもしれない‥‥」

 部長と課長はほっとした表情を 見せる。そして、話し続けようとする大先生の様子を察して、居ずまいを正し、課長はメモを取る用意をした。

 「部長が言っ たように、市場に供給活動を同期化させればいいだけ。在庫管理の技法をうんぬんしても意味がない。それはいいとして、ここで課題となるのが、どう同期化さ せるのかということ。同期化させるにはどうすればいい?」

 大先生の質問に、部長が今度は 自信ありげに答える。大先生の意図を理解したようだ。

 「一番いいの は、生産力で対応することではないでしょうか。顧客が要求するリードタイムと生産のリードタイムとが合えば、それでいいわけです。そうすれば、在庫は登場 しないですみます」

 大先生が頷き、課長に聞く。

 「リードタイムが合わない場合はどうする?」

 「はぁ、合わ ない場合は、在庫で対応するしかないですね」

 課長が素直に答える。大先生が 続けて聞く。

 「どうやって対応する?」

 課長が首をひねる。大先生が部 長を見る。部長も考え込んでいたが、少し間をおいてから自信なさそうに口を開いた。

 「ここで在庫 管理が登場すると思うのですが‥‥どうも発注方式とはつながらない感じがしています」

 「そう、その 感じが大切。市場の動きとの同期化を、在庫で対応しようとした場合、まず必要となるものがある。それは、市場の動き。これを数字でとらえることがまず必 要。これがなければ始まらない」

 部長と課長が同時に頷く。あら ためて大先生が二人に尋ねる。

 「それは、どんな数字?」

 ようやく気がついたというよう に、部長がゆっくりと答えた。

 「それは、アイテム別の一日当り出荷量ですね」

 「そう、それ が市場の動き。そこをつかめなければ、供給活動を同期化させることなどできはしない。つまり、市場の動きをベースにしない限り在庫管理など存在しない。こ こがポイント。さて、それでは、それがわかったとして、在庫を使ってどう同期化させる?」

 次々と大先生の質問が続く。部 長も課長も頭はフル回転だ。課長は自問自答しながら考えている。

 「えーと、一 日当たりの出荷量がわかったとして、それを発注や補充に使うとしたら‥‥」 

 部長が、課長の自問自答を引き 取る。

 「何日分を持 つかという枠がないと、実際には使えない‥‥」

 「そうですね‥‥」

 同意する課長を見て、大先生が 結論を下した。

 「そう、在庫 を何日分持つかという枠があれば、それに一日当たりの平均出荷量を掛ければ、市場の動きを反映した在庫量が計算できる。平均出荷量が変われば、在庫量も変 わる。つまり、市場の動きに在庫量を同期化できる。これが、在庫管理の基本原理。わかる?」

 二人が『なるほど』という顔で 大きく頷いた。課長は忙しそうにメモをとっている。そこに女史がコーヒーを持ってきた。大先生は新しいたばこに手を伸ばした。

 

■ 在 庫削減と拠点集約は関係ない 課長の疑問に大先生が断定した

 コーヒーを飲みながら、課長が 確認するように言った。

 「一日当たり 出荷量をベースにする場合、日数という枠が必要になりますが、この前、ある雑誌を見てたら、日数で管理するのはよくないというような指摘がありました が‥‥」

 質問が中途半端だ。大先生は何 も言わない。部長が課長を詰問する。

 「そこでは、なぜよくないって言ってたんだ?」

 「いやー、そ れがよくわからないんです。たしか、一律で日数を決めてしまうと、品目によって過少在庫になったり過剰在庫になったりする、なんて書いてあったように思い ます」

 「だって、同 じ日数にしてそこにアイテム別の一日当たり出荷量を掛けるんだから、すべてのアイテムで常に過不足のない在庫量になるじゃないか」

 部長が、怒ったように反論す る。

 「はぁ、たしかに」

 課長はそう言うと黙ってしまっ た。何を思ったか、大先生が課長をフォローした。

 「まあ、その 文章の言葉が足りないんだろう。深い意味があるのかもしれない。それにしても、課長もあまり中途半端な知識で問題提起をするようなことはしない方がいい」

 やはりフォローになってはいな かった。課長は申し訳なさそうに頭を下げ、部長に言い訳をした。

 「たしかに、 在庫の量を出荷動向に合わせて持とうとしたら、日数を使って計算するしかありませんね」

 部長が頷くのを見て、大先生が 一つの結論を出した。

 「それしか方 法がないかどうかは別として、平均出荷量を日数に掛けることで在庫量を計算していくやり方が最も理に適っている。シンプルだしね。理に適っていて単純なや り方が一番」

 二人とも納得したように頷く。 部長が改めて大先生に指導の依頼をした。

 「具体的にど うするかにつきましては、改めてご指導いただきたいと思いますが、今日、お話を伺って納得できました。私どもとしましては、是非その方式を取り入れてみた いと思いますので、ご指導の方、どうぞよろしくお願いいたします」

 「わかった。 ところで、おたくは在庫はどこに置いてある?」

 「はぁ、倉庫とかセンターに置いてあります」

 課長が言わずもがなの返事をし た。大先生が「そりゃそうだ」と楽しそうに同意する。部長が苦笑しながら正確な返事をした。

 「はい、各工 場倉庫と全国十数か所の物流センターに配置してあります」

 「それでは、 どこかの物流センターをケースにして、在庫補充の標準的なシステムを作ってしまおう。それが動き始めて、全国の物流センターの数字が取れるようになった ら、工場倉庫の在庫にメスを入れるという手順でいこう。一年以内で終わらせよう」

 「はい」

 部長が返事をする。

 そのとき課長が「ちょっとお聞 きしたいのですが」とまた割って入ってきた。部長が『こんどは何なんだ』という顔で課長をにらむ。大先生が頷くのを見て、課長が控えめな感じで質問した。

 「実は、以前 から気になっていたのですが、よく在庫削減というと拠点集約ということが言われたりしますが、在庫削減と拠点集約とは何の関係もないんですよね?」

 「まったくない」

 大先生が一言で答える。安心し たように課長が続ける。

 「私もそう思 うんですが、そのように言うと、少なくとも安全在庫は減る、なんて反論されるんですが、これはどうでしょうか?」

 「課長は、どう思う?」

 大先生が逆に質問をする。

 「はぁ、私が 思いますに、安全在庫は一日当たり平均出荷量をベースに在庫量を計算しているから必要になるんであって、一般にはそんな会社は少ないと思うんです。ですか ら、理論的には、そういうことはあるかもしれませんが、現実的にはないですよね?」

 何か思い当たる節があったの か、「あー」と頷きながら部長が課長に聞いた。

 「それは、うちの部の誰かと論争でもしたんだな」

 「そうなんで す。あいつが、拠点集約の効果として在庫の削減があるなんて言うもんですから‥‥」

 大先生の知らない部員の名前を 出して、課長が憤慨したように部長に訴えた。ここでも大先生は課長の期待する返事をした。

 「拠 点集約をして安全在庫が減るなんていう立派な会社は少数派。多くの会社では、そういうメカニズムは働かない。在庫が出荷額換算で一カ月分もあるだとか、ア イテムごとに在庫日数が異なっているような会社は、もともと在庫管理が不在。管理不在の会社には安全在庫など存在しない。こんな答でいい?」

 してやったりという顔で大きく 頷くと、課長は礼を述べた。部長が大先生に謝罪をする。

 帰りがけに、課長があっけらか んと自分の気持ちを大先生に伝えた。

 「なんか、先 生にご指導いただくこの仕事は、おもしろいことがたくさん起こるような気がしてきました。楽しみにしています」

 大先生は何も言わない。エレ ベーターの前まで来たとき、部長が課長の肩をたたいて小声でつぶやいた。

 「おもしろいことじゃなく、怖いことだよ。リーダー」

 見送りに出た女史が、それを聞いてにこやかに頷く。エレベーターに乗り込む 二人に、女史が「お気をつけて」と声を掛けた。複雑な顔で課長がお辞儀をする。部長は楽しそうに会釈を返した。



『月刊ロジスティクス・ビジネス』連載第37回 (20055月号)

 

「日 本の物流は進んでる? 遅れてる?」 久しぶりに弟子教育が始まった

 五月だというのに初夏のような 日差しを振りまいた太陽が沈み、事務所の窓からきれいな夕焼け空が見える。今日は珍しく部外者がいない。会議テーブルには大先生と弟子たちだけが向き合っ て座っている。

 「絶好の会議 日和だな」という、わけのわからない大先生の呼び掛けで、いま引き受けているコンサル業務の打ち合わせが始まった。ところが「のどが渇いた」という大先生 の一声に応えて、女史がビールを出したせいか、いつの間にやら宴会へと変わってしまった。

 ビールを片手に、大先生が弟子 たちに語りかける。

 「この前、あ る人から、日本の物流は進んでいるのか、遅れているのか、という珍妙な質問をされた」

 弟子たちは頷きながら、次は 『おまえたちならどう答える?』と聞かれるに違いないと思って身構えた。案の定、誰にともなく大先生が尋ねた。

 「おまえたちなら、何て答える?」

 ちょっと間を置いて美人弟子が 口を開く。実はこれまで、このような問い掛けに弟子たちが答えても、大先生が想い描いていた答と合ったことが一度もない。いつも微妙に食い違ってしまう。 今度こそと美人弟子が意気込む。

 「進んでいる ところもあれば、遅れているところもあるという答えしかないように思いますが‥‥」

 大先生が笑いながら、体力弟子 の顔を見て聞いた。

 「進んでいるところは?」

 「物流拠点内 の作業とか配送など、物流の活動レベルの効率化という点では進んでいると思いますけど‥‥」

 何となく自信がなさそうだ。大 先生は、今度は美人弟子に聞いた。

 「遅れているところは?」

 「物流を市場 の動向に同期化させるとか、数字をベースにした管理とか、いわゆるマネジメントレベルではあまり進んでいないと思います」

 「まあ、無難な答えではあるな」

 そう言うと、大先生はたばこに 火をつけた。弟子たちは、大先生が何を言おうとしているのか興味深そうに見ている。

 「そういう見 方もできるけど、すべての企業に当てはまるわけではない。おれの答えはちょっと違う」

 たばこの煙を見ながら、大先生 がぼそっと言った。弟子たちは『やっぱり』という顔をする。美人弟子が抗議した。

 「いつも外れ てしまいますけど、私たちが答えるのを待って、違う答を用意してるんじゃないですか? 後出しじゃんけんみたいですよ、それは」

 スタッフルームで女史の笑い声 が起こる。一緒に笑ってしまった体力弟子が、にらまれて大きなからだを縮めた。大先生がムキになって抗弁する。

 「そりゃ言い 掛かりってもんだ。じゃあ今度からは、先におれの答を紙にでも書いておくか?」

 思わず吹き出した体力弟子が、 またにらまれる。新しいたばこに火をつけながら大先生が話し出した。

 「まあ、それ はあとで考えるとしよう。で、本題だけど、おれの答えは、日本の物流は、荷主企業と物流事業者との間で本来あるべき役割分担ができていないという点で遅れ ているということさ」

 体力弟子と美人弟子は顔を見合 わせた。そういえば以前、この話を大先生から聞いたことがある。質問されたときに、それを思い出せなかったことを弟子たちは悔やんだ。

 もっとも大先生は、そんなこと にはお構いなしで先を続ける。

 「作 業効率や配送効率など、活動レベルの効率化は本来、物流事業者に任せればいいこと。荷主企業は、さっきおまえが言ったようなマネジメントレベルの仕事をや ればいいのに、それをやらずに活動レベルの効率化にどっぷり浸かっている。これは、ゆがんだ構図だ。なんで、こんなことになってしまったんだ?」

 久しぶりに弟子教育が始まっ た。会議中だろうと、宴会中だろうと、大先生は思い立ったときにこれをやる。体力弟子は背筋を伸ばすと、確認するように答えた。

 「これまで、 それを物流事業者が担えなかったからです‥‥よね?」

 体力弟子に念を押された美人弟 子が、頷きながら付け加えた。

 「物 流拠点の配置や、拠点内の作業システム、配送効率など活動レベルの効率化は本来、物流のプロである物流事業者がやればいいことです。それが、なぜか物流事 業者は、運ぶとか作業するといった活動だけに特化してしまい、効率化は荷主企業みずからが手がけるということになってしまった。その結果、荷主企業が本来 やるべきマネジメントレベルの活動がおろそかにされてきた‥‥というのが師匠のお考えですよね」

 「そ れが、1PLという物流の形態ですね。ところが最近では、物流活動にかかわる部分をすべて専門業者に任せてしまう、つまりアウトソーシングしてしまうとい う3PLが関心を呼ぶようになってきました。これは、本来の役割分担に回帰し始めたということなのではないでしょうか」

 まとめるように体力弟子が補足 する。大先生は頷くと一つの結論を出した。

 「そう、よう やっと本来の役割分担になってきた。だから、日本の物流はこれからが本番だな」

 

■ こ れまでは荷主がやるのが当たり前 だったことを代行するのが3PL

 大先生の言葉を受けて、体力弟 子が言う。

 「その意味で は、3PLの登場というのは、日本の物流の歴史において時代を画す出来事ということになるんですね」

 美人弟子も同意する。

 「そうです ね。物流システムを作る世界の主役が、アウトソーシングという形で交代するということですから。でも、本当に主役が交代できるかどうかは、アウトソーシン グの受託を事業とする3PL事業者次第といえますね」

 ここで大先生が口を挟む。

 「しかし、い まだに一部の事業者は、3PLが受託するアウトソーシングの範囲はどこまでかなどと言ってる。そんなことを考えているうちは3PLなどできるわけがない。 ようは、受託できるなら何でもやってしまえばいいのさ」

 弟子たちもビールを飲みなが ら、神妙な顔で聞いている。

 「聞 くところによると、3PL事業というのは提案営業をすることなどと言っている向きもあるようだけれど、そんな認識では3PLはできない。そもそも、3PL と提案営業とは関係のない話。本来、3PL事業者は、荷主の物流部を代行するわけだから、提案する側ではなく、させる側に立つ。3PL事業は、これまでの 物流事業の延長線上にはないということをきちんと理解しないと、アウトソーシングは進まないな」

 弟子たちが、懸命にメモをと る。それを見ながら、大先生はスタッフルームにいる女史に声を掛けた。

 「おーい、も うビールは飽きたから、焼酎を持ってきてくれ」

 「あら、コン サルの打ち合わせではなかったんですか。宴会になってしまったんですね」

 女史が大先生をかまう。

 「弟子たちの教育さ」

 「焼酎を飲み ながらですか? 酔っ払っちゃいますよ」

 「なーに、こ いつらの教育は酔っ払ったくらいでちょうどいいのさ」

 いつもながらの大先生と女史の やりとりだ。また始まったという顔で聞いていた弟子たちに、突然、大先生が話しかけた。

 「そ うそう、この前、何かの集まりで『3PLを一言でいうと何でしょうか?』と聞いてきた奴がいた。安易な質問だと思ったから、『これまで荷主がやるのが当た り前だと思っていたことを代行することさ』と答えてから、『ところで、それは何だ?』と逆に聞いてやったんだ。結局、彼の口から答が出てこなかったから、 教えずに帰ってきた」

 頷きながらも、弟子たちは懸命 に考えている。また大先生が『それは何だ?』と必ず聞いてくるはずだと思ったからだ。身構える弟子たちを見て、大先生は、にっと笑いながら尋ねた。

 「その安易な質問をしたやつは誰だと思う?」

 肩すかしを食わされて、おもわ ず美人弟子はのけぞり、体力弟子は突っ伏した。大先生は楽しそうに笑うと、顔を上げた体力弟子に対し、おもむろに「それは何だ?」と尋ねた。体力弟子が即 答する。

 「荷主の物流 部がやってきたことですから、物流コスト削減しかありません‥‥と思います」

 傍らの美人弟子も、すぐに同意 する。

 「あったり!  さすが弟子たちだ。よかったな、当たったじゃん」

 弟子たちが複雑な顔をする。大 先生が褒めるときは危ない。かまわず大先生は続ける。

 「その質問を したのは、3PLを標榜している物流事業者の役員だけどな。まあ弟子でも答えられるような簡単なことがすぐに出てこないようでは、この会社に3PL事業な んて無理だな」

 

「物 流コスト半減がうちのミッション」 美人弟子が会議を締めくくった

 その物流事業者の名前を聞いた 体力弟子が、思い出したように話題を提供した。

 「そう言え ば、その会社は、物流ABCを導入してみたら、アクティビティが数百にもなってしまって使えないなんて言ってきたところです。そうよね?」

 頷く美人弟子に、大先生が楽し そうに聞いた。

 「それで、何て答えた?」

 「はい、最初 ちょっと意地悪をして、『簡単ですよ。一〇〇くらいにまとめてしまえばいいんです』と答えました」

 たばこに手を伸ばしながら、大 先生が「それで?」と先を促す。

 「そしたら、 それができないんですって悲しそうな声で言うものですから、私も意地悪はやめました。荷主別にアクティビティの設定をしてませんかって確認したところ、そ うだとおっしゃるので、アクティビティ設定の考え方について改めて説明しました」

 「そ れにしても、物流ABCの導入では、アクティビティの設定や時間計測でつまずいてしまう会社が相変わらず少なくありませんね。ストップウオッチを持って作 業者をずっと追いかけなければならないとか、作業者に負担がかかるとか、誤解としかいえない理解がまかり通っている。そういうことを平気で言うコンサルタ ントもいるようですから、困ったことです」

 体力弟子が、ため息まじりに嘆 く。それを聞いた大先生は、体力弟子に聞いた。

 「荷主企業の 代わりに物流コストを削減してやるとなると、何が必要だ?」

 「これまで荷 主企業がやってこなかったことをしなければ意味がありません。荷主企業と同じ土俵に立っていたのでは3PLとはいえません。じゃあ、これまで荷主企業が やってこなかったことは何かと言えば、一般的には、物流ABCと在庫管理だといってよいと思います」

 「ただ在庫管 理というと、実在庫と帳簿在庫の誤差をなくすためのマネジメントだと思っている人も相変わらずたくさんいます。物流事業者が在庫管理をやっているというと ころは大体そうです」

 美人弟子のもう一つの問題提起 に、体力弟子が言葉を継いだ。

 「在庫といえ ば、相変わらず、在庫は必要だと言う人も多いですね。でも、なぜ必要なのかと理由を聞くと、納得できる理由に出会ったことがありません」

 「当たり前 だ。在庫が必要だなんていう理由はそもそもないんだから。在庫が必要だなんて言ってるうちは在庫の管理などできはしない。現実に、そういう企業では、在庫 管理はできてないだろ?」

 大先生の質問に弟子たちが大き く頷く。それを見た大先生が一つの答を出す。もうやめようという合図だ。

 「本来、これ らの技法を武器に、物流コストを削減する方法論を荷主企業に提示するのが3PL事業者の役割。まあ、うちとしては、これからも、あらゆる機会をとらえて、 物流ABCと在庫管理について、しつこくその本質と方法論を説き続けることが必要だ」

 「物流コスト半減がうちのミッションですからね」

 美人弟子が見事に締めた。体力 弟子も納得している。

 ふと窓の外に目をむけると、もう真っ暗だ。本日の弟子教育は一段落したよう だが、宴会はまだまだ続きそうだ。