湯浅和夫の物流コンサル道場 第72

〜大先生の日記帳編・第7回〜

 

物流センター問題を解く──その2

 

 短期的な物流コスト削減は非情だ。人員カットや下請けイジメを余儀なくされてしまう。みんながハッピーになれるよう、物流改革は物流管理の原点に立ち戻って中長期的な視点で取り組もう。まずは現場の整理・整頓を徹底し、現状を数値で把握する。それによって問題の在りかは自然と明らかになってくる。


■ 中長期的視点でコスト削減

 物流センターの見直しを上司から指示されたという若い物流技術管理士が大先生事務所を訪れた。話が一段落し、もう帰るかと思ったら、まだ話があるという。女史が飲み物を何にするか聞いてきた。

 「いくらなんでもビールはまずいよな? このあと会社に戻るんだろ?」

 大先生の問い掛けに、管理士氏が屈託のない返事をする。

 「いえ、今日は直帰しますので大丈夫です」

 「へー、そうなの。それじゃビールでも飲みながら、やろうか?」

 「先生がよろしければ‥‥」

 「よし、物流センター内の改善などというおもしろくもないテーマで話すなら、ビールでも飲んで、勢いつけなきゃやれないもんな」

 「は、はい‥‥」

 管理士氏は、ちょっと戸惑った風情だ。お茶にしとけばよかったと後悔しているようだ。

 女史がビールと簡単なつまみを持ってきた。ビールを片手に、大先生がおもむろに聞く。

 「さて、それで何から始める?」

 「はぁー、実は、物流センターのコスト削減も考えろって言われてるんですが‥‥」

 「ふーん、それで?」

 「正直どういう切り口で考えればいいのか
‥‥物流センターには何度も行ってるんですが、なかなか手掛かりがつかめません」

 「その前に聞きたいんだけど、おたくの会社は倒産寸前ってわけではないんだろ? 社員のリストラなんかやってないよな?」

 大先生の質問の意図がすぐにわかったらしく、管理士氏が即答する。

 「ずっと利益が出てます。少なくとも危機的な状況にはありません」

 「それはよかった。それなら、いますぐのコスト削減など考える必要はないな。わかっているだろうけど、物流センターのコストを削減するってことは非情なことだ。働いてる人を切るってことだから。利益が出ている会社がそんなことをする必要はない」

 大先生の話に管理士氏が大きく頷く。その顔を見て、大先生が聞く。

 「それでは、コスト削減は、さっきの物流センターのあり方の見直しに合わせて中長期的な視点で考えよう。中長期的な視点でのコスト削減ってどういう考え方だと思う?」

 「えーと、先生のお話の受け売りでいいですか?」

 「それ以外の答えはないんだろ? いいよ」

 大先生の了解を得て、管理士氏は嬉々として話し出した。

 「はい、それは、将来の売上増つまり物流量の増加に対して物流コストを増加させずに、あるいは増加を極力抑えて対応するということだと理解しています。それができれば、売り上げは増加するわけですから、それに対する物流コストの比率は当然下がってきます。あっ、この比率が下がるということは、利益増に貢献するということです。このように、将来にわたって売り上げに対する物流コスト比率を低下させるという取り組みが中長期的な視点での物流コスト削減だと思います、はい」

 大先生が、ビールを片手に頷く。そして、相槌を打つように「そのためには、どうする?」と聞く。管理士氏が待ってましたとばかり勢い込んで話す。

 「はい、私どもの現有の物流にかかわる経営資源に極力余力を持たせることが必要だと思います。えーと、たとえば、いま現有の経営資源で一〇〇の物流をやってたとします。それを、無駄を省いたり、効率化を進めて、同じ経営資源で一二〇の物流ができるようになれば、二〇%の売上増があったとしても、物流コストを増加させることなしに対応できることになります」

 

■ あるべき物流センターの原点

 ここまで話して、管理士氏は姿勢を正す風に大先生を見て、「あのー、ですね」と内輪話を始めた。

 「実はですね、管理士講座で、先生からこのお話をお聞きしたとき、ちょっと興奮しました。なんか嬉しくなりました。物流コスト削減というのは、この世界では常套句のようになっていますが、決して楽しい取り組みには思えなかったんです。というか、暗いイメージがつきまとっていたんです。もちろん、企業ですから、絶えずコスト削減が必要なことはわかりますが、いままで働いている人の首を切るとかトラック業者さんに無理強いして運賃を下げてもらうというのは正直やりたくないです。ところが、余力を生んで物流増に対応しろという中長期的な取り組みのお話を聞いて、なんか前向きな楽しい取り組みに感じて、嬉しかったんです」

 管理士氏の熱のこもった物言いに大先生は戸惑いと照れ臭さを感じたようだ。つい、相手のペースに乗ってしまう。

 「あっ、そう。それはよかった。まあ、同じ物流をやってる仲間の首を切ったり、運賃を叩いたりすることは真っ当なことじゃない。倒産寸前の会社は別として」

 「はい、私も同感です」

 場の雰囲気を変えようと思ったのか、大先生が話を元に戻す。

 「だからといって、現状をそのままにして無駄を温存したり、非効率を放置してはだめだ。さて、そこで、どうするかだ」

 「はい、そこなんです。余力を生み出すために、あるいは無駄を見つけるためには、どうしたらいいんでしょうか?」

 管理士氏が、日頃悩んでいることを質問する。その質問に対し、大先生が突き放す。

 「昔から常道があるだろ?」

 「はぁー、常道ですか?」

 「常道っていえば決まってるよ。ほらっ?」

 大先生に促されて、管理士氏は「えーと」などと言いながら、しきりに首をひねる。

 「講座で習っただろうに‥‥」

 大先生の言葉に管理士氏がいかにも自信なさげに小さな声で答える。

 「えー、現場の基本といえば‥‥例の『5S』がらみ、でしょうか?」

 「なーんだ、わかってるんじゃないか。それそれ。整理、整頓さ」

 「えっ、先生がそんなこと‥‥」

 「そんなことって? まあ、おれは、そういう話は、あちこちでよく話されるので、別におれが言う必要もないので、あまり言わないけど、物流センター見直しの原点が整理、整頓にあることは間違いないさ。これがきちんとできていれば、まあ、物流センターはそんなに問題はない。おたくではできてる?」

 「えー、正直よくわかりません」

 「わからないってことはできてないってことだ。それじゃ、そこから入るんだな」

 「はい。それはわかりましたが、えーとですね、それ以外に、作業の効率とかはどうしたらいいんでしょうか?」

 「効率ねー? 整理、整頓ができていれば効率もそんなに問題ないはずだけど‥‥ところで、いまおたくではどんな効率の状態?」

 「はぁー‥‥」

 「なんだ、それもわからないのか。それこそが問題だな。おたくのセンター内の問題は、センター内の実態が数字でつかめていないことさ」

 「はい、正直そう思います」

 「また正直か‥‥、まあ正直なのはいいけど、見直しっていうのは、論理的には、『本来かくあるべし』っていう姿が想定されていて、それと比較して現状どうなっているかって診断することだろ? 本来かくあるべしっていう評価尺度がないから、切り口がわからないなんていうたわ言が出てくる。困ったことだ」

 大先生が、言葉とは裏腹に楽しそうに言う。そんな大先生の顔を見て、管理士氏が「ここは格好つけずに何でも聞いてみよう」と決意したかのように、大先生に直球を投げた。

 「はぁ、おっしゃるとおりです。それで、その評価尺度というのはどうやって作るんでしょうか?」

 「あのねー、うーん、なんと言うか、あれだよ、うちにコンサルを頼みなさい」

 「は、はい。そのつもりです」

 「それはいいとして、今日最初に、物流センターって何って聞いたら、あんたは自信持って顧客納品の場だって言い切ったよ。あるべき姿の原点はそこだろ? 物流センターでは顧客納品に必要なものしか価値がないってこと。この意味をあとでじっくり考えてごらん」

 管理士氏がノートにメモをしながら大きく頷く。

 ビールを口にして、大先生が思い出したように質問する。

 「あっ、そうそう、あんた、管理士講座で物流ABCについて勉強したろう? 有益だと思った? それ導入してみた?」

 「はい、勉強しました。たしかに役に立つと思いました。でも、まだ導入はしてません」

 「なーんだ、それがだめなんだよ。よくいるんだな、そういうの。有益だと思いますが、導入するのが大変で‥‥とか言って何もしない輩。あんたもその一人だな。とにかくこれはおもしろいと思ったら、どんどんやってみないと。理由つけてやらないのは、もともとやる気がないってことさ」

 管理士氏が神妙に頷く。大先生が続ける。

 「そうそう、この前、ABCをやってみたので、その結果を見てくださいって、ある物流会社の人が来た。彼は、誰の助けも借りず一人でデータを取って、エクセルで計算してABCの結果を出した。そして、本来あるべきでない作業を数字で社長に示したそうだ。結果では、その会社のセンター内作業のうち約三割がいわゆる無駄な作業だったってさ。さすがに数字で示されると社長もびっくりしたようで、慌てて、社長の音頭で作業改善が進められたそうだ。わかる? 本当に興味を持ったら、そういうふうに自分でがむしゃらにやるものさ。能力の違いはそこに出る。この違いがこわい」

 

■ 問題は自然に見えてくる

 ビールが入ったせいか、大先生の気合の入った長広舌が続く。管理士氏は、ビールにもつまみにも手をつけず神妙な顔で聞いている。

 「とにかく、おたくでまずやることは、物流センターを数字で浮き彫りにすることだ。物流サービスの実態とか、在庫の実態とか、作業の実態とかを数字で見えるようにする。そうすれば、問題はおのずと見えてくる。問題が見えれば、あとはその問題を生んでいる原因を探ればいい。真因と言われる根本的な原因をね。それが見つかれば、あとはそれをなくせばいいだけのこと。わかる?」

 管理士氏がメモを取りながら、しきりに頷く。大先生が続ける。

 「問題が見えるような形で数字をつかめなんてことは言わないから、とにかく物流センターにかかわる数字を取ってごらん。そうすれば、問題は自然と見えてくる。ここが数字の妙だな。おもしろいぞ。だまされたと思ってやってごらん。いい?‥‥さて、なんか疲れた。ちょっと喋りすぎた」

 そう言って、大先生が残ったビールを飲み干す。慌てて管理士氏が大先生にビールを注ぐ。それを見ながら、大先生が改まって聞く。

 「ところで、あんたは物流の経験はどれくらいなの?」

 「はい、まだ三年ほどです」

 「まだじゃないよ、もう三年だよ。それはそうと、三年間、何をやってきたの?」

 「はい」と言って、勢い込んで答えようとした管理士氏が慌てて口をつぐんだ。ちょっと間を置いて小さな声で答える。

 「はぁ、正直なところ、先生の評価基準では何もやってこなかったということに‥‥」

 大先生が苦笑する。管理士氏がぺこんと頭を下げる。

 「別に、おれはあんたを評価する基準なんか持ってないよ。まあ、いいさ。これから頑張れば」

 「はい、明日から、いえ、今日から、頑張ってやります。お話をお聞きして、やるべきことが見えてきましたので‥‥」

 「まあ、いまは暗中模索だろうけど、数字を取るうちにだんだん光が射し込んで来るから、それを楽しみにやればいいさ」

 管理士氏が大きく頷く。ただ、まだちょっと不安そうな顔をしている。その不安を打ち払うかのように大先生に質問する。

 「あのー、コンサルをお願いするとした場合、いつも先生がお出ましになられるわけではないですよね?」

 「はあ?」

 衝立の向こうで女史の押し殺したような笑い声が聞こえる。管理士氏が顔をくちゃくちゃにして「いえ、あのー」とか言ってる。

 「心配しないでいい。おれは肝心なところにしか顔を出さないから。あんたは、うちのスタッフと楽しくやればいいさ」

 「は、はい。よろしくお願いします」

 管理士氏が大きな声を出す。顔に安堵感が広がってきた。

 

湯浅和夫の物流コンサル道場 第73

〜大先生の日記帳編・第8回〜

ロジスティクスを始めよう

 

 ビジネスの最前線に、必要なものを必要なだけ送り届ける。そのためにマーケット情報を把握し、顧客に約束したサービスレベルを満たせるだけの在庫を手当てする──ロジスティクスを機能させることで、物流は最小限に抑えられる。どんなビジネスにも通用するマネジメントの原則だ。

 

新任部長との顔合わせ

 五月のある夜、大先生は和食料理店の個室にいた。あるメーカーの旧知の物流部の課長から、新任の物流部長を紹介したいので会っていただけるかという電話があり、この日の会合が決まったのである。

 何事にも慎重な女史に「もう行かないと遅れますよ」と急かされて、慌てて事務所を出てきたが、十五分も前に着いてしまった。店の前で「さて、どうしたものか」と思案していると、店の中から課長が飛び出してきて、中に誘われた。

 部屋に入ると、大先生の早めの到着に驚き、部長らしき人が慌てて立ち上がり挨拶する。大先生が席に着くと、待っていたかのようにビールが運ばれてきて、小宴が始まった。

 床の間に黒こげた備前の花入れが置いてある。大先生が興味深そうにそれを見る。課長が誰にともなく呟く。

 「何ですかね、その花は?」

 「備前だよ。なかなかいいな」

 「へー、備前って花ですか」

 課長と大先生とのかみ合わないやりとりに部長が口を出す。

 「何言ってるんだ。備前というのは花瓶の方だよ」

 大先生が頷くのを見て、部長が、話の糸口ができたのを喜ぶかのように大先生に聞く。

 「先生は焼き物がお好きのようですね?」

 「はい、煮物、揚げ物よりは好きです」

 大先生がそう言って、にっと笑う。あっけにとられた顔で、部長と課長が無理に一緒に笑う。課長が、座を取り繕うように部長に説明する。

 「先生の事務所に行くと、ソファの横に飾り棚があるんですけど、そこには高そうな茶碗や花瓶が飾ってあるんです。あっ、そういえば、部長はお茶をやりましたよね」

 「いや、お茶をやるなんてそんな、少々たしなむ程度です。そうですか、茶碗ですか‥‥是非一度事務所にお伺いしたいものです」

 「いつでも来てください。歓迎しますよ」

 大先生が快く返事をするのを見て、課長はほっとしたようだ。部長は社内では理屈っぽいことで有名で、そんな部長に大先生がどう対応してくれるか、課長なりに結構心配していたのだ。

 改めて課長が部長を紹介する。部長は、これまで主に本社や工場の管理部門を歩いてきたという。大層な勉強家で、物流部長を内示されてから、物流関係の本をたくさん読んだそうだ。その話を聞いた途端、大先生が興味深そうに部長に問いかける。

 「たくさん物流の本を読まれて、どんな印象を持ちました?」

 大先生の質問に部長がちょっと緊張気味に頷き、答える。

 「そうですね、同じ物流の本といっても、書き手によりずいぶん本の構成が違うものだなという印象を受けました。著者の得意分野の違いが本の構成の違いに現れているように感じました」

 大先生が頷くのを見て、部長がさらに感想を続ける。

 「私は、これまで仕事の関係上、会計や法律の本などもずいぶん読みましたが、これらは、何というか、読ませる工夫はいろいろしてますが、内容はワンパターンですよね。その意味では、物流の本は、この人はどんな展開で話を進めるのかなという興味があって、おもしろかったです」

 

■物流の本あれこれ

 「なるほど、それは結構でした」と大先生が素っ気なく応じる。その素っ気なさに部長が慌てた感じで付け足す。

 「でもですね、何を言ってるのかと思うような、非論理的な記述のものも少なからずありました。在庫管理の本も読んだのですが、中にはこれを読んだら在庫管理はできないなと思うようなものもありました」

 「えっ、在庫管理の本も読んだんですか?」

 課長が驚いたように部長に聞く。それを聞いて、部長が、大先生の方をちらっと見て、課長をたしなめる。

 「それはそうだよ。先生がおっしゃってる、物流は突き詰めれば在庫管理に至るというのは、まさに至言だと思うよ。そんなことに驚いているようでは困るな」

 「はぁ、すみません」と課長がうなだれるのを見て、大先生がいかにも楽しそうに笑い、課長に声を掛ける。

 「いやー、いい部長が来たじゃないか。真面目な話、これからおたくの物流がどう変わるか、楽しみだ」

 大先生の言葉に課長が「はい」と小さな声で答える。それにかまわず、部長が続ける。

 「先生がお書きになった中に、物流を理に適った存在にしろという言葉があったと思うのですが、これにはまったく同感です。私は、是非それをやろうと思ってます」

 「そうしてくださいな。おたくの物流は理に適ってないところがたくさんありますよ。まあ、おたくだけではないですけど‥‥」

 「また、先生、そんなー‥‥まあ、たしかにそうです。それは認めます」

 課長がわけのわからないことを口走る。課長の言葉など聞いてないかのように、部長が大先生に質問する。

 「あのー、実は、ずっと気になっていることがあるのですが、お聞きしてよろしいでしょうか?」

 大先生が料理に手をつけながら頷く。部長が意を決したように身を乗り出して質問する。

 「ロジスティクスという言葉がありますよね。なんか、この解釈が人によっていろいろ違うなという感じを受けるんですが、先生はそう感じておられませんか?」

 そう問われて、大先生が一瞬いやそうな顔をする。いまさらそんな議論はしたくないという風情だ。ちょっと間を置きたいという感じで、「人によってどんなことを言ってます?」と部長に聞く。

 部長が「はい」と言って、鞄から分厚い手帳を取り出して披露する。

 「えー、ある人は、ロジスティクスを戦略的物流と言い換えていたり、また、販売物流だけでなく調達物流や回収物流も含んだ概念だという理解を提示している人もいます。それから、在庫の一元管理だという見解もあります。そのほか物流とどう違うのだか皆目わからない説明をしている人もいます」

 大先生が頷きながら、「その中では、在庫の一元管理というのが妥当な見解でしょうね」と答える。部長が大きく頷くのを見て、大先生が「さて」と座りなおし、話し出す。

 「ロジスティクスというのは決まりきった概念で、本来いろんな解釈があるなんてありえないことです。私は、みんな、その本質はわかっているけど、人に説明するのに独自の工夫を凝らしていて、それが解釈の違いにみえるのだろうと好意的にみています」

 「はぁ、なるほど」と部長が頷く。意外に素直な人だ。

 「ロジスティクスというのは、兵站と訳されるのは知ってますよね。兵站って何ですか?」

 大先生の問いに部長が素直に答える。ロジスティクスをめぐる大先生とのやりとりが始まった。

 「はい、軍事用語で前線の兵士たちに武器弾薬や食料、衣服、薬などを供給する役割を担う仕事だと理解しています。第二次大戦の日本軍ではその兵站が弱体化していたのが敗因の一つだと言われてますよね」

 「前線が伸び切って、兵站が追いつかず前線に必要な物資が届かなかった。そのため現地調達せよなんて無茶な指令が出たりした。戦死者のうち病気や飢えで亡くなった人が多いというのは、兵站の不在を端的に物語っていると言っていいでしょう」

 部長と課長が神妙な顔で頷く。大先生が続ける。

 「前線に必要なものを届けるという仕事をビジネスの世界に持ち込んだのがいま言われているロジスティクスです。最初はビジネスロジスティクスなどと言われていました。もうここまで言えば、ロジスティクスとは何かということは自明でしょう」

 大先生がここで一息入れる。

 

■まず情報を把握する

 大先生の言葉に頷きながら、部長が疑問を呈する。やはり理屈っぽい。

 「はい。ただ、そうなると、少なくとも、先ほどの調達や回収物流まで含んだ概念だというのは、やっぱりおかしいですね?」

 「まあ、結果として、そういう統合概念になりますが、いまおっしゃった定義だけではロジスティクスの本質を言い当てていないことはたしかです。そもそも物流はロジスティクスの構成要素の一つに過ぎませんから、ロジスティクスの定義に物流という言葉が前面に出てくるのは明らかにおかしいです」

 この大先生の言葉に部長が敏感に反応した。

 「やっぱりそうですか、そうですよね。物流という中でロジスティクスを理解しようとしてはいけないんですよね?」

 「はい。現実に、物流部というところでロジスティクスをやってるところなんてありませんよ。できるはずがない。実際にロジスティクスをやっている会社の組織、正確に言えば、部門間の役割分担をみれば一目瞭然です」

 「その役割分担と関係すると思うのですが、前線に物資、というか企業で言えば、商品を届けるという仕事は具体的にどう展開すればいいのでしょうか? 初歩的な質問で申し訳ありませんが、ご教示いただければ‥‥」

 部長が真剣な眼差しで大先生に質問する。ここでちゃかしたりしたらまずいなと思ったのか、大先生も素直に応じる。

 「前線に必要なものを届ける、いいですか『必要なもの』ですよ、その場合、まず何をしますか? 素直に考えてください」

 「えー、そうですね、まず何が必要かを知らなければなりませんので、それを調べます」

 「そう、弾が必要なところに銃を届けても意味がありませんし、銃が必要だからといって、兵隊の数以上に銃を送っても仕方ないですよね。まあ、予備程度ならいいですけど。つまり、前線で必要とするものを情報として把握することが第一歩です」

 「その情報があることで必要なところに必要なものが届けられるわけですね。勝手に送り込むんじゃないんだぞ」

 部長が課長に念押しする。課長が「はい」と頷く。大先生がさらに質問する。

 「その情報が得られたら、次にやることは何ですか?」

 「何が必要かがわかったら、そうですね、当然ですが、必要なものを調達します」

 「調達するとは、企業の中で言えば?」

 「生産させたり、仕入れるってことです‥‥」

 「それでは、何が必要かがわかってから調達したのでは間に合わない場合は?」

 「はい、当然、事前に準備しておく必要があります。それが在庫ですね」

 「そう、前線の動向を見て、必要になると思われるものを事前に準備するということです。つまり、必要と思われるものを生産させ、仕入れさせるということです」

 「なるほど、生産や仕入の都合で勝手に作ったり仕入れたりしてはいけないってことですね」

 ここで課長が割り込む。

 「市場の動きを見ながら在庫を持て、つまり生産や仕入を行えということですね。そこで、在庫管理に行き着くわけですね」

 部長が頷き、課長に確認する。

 「うちでは、そういうことはできてないな。物流センターに工場から勝手に在庫が送り込まれてくるだろう。営業とか工場がやってるのだろうけど、誰も、市場に合わせて在庫を持つなんてやってないってことだ」

 

結局、ロジスティクスとは?

 二人のやりとりにかまわず、大先生が続ける。早いとこ、この話を終わらせたいという気持ちの表れか、自分で答を言ってしまう。

 「さて、ロジスティクスの最後の仕事は、必要なとこに必要なものを送り届けるってことです。これが物流です。最も早く、しかも効率的に届けられる補給線を確保し、輸送手段を手配する。いいですね、これでロジスティクスが完成する。ロジスティクスというのは、たったこれだけのことです」

 大先生の話が自分の理解と一致していたのか、部長が安心したような顔で頷く。よせばいいのに課長が余計なことを付け足す。

 「だから、ロジスティクスが機能していると、物流は必要最小限になるということですね。当然、物流コストも小さくなる」

 「わかっているなら、そうやらなきゃだめじゃないか。うちでは実際できてないだろ?」

 課長が「はい」と首をすくめるのを見て、大先生がとりなす。

 「まあ、部長のために残されていた仕事ということで、よろしいのでは」

 部長が「なるほど」と満足げな顔をする。課長が大先生にぺこんと頭を下げる。大先生との顔合わせは課長叱咤の会合になってしまった。

 

湯浅和夫の物流コンサル道場 第74

〜大先生の日記帳編・第9回〜

在庫管理の土壌を作れ

 

 在庫削減は禁煙と一緒だ──在庫本の執筆の依頼に事務所を訪れた書籍編集者を、いつもの禅問答でからかう大先生。皮肉たっぷりに在庫管理の基礎知識を解説していくうちに、在庫にまつわる世間の誤解と俗説を断つ説法に火がつき始めた。


在庫管理の本の執筆依頼

 鬱陶しい雨が降り続いているせいか、大先生はいつになく元気がない風情だ。自分で喫煙場所と決めている会議テーブルで、窓の外の銀杏の葉に降りそそぐ雨を見ながら、たばこを喫っている。なぜかわからないが、ときどきため息をついている。

 そこに今日の来訪者が登場した。ある出版社の編集者だ。大先生に在庫管理の本を書いてほしいという依頼に来たのである。

 「電話では、在庫管理の本って言ってたけど、なんでまた? 在庫管理の本なんぞあまり売れないだろうに?」

 挨拶をして座った途端、大先生からそう問われて、編集者氏はちょっと面食らったようだ。「はー、えーとですね」とか言いながら、鞄からファイルを取り出し、そこから一枚の紙を抜き出して、大先生の前に置いた。

 「これをご覧ください。ある大手書店のここ半年の在庫管理の本の販売実績なんですが、もちろん本によって差がありますが、総じて着実に売れてます。最近、在庫についての関心が高いようで、若干ですが、売れ行きが伸びています」

 「ふーん、在庫についての関心が高まっているのか‥‥それは結構なことだ」

 本別の販売実績の数字を見ながら、大先生が満更でもない顔で頷く。大先生は在庫管理のコンサルが一番好きだと公言しているが、それが表情に出ている。在庫は、論理的で因果関係が明快に出るのが好む理由らしい。

 「それにしても、おれの本より売れてる本があるんだ? もっと売れる本を出さないと‥‥」

 「はい、出しましょう」

 大先生の独り言に編集者が勢いよく相槌を打つ。大先生は返事をしない。編集者氏が続ける。

 「実は、当社で昨年からビジネス書の新シリーズを手がけておりまして、そのシリーズに在庫管理を入れたいと思い、この分野では第一人者の先生に書いていただきたいと、こうして伺った次第です」

 「それなら、その一番売れてる著者に書いてもらえばいいじゃないか?」

 大先生は妙に拗ねている。一番じゃないデータを見せられて、なんか引っかかっているようだ。編集者氏は大先生の言いがかりにも動じない。

 「いえ、一番と言ってもそんなに差があるわけではありませんし、それに、両方を読み比べて、私は先生の本の方に好感を持ちました。それで、是非先生にお願いしたいと考えております。よろしくお願いします」

 編集者氏が頭を下げるのを見ながら、大先生は「ふーん」と言ったきり諾否を明らかにしない。そんなことにはかまわず、編集者氏が別の紙を取り出して大先生に見せる。そこには「企画案」とある。大先生がそれを取り上げる。編集者氏が説明しようとするのを大先生が手で制する。一通り読んで、大先生が確認する。

 

理論は常に正しい

 「理論と実務の融合ってのが、このシリーズの目玉ってこと?」

 「はい、理論を実務にいかに適用するかというところにポイントを置いています。理論ばかりでも、『そんなことわかっているよ。それをどうやってうちに適用するかが問題なんだ』という不満が残りますし、実務ばかりの読み物風で理論的な根拠のないものも実務書として不十分だと思ってます」

 編集者氏の熱弁に大先生が頷く。それを見て、編集者氏がやや独断的な意見を吐く。

 「実は、在庫管理の本には、意外と理論と実務が融合されたものは少ないんです。多くは、理論に偏ってます。その点、先生の‥‥」

 「もう褒めるのはいいから。わかった、書くことにする」

 大先生が簡単に承諾する。大先生の言葉を聞いて、編集者氏がほっとした顔をする。その顔を見ながら、大先生が念押しする。

 「ただ、あれだよ、理論は常に正しい存在なんだよ。正しくても実務的には受け入れられないことがある。特に物流や在庫の世界では、それが顕著。それをどう実務に受け入れられる土壌を作るか‥‥それが融合ってことだ」

 「はい、まったく同感です。そうですか、在庫の世界では、理論は簡単には受け入れられない存在ですか?」

 編集者氏が、「やっぱり」という表情をする。

 「おたくは在庫の本を多く読んでるようだからわかるだろうけど、みんな似たようなことが書いてあるだろ? そもそも在庫とは何かから始まって、在庫とは製品、商品、半製品、原材料などに分かれるだとか、在庫はないに越したことはないけど在庫ゼロでは企業活動に支障が出るだとか、四つの発注法を紹介したり、実務的にはあまり意味のないEOQ(Economic Order Quantity:経済的発注量)の解説があったり、それと安全在庫の算出法とかABC分析を説明したりといった理論的な話はどの本にも書いてある」

 「はい、おっしゃるとおりです」

 「でも、それらは実務的にはほとんど使い物にならないと言って間違いない。まあ、すぐに実務に使えるとしたら、せいぜい回転率を使った在庫評価の方法だとか棚卸のやり方、倉庫での現物管理の方法だとか、他部門と関係しない部分かな?」

 「そうですか、そこが重要な点だと思うのですが、使い物にならない、というのは‥‥」

 「在庫管理の土壌ができていないからさ」

 「土壌ですか?なるほど、融合という点からすると本質的なところですね?」

 編集者氏がわかったようなわからないようなことを言う。大先生がたばこを取り上げ、火をつける。煙を吐き出しながら、「ちょっと解説をしようか」と言う。編集者氏が大きく頷く。

 「要するに在庫管理というのは、突き詰めれば、仕入商品の場合は発注次第ってこと。生産がかかわる場合は生産計画次第ってことさ。そして、在庫管理は、基本的には出荷動向をベースに行う。その出荷動向をベースにするという考え方が発注や生産計画にすんなり受け入れられるどうかってことだな。単純な例を出してみようか?」

 編集者氏が、頷きながら大先生をじっと見ている。たばこの灰を灰皿に落としながら、大先生が続ける。

 「たとえば、たくさん仕入れれば、あるいはまとめて作れば安くなるって考え方が支配的になっていれば、出荷動向をベースにするという在庫管理の考え方は受け入れてもらえない。つまり、発注や生産計画に在庫管理の理論がどこまで浸透できるかどうかってこと。企業内の力関係、というか部門間の利害関係が、在庫管理の一つの制約条件になっていることは明らかな事実だ。だから、理論的には正しいのだけど、なかなか受け入れてもらえないというのが現実の姿といえる」

 「ということは、先生のお仕事である在庫管理コンサルというのは‥‥」

 「そう、察しがいいね。その土壌をいかに作るかということが重要になる」

 「土壌というのは具体的にはどういう‥‥」

 編集者氏は、いろいろ聞きたいのだけれど、何をどう聞いたらいいかわからないらしく、中途半端な質問を繰り返す。その顔を見ながら、大先生がちょっとからかう。

 「ドジョウと言えば決まってるよ、やっぱ柳川でしょう。もっとも、おれは食わないけど。あんたは食べられる?」

 編集者氏が、なんと返事をしたものかと困惑の表情をする。

 「まあ、それはいいとして、その在庫管理の土壌だけど、それがあるってことは、要するに在庫を管理しようという意識が全社的にあるってことさ。部門の利害より在庫管理の考え方を適用した方が全社的には好ましい結果を生むということが理解されているってことだ。言うまでもなく、そのような土壌がなければ、そもそも在庫を管理しようという意識がないんだから、そんなとこに在庫管理の理論や技法など持ち込んでもどうにもならないさ。そうだろ?」

 「はい、たしかに。なんか、最近の風潮ではキャッシュフローという点から在庫への関心は高いと思うのですが、そんなものなんでしょうか、在庫管理の位置づけというのは?」

 「まあ、総じて言えば、そんなものだろうな。もちろん、多くの企業で、トップから在庫を減らせという指示が出されている。そこで、期末になると、仕入や生産を調整して、無理に在庫を減らしているところが少なくない。でも、期末を過ぎるとまた在庫が増え始める。その繰り返し。それは在庫管理ではない」

 大先生が断定的に言う。編集者氏が黙って大先生の次の言葉を待っている。

 「笑い話でよくこういうことが言われる。在庫削減は禁煙と一緒だって。どういうことかわかる? 『禁煙なんて簡単さ。おれなんか何度もやってる』というのをもじって『在庫削減なんか簡単さ、うちなんか何度もやってる』ってこと。これは、適正な在庫量を維持し続ける在庫管理とはまったく違う取り組み」

 編集者氏が大きく頷き、「小手先の在庫削減ではなく、常時削減された状態を保つのが在庫管理ってことですね」と確認する。

 「そう。あっ、知ってるだろうけど、上場企業には、今年度から四半期決算が義務づけられるから、四半期ごとにそんな小手先の在庫削減をやるってことは無理だな。いよいよ本来の在庫管理の導入が必要になる」

 「そうですね。そんな手はもう無理ですね」

 編集者氏がわが意を得たりという顔で相槌を打ち、恐る恐るという感じで質問する。

 「先ほど、先生は、在庫管理は出荷動向をベースにするとおっしゃいましたが、出荷動向というのは一定期間の日々の出荷量の平均値だと思うのですが、その平均値に在庫日数を掛けた分だけ発注していればいいということなんでしょうか?」

 「だから、それをベースにするって言ったろ?たとえば、毎週一回発注していて、リードタイムが一カ月だったとすると、一カ月後に必要となる一週間分の在庫量を発注するということになる。安全在庫を別にすると、それが発注量算定の基本だ。それはいいね?」

 「はい、毎週一回発注するということは、在庫は一週間分持つということですね? 安全在庫を別にすれば、在庫量は発注頻度によって決まる‥‥」

 

■在庫管理に「予測」は存在しない

 編集者氏の答えに、大先生が大きく頷き、「さすが、在庫管理の本をよく読んでいる」と褒める。編集者氏が満更でもなさそうな顔で「いえいえ」と顔の前で手を振る。それを見ながら、大先生がさらに質問する。

 「さて、その一週間分の量はどう決める?」

 大先生お得意の「相手に考えさせるやりとり」が始まった。編集者氏がちょっと緊張気味に座りなおし、言葉を選ぶように答える。

 「えー、一カ月先ですから、一カ月先にどれくらいの量が必要になるかを予測します」

 「予測って、よく使う言葉だけど、何を予測するの?」

 「えーと、たとえば、季節的に出荷が増えるかどうかとか‥‥」

 「そうだな。ただ、そういう季節変動は事前にわかってるから予測するなんてものじゃない。ほかには?」

 「えーとですね‥‥あっ、特売などの大きな出荷があるかどうかも考える必要があります」

 「そう、たしかにそうだ。でも、それは、営業サイドから情報をもらえばいいだけで、これも予測なんてものじゃない。ほかには?」

 編集者氏は、腕を組んだまま考えているが、言葉が出てこない。大先生が頷き、引き取る。

 「あとは、情報としては、その商品をまだ売り続けるのか、市場から撤退する可能性はないかということかな。ただ、これも営業の情報。要するに、季節的な動きと営業がらみの動きを取り込むことが必要だというわけ。いいね? ところで、取り込むというけど、何に取り込むわけ?」

 大先生のやや抽象的な質問に、編集者氏が大きく頷いて答える。

 「出荷動向ですね。だから、それがベースとなるということなんですね?」

 「そう。季節変動も営業がらみの動きもなければ、出荷動向、つまり発注時点で計算した一週間分の量をそのまま発注すればいいってこと。比較的長期間の出荷動向を取っていれば、大体それでいける」

 大先生の言葉に頷きながら、編集者氏が思い出したように質問する。

「そういえば、突然出荷が増えたりすることがありますよね。それにはどう対処すればいいのでしょうか?」

 「いい質問だ。在庫管理の無理解さを露呈した質問という意味で‥‥」

 大先生の皮肉交じりの言葉に編集者氏が顔を引きつらせる。在庫管理談義はまだまだ続きそうだ。